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2018年10月18日(木曜日)

西田幾多郎についての展示会

カテゴリー: - susumuhayashi @ 14時32分49秒

9月4日から、時計台一階の歴史展示室で、次の展示を開催中。

これはかほく市の西田哲学館の主催で京大文書館が共催、文学研究科が協力、で開催されている。

人づてに聞いた話では、展示室のレセプションに、この展示についての問い合わせの電話が良くかかってきているとのこと。新聞(朝日、毎日)やNHKテレビで報道されたので、その影響もあるのだろう。

展示の様子は、こんな感じ:

入口の表示板




西

東の展示ケースの中に本がみえるが、これが西田が三高を卒業したばかりで、京都帝国大学への入学を待っていた長男の謙さんが病気で急逝した際に、三高図書館に寄贈した本の一つ。

謙さんの写真と西田が悲嘆にくれて詠んだ短歌が幾つか、西田の肉筆で書かれている。

これらの歌は、よく知られているが、それを西田の直筆で謙さんの写真とともに見ると、西田の深い悲嘆が伝わってくる。

これは三高図書館の歴史を引き継ぐ吉田南図書館に貴重書として保管されているもので、今回、これを史料館の依頼で特別に出していただいた。

画像は京大のルールで、画像を、京都学派アーカイブとか、このブログに置くことはできないのだが、吉田南図書館の、このお知らせにでているので、その画像をembed で表示。

最初の写真には、三高の帽子を被った謙さんの写真の左右に五首の和歌がある。その三番目のものと五番目が次のもの:

  垢つきて 仮名付多き 教科書も 貴きものと 筐におさめぬ

  徒らに むくろ残りて 人並に のみて食いて 笑いてぞ居る

筐は、箱のこと。この二首の和歌の意味としては、上のものが、「垢がついて汚くなった、漢字に仮名でルビを多く書き込んだ教科書も、謙が死んでしまった今では、貴いものと思われて遺品の箱に納めた」、下の方のものは、「謙は亡くなったが、私の肉体だけは、いたずらに残ってしまい、人並みに食って飲んで笑っている。しかし、私はもう抜け殻なのだ」となる。

実物を見ると、西田の深い悲しみが、心にひしひしと迫ってくる。西田は本当に深い感性を持った人物だったようだ。それが、三木の様な若者たちを引き付けて京都学派が形成されたのだろう。

展示は11月4日までです。入場無料。京都に近い方、京都にお出でる予定がある方、是非、お立ち寄りください。


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