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2018年2月22日(木曜日)

〇〇の者と〇〇の人(その2)

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時29分53秒

昨日書く筈だったが、今日、続きを書いている。

○○者というのは、○○という学問をすることを仕事とする人。

○○の人というのは、○○という学問をしたい人。

これは、大きく異なる。

数学史上、著名な数学者中の数学者と言いたくなるフェルマー、そして、少し毛色が違うが、ビィエタ。

この二人は、数学者ではなくて、法律を職業として、そして、数学の人だった。

フェルマーも、ビィエタも、実は本業は法律なのである。

さらに言えば、メービウス、ガウス、リーマンなども、皆、天文台の学者であり、数学者ではなく、数学の人!

で、こういうことがあるので、数学を行うことと、数学者というものを分離して考えようというのが、
僕の最近の考え方。

○○の人は、○○について、本当に知りたいだけなので、○○の職業人が囚われがちな、
○○の「商習慣」から自由でいられる。その故に、才能があれば○○者より、はるかに
本質的な仕事ができる。

こんな事を考えていたら、以前、科学史の院生に、「林先生のアイデンティティが分からない」と、
批判的に言われて、意味が解らず、戸惑ってしまったことを思い出した。

要するに、僕があまりに色々なことをやるので、どの○○の、○○者か、分からない、という発言だったと、
漸く理解。

ところが、○○の人、という観点からは、これは全く的外れで、僕が、色々やっている学問は、
殆ど、全部、「近代化とは何か?自分が関わって来たことを、近代化の文脈で理解すると、
どう理解できるのか?」という、個人的な疑問に突き動かされて行なっていることを理解!
つまり、自画自賛になるが、僕の学問ほど、一貫した学問は、あまりないことになる。 ;-)

今でも思い出すが。「来年の特殊講義は、京都学派です」と言ったときに、今はグーグルで働いている、
清水君が、本当にのけぞって、数十センチ後退した。 :-D

しかし、それが、数学基礎論史の疑問を解決してくれたわけで、僕が、数学史学者ではなくて、
数学史の人だったから、この様なことが出来たのだという気がする。

京大文に転職したときに、僕のような情報工学の人間が、人文学の学部に転職して、吉と出るか、
凶と出るか、分からないという意味の事を、京大文の同窓会の雑誌「以文」に書いたが、
有難いことに、吉と出た様だ。 :-)


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