Welcome Guest 
メインメニュー
林晋ブログ 最近のエントリ
Blogカレンダー
2018年 2月
« 1月   3月 »
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728  
Blog 月別過去ログ
Blog 検索
カテゴリ一
ログイン
ユーザー名:

パスワード:


パスワード紛失

リンク
検索

2018年2月20日(火曜日)

○○者と○○の人

カテゴリー: - susumuhayashi @ 04時21分59秒

かほく市の西田記念館からの依頼で行っている、西田「新」資料翻刻・調査のプロジェクトを実施するための膨大な書類を作っていたら夜中の3時を過ぎてしまった。締切は2月19日だったのだが、完成したのは、20日の未明。こういう締切は、1,2日の余裕は取ってあるものだし、かなり遅れる猛者もいるらしいから、僕のは、多分マシな方だろう。

それにしても、少し前までの京大の事務は、こういうことに非常に柔軟に対処してくれたが、大学改革とかいう、明らかな改悪のために、今まで奉職した大学の中でも、神戸大並のワースト大学になってしまった京大…。

実に嘆かわしいことで、これのツケは、これから露わになるはずだ。どうして、日本は、第2次世界大戦の教訓を生かせないのだろうか。暗澹たる気持ちになる…

ということで、寝付かれず、このブログを書いている。

3月に物理学史の稲葉肇氏と会って、最近考えていることを聞いてもらえることになった。そのための旅費の申請も2月19日がデッドラインだったが、こちらの方は、少なくとも日付が2月19日の間にメールを送れた。 :-)

これは、前にも書いた気がするが、岩波新書の「ゲーデルの不完全性定理(仮題)」で書く、新しい数学基礎論史観を、同時期の物理学史と、どの様に整合させるかという問題のために、色々な人の意見を聞いている、その一環。稲葉君は、僕のヒルベルト論文の草稿をちゃんと読んでくれた数少ない人のひとりだし、この物理学史とのすり合わせに使っている Quantum Generations という本の和訳者のひとりなので、意見を聞くには最適な人の筈。

僕の「新」史観のポイントは、数学基礎論史を、単独で見ることなく、その時代の文化史の文脈において見て、M.Weber の意味での近代化の一例として理解するということなのだが、そこまでやると、当然ながら、では、お隣にある物理学の歴史では、どうなのですか?、という疑問が湧く。

そういう質問があった場合に、ちゃんと答えられるようにするために、これをやっている。

ポイントは、○○者、たとえば、数学者、哲学者、物理学者、と、英語でいう、Men of mathematics、数学の人たち、の様なものを区別すること。

数学者、哲学者、物理学者、などという枠組で考えていると、19-20世紀に起きた変動を理解できないのではないか、というのが、最近得ることができた見解。

そうではなくて、「哲学的問題」、「数学的問題」、「哲学的手法」、「数学的手法」という、2×2の組み合わせjで考えるべきではないか、というのが、僕の史観のポイントで、そうすると、ヒルベルトは、「数学に関する哲学的問題」を、「数学的手法」で解決しようとした人、と理解できる。

こうすれば、彼の無名の若き日の哲学紛いの日記のアイテムと、哲学者を見下す1930年のケーニヒスベルグやハンブルグでの講演の内容が整合性を持つ。

…と、こんなことを考えていたら、以前から、違和感のあったことが何となく腑に落ちるようになった感じ。

もう、遅いので、また、眠くなってきたので、続きは、明日!


TrackBacks

このコメントのRSS

TrackBack URL : http://www.shayashi.jp/xoopsMain/html/modules/wordpress/wp-trackback.php/401

この投稿には、まだコメントが付いていません

コメント

_CM_NOTICE

24 queries. 0.033 sec.
Powered by WordPress Module based on WordPress ME & WordPress

XOOPS Cube PROJECT