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2016年7月4日(月曜日)

村山知義と戸坂潤

カテゴリー: - susumuhayashi @ 23時59分59秒

このところ京都学派の人脈を調べ続けている。

京都学派の研究を続けているが、僕が見たいのは、本当は、近代というものの正体。つまり、モダニズム研究、近代化研究が、僕がやりたかったことで、それで理系・工学系の学問を止めて、人文学に移った。

京都学派の時代と、その周辺を知ることは、哲学における近代を見ることに通じ、それで数年で止める筈の田辺元研究が、西谷、西田の京都学派研究にまで発展してしまったのだが、「自分の研究は、哲学史ではなくて、哲学の思想史だ」、とは言ってみても、哲学の理解に時間と労力がかかるものだから、哲学者の哲学史とあまり変わりがなくなって来ていて、自分では、不満というか、面白くなくなってきていた。

しかし、田中上柳町の西田旧宅の保存に関わったお蔭で、なぜ、西田の現在の様なイメージができたのか、それは京都学派の世代の移り変わりから来てはいないかという仮説がでてきて、そういうことを調べる内に、大正の中ごろに、いささか上滑な哲学ブームが起こり、それもあって京都学派の隆盛があったらしいことなどが分かってきて、京都学派の研究に文化史的側面が出てきて、面白くなりつつある。

そのころの証言を讀むと、そういうことが起きたことが、当たり前であるかの様に語る語り口に出会う。これは日本文化史の、こういうことの専門家には当たり前の話に違いないのだが、果たして、現在、そういうことの専門家がいるのかどうか、実は、それが怪しい。しかし、昔存在した専門家が書籍や論文にまとめていた可能性はある。が、しかし、兎に角、見つからない。

ということで、自分で調べるしかなく、また、調べると芋づる式にドンドン史料が地中から出て来るので、面白くなってきて、今、熱中しているところ。こういう時が研究のフェーズとして一番面白い。

で、そういう話が今日(4日)、一つあったので、記録。

3日に、高坂節三さんの著書に引用されていた梯明秀のエッセイの『唐木順三が、「あそこに四天王子がいる」とささやいた』という一節のオリジナルを見るために、注文していた「回想の戸坂潤」(1976)の古書が届いたので、その目次を開いて、著者の欄に村山知義の名を見つけて驚いた。本文を読んでみると、戸坂と村山は開成中学で同級生であった。(ちなみに、この四天王子というのは、木村素衛、高坂正顕、西谷啓治、そして、戸坂のこと。場所は、p.50)

村山については、2011年に京都国立近代美術館であった、ハンガリー出身のアバンギャルド、モホイ=ナジの展覧会で、村山の著書を売っていたのを買ったのが契機で興味を持った。

この頃は、僕は、まだ自転車通勤をしていて、2,3ある通勤経路の一つが、近代美術館の前の神宮道の歩道を南行しフランス惣菜のお店「オ・タン・ペルデュ」で晩御飯を買って帰るという道だった。それで、近代美術館で面白そうな展示があると、寄り道したり、土日に出かけることがときどきあった。

モホイ=ナジは、勿論、モダニズムからの興味で、特に Ein Lichtspiel が気に入って、DVDを買ったり、同時代の日本のアバンギャルドとして、村山の「構成派研究」の復古版も売っておりこれを買って読んだのだが、数学のモダニズムと芸術のモダニズムの類似性を考える様になったのは、これが切っ掛け。それで村山には大変興味を持ち続けていた。

その村山が京都学派の文脈で出てきたので驚いたのだが、梯のエッセイなどを読むと、これらの人物の関係は、当然という感じもしてくる。要するに土俵が小さいので、大抵の人が結びついてしまうという、当時の日本の状況の、これも一例だろう。

その梯のエッセイの中に、子供の頃に親に連れられて行った昔の洋食店の雰囲気が残っているので、時々、利用する南座前のレストラン菊水の話がでてくる。今は宴会場、ダンス場になっている、僕もCMUのSiegさんが来た時にパーティを開いた3階は、昔は、バーであり、そこで三木や梯、戸田などが、一高会を開いたのだそうだ。僕が昔住んでいたアパートのすぐ近くが西田の旧宅であったように、また、田中上柳町の西田旧宅に昭和30年代に住んでいた画家・音楽家の家族が山科に建てた家が、僕が買って、今住んでいる古家だったなど、京都に住んでいると、京都学派の痕跡に度々出会う。定年退職したら離れることも考えていた、この街に住み続けることになりそうだが、その理由は、こういう所にあるような気がする。


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