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2016年5月23日(月曜日)

京都学派形成の研究

カテゴリー: - susumuhayashi @ 01時49分56秒

最近、ブログを書いていないが、これは活動をしていないのではなくて、ブログに書けない活動が忙しすぎるから。
これは、6月の中頃の少し前位には、公開できるはず。多分…

で、それに関連して、またまた新しい研究計画を思いつく。

以前から、西田や田辺の現在からは信じがたいポピュラリティーが何であったのか、知りたかったのだが、それの手がかりになるかもしれない文章を、下村の「西田幾多郎―同時代の記録―」で見つける。

それは同書の、p.125の菅円吉の「西田先生のことなど」と、相原信作の「師弟」。

前者では、一高の首席だった三木清が、西田のもとで学ぶために、わざわざ京都に来ると言うことがあるまで、京都帝国大学哲学の地位が低かったこと。たとえば、菅の同級生たちは、皆、京都帝国大学哲学でなく、東京帝国大学哲学に進学してしまったという逸話が語られている。しかし、三木の頃以後、京都学派の哲学の隆盛は目を見張るものがある。

これに関連して気になるのが、下村の同書の相原信作著「師弟」の内容。p.144で、父親に、喰えない哲学に進むことを反対されたが、実際には、岩波書店を巡る空前の哲学ブームで、ドイツへの留学さえ、哲学書一冊を翻訳すれば、ドイツ留学の費用など簡単にでると岩波茂雄に示唆されたという話など、非常に興味を引く。

こういうデータ、京大の資料や、岩波の資料で、実証できないか?

できたら、凄く面白いと思う!!!


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