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2015年2月22日(日曜日)

清沢満之は無名???

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時46分16秒

1,2週間前か、たまたま、生協で、この本を見つけて購入。最近は、殆ど amazon か楽天などの online 書店で買うのだが、仕事が一段落して珍しく生協の書店に立ち寄ってみつけた。

司馬遼太郎が、清沢を高く評価していたなど、僕が知らなかったことが、色々と書かれていて大変に興味深い本なのだが、何故か違和感を感じた。

その原因は、おそらく、清沢が殆ど知られていないという、この本の主張だろう。

僕は、どうしても思い出せないのだが、おそらく京大文に転職するかしないかのころから、清沢を「歎異抄を発掘することにより、日本の思想の世界に近代をもたらした人」と理解していて、つまり、「歎異抄という、真宗本流からみれば異端の書を発掘して、真宗が持つ西欧、特にキリスト教、とりわけプロテスタントとの親和性を発見した人だ」と、清沢を理解するようになったのではないかと思う(時期については自信はない!!)。

有名なマスコミ学者で、親鸞の思想が歎異抄ではなく教行信証にある、ということを自分が「発見」したかのように書いた人がいるが、僕のように龍谷大学の教授をつとめ、また、家も真宗(しかも、西!清沢は東)という人だと、そんなの当たり前!なんで、そんな当たり前のこと言うの???という感じ。

実際、(西)本願寺のお土産スペースでは、歎異抄なんて、殆ど売ってない。確か、あるにはあったはずだが、凄く端の方にあったような…

要するに、歎異抄が、それほどまでに明治期以後の「知識人」に持てはやされたのは、西洋近代を取り入れないと生存できなかった近代日本が、それを目指すことにより生まれる違和感を解消できるかもしれない日本の歴史に根差した存在として、歎異抄を見たからだろう。

だから、近代化研究がライフワークだと思っている僕にとっては、清沢とか暁烏という人たちは(東本願寺系統ながら)、大変に重要な存在。

だから、清沢は良く知られていると思っていたのが、どうもそうでもないらしい…

Google でサーチしてヒットの数をみて納得。しかし、…


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