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2015年2月14日(土曜日)

講義 論理学の歴史など

カテゴリー: - susumuhayashi @ 13時49分24秒

月5(後期)の2回生向けの講義「論理学の歴史」の採点登録が終わり、漸く、今年度の授業関係の仕事がすべて終了。

なぜか、今期(2014年度後期)は、授業準備が滅茶苦茶に忙しく、その理由が良く分からず不思議だった。例年と大きく違うのは、木2の文学部英語(全学科目扱い)がエキストラであったこと。昔から細部を読みたかった Everdell のモダニズム論のオムニバス The First Moderns を教科書にしたが、読んだところがカンディンスキーとシェーンベルクで分かりやすく(とはいえ、音楽のところは僕も分からないことが多かったけれど。それに比べて絵画はわかりやすい。とにかく目に見えるので)、学生たちもおもしろがって良く調べてくるし、僕もそれに応えるべく、この授業にかなり時間を裂いたことが主な理由。

ただ、それだけで、あれだけ忙しくなるわけはなく、もう一つの原因として、水5の「京都学派、ある思想の系譜:西田幾多郎、田辺元、西谷啓治」で、西谷や田辺、そして、西田の関連性と相違を「形而上学的・存在論的(つまりは、伝統論理学的)側面と、政治との関わり」という、今まではあまり議論されていない側面に光を当てて、史料で実証するという特殊講義をやったので、これも忙しさを増したのは当然。もしかしたら、文学部英語より、こちらの方に時間をかけていた可能性も高い。何せ、こちらは、オリジナルな研究そのものなのだから時間がかかる(これは肝心の西田の部分まで十分到達できず、来年度、後期、西田を中心にして再度講義して、それを論文にまとめる予定)。

で、この二つが忙しくて、月5の2回生用講義だけが、だいたい昨年までの講義と大差ない内容で済ましていて、全体として何とかやれていると、自分では思っていたのだが、この講義のレポートを採点してみて、実は、この「例年どおり」と思っていた講義も、実は、例年と大きく変わっていたことに漸く気が付いた。つまり、やっていた講義・特殊講義三つとも、「新しい試み」だったわけ。それは忙しくて当然だ。ただ、論理学の歴史の新しい部分は、水5の特殊講義と連動していたために、なんとなく、これを無視していたらしい。実際、講義をしていて、「あれ?!これどこかで、すでに話した記憶があるけど…」と戸惑うことが何度かあった。要するに、同じ内容を、少し視点を変えて、週に2回話していたわけだ。

水5の講義のレポートのテーマは、「アリストテレス論理学の特徴について思う所を自由に述べよ。特に、terminus の概念を使って、京都学派や記号論理学との関係を議論できたものに高い評価を与える」。このアリストテレス論理学というのは、いわゆる伝統論理学、つまり、ポール・ロワイヤル論理学を意味している。

で、これを今年は、伝統論理学の別名である Term logic の term が, ラテン語で terminus, 古代ギリシャ語の horos のことであり、どちらも柵とか壁の様なものを意味していて、要するに、西田などが使う「分別」という言葉が象徴するものがこれで、西田の用語である「対象論理」は、基本的には、対象 Gegenstand を terminus が分別する論理であるアリストテレスの構想に基づく論理学のことを意味していて、この「分別」つまりは、terminus による「分別性」をいかに取り除くかが京都学派、特に西田、田辺、西谷の「論理(学)」(注1)の目的だったというスタンスに明瞭にたったのが、今年が初めてだったことに漸く気が付いた。この議論は、今期の水5の講義で、西谷に「空」概念と、論理、論理学、ロゴス、理、理法などへの言及(これらは、ハイデガーの用語、Logik, Logistik, logos などとほぼ同じ使われ方がされている)を分析していて気が付いたものだったはずで、水5の講義準備で、それに気が付き、それを月5の講義のアリストテレス論理学の説明に応用し、哲学を知らない2回生にも、わかりやすくするために、こんな図ソクラテスという個
を作成するなどして、自分の考えが非常に明瞭になっている。これは、今から見れば、昨年度まで、というよりは、おそらくは、今年の前期ころまでは、まだ、自分自身でぼんやりとしか掴めていなかった様に思う。それが、今期の水5、月5の二つの講義を通して、はっきりとした形を持ったわけだ。

どうして、これに気が付けたかというと、主に2回生が書いたレポートの大半が、以上、説明したような形を、次の様に、実に明瞭に説明していたから:アリストテレス論理学の最大の特徴は、それが terminus の論理であること、そして、記号論理学は、この特性故に複雑になってしまう複数の対象の関係性の記述を改善するためのものであり、実は、それが成立する過程で、数学の概念が多用された。また、ラッセルなどは、意識的・無意識的に、生物の分類論をモデルにしたアリストテレス論理学が持っていた「動的側面」を排除し、数学のような静的世界に論理学のモデルを変更したが、それにより個は却って、その「内面」を失い、世界は無内容な個の関係性のみで記述されてしまうことになった。一方で、このことは、京都学派の哲学者たちが、アリストテレス論理学に見出していた「問題点」、それを克服しようとしていた「問題点」、そのものであり、彼らは、特に、西田、田辺は、terminus の論理学の構造は、そのままに保持して、しかし、terminus による「分別」を、「峻別」ではないもの、非連続の連続(西田)、切れていて繋がっているもの(田辺)、ある意味で東洋的な「より連続的な分別」に置き換えることにより(注2)西洋の論理(学)、論理的思考を克服しようとした。

この話は、構成要素の、それぞれの理解が大変難しくて、また、それらの組み合わさり方も大変複雑なのだが、僕が書いた授業史料が論文や書籍なみに詳しいということはあるものの、別に哲学志望でない、2回生のかなりの人が、ここまでハッキリ理解してくれていることに驚き、多様体みたいに局所、局所で繋げていっていた講義でありながら、ちゃんと背骨が大局的に通っていたことがわかり、見かけ上は、似ていても、今期の月5の講義は、昨年までのものとは異質であることを漸く理解した。

ということで、今期は、要するに三つも新しい講義をやっていたようなもの。それは忙してくて当たり前だ…、と納得。

これにより、2012年度から始めた「論理学の歴史」は、漸く完成の域に、ほぼ達した。後は、パースやカッシーラなど、横の広がりをつけたいところだが、最終回の質問票に、内容が濃すぎる、通年にしてゆっくりやってほしいという要望があったように、ちょっと、色々と盛り込みすぎた。たとえば、一階述語論理をアリストテレス論理学の基本命題に変換する方法まで書いてしまった。で、記号論理学のそういう話をする度に出席の学生の数が減った。  ;-)

このことからして、一方で、記号論理学のテクニカルな内容などは別として、それの思想史的意味などは、ちょっと驚くくらい2回生でも理解できることを考えると、来年度以後の構成は、こんなところか?:

    • 以下の三つは、講義の骨子として維持:

    • アリストテレス論理学(ポール・ロワイヤル論理学)・ドイツ観念論の論理学=terminus の論理
    • 数学をモデルにした静的論理学としての記号論理学とその特徴
    • terminus の壁を破ろう、消そうとした京都学派
  1. ただし、記号論理学の具体的説明は極力やめて、副読本的な資料(これに、アリストテレス論理学による述語論理学の記述の正確な証明も書いておく)として置いておくだけで、講義では使わない。
  2. 京都学派の論理学の説明で、田辺、西谷への言及を追加、また、関連したもの、あるいは、背景として、レヴィ・ブリュール、ハイデガーやエミール・ラスク、シェーラーの論理学や哲学などに言及。パースの連続の哲学、ベルグソンの持続なども調べて、追加を検討。ただし、これらは、すべて「リマーク」的にする。

注1.西谷の場合は、独自の論理(学)を打ち立てようとはせず、師であるハイデガーのように「論理学批判」になっていて、意識的に新論理学を打ち立てようとした形跡はなく、むしろ、意識的に、やはり師である西田・田辺が行った「新論理学の構築」という路線を避けているのが見える。アリストテレスに始まる伝統論理学的な西洋哲学の思考法・暗黙の前提の克服を目指す「存在と時間」期のハイデガーは 、Wahrheit の意味を「現象学的アプローチ」で entdecken に求めることにより、体系性を排除している。つまり、Dekonstruktion している。その後、Heidegger が、体系構築を行ったかどうか、ハイデガーをよく知らない僕ははっきり断言できないのだが、多分、やっていない。ところが、西谷の場合は、段々と、特に最晩年に至って、仏教的用語を頻繁に使うようになってからは、実質的に体系構築、ただし、緩やかな体系構築をやっている。たとえば、大谷大講義で、西田の信濃哲学会での「私と汝」の図とそっくりな回互的連関の図を基礎として、家族中のコミュニケーションを論ずるところ、また、それがさらに「空」の概念の導入で「世界理解」の半ば形而上学となっていっている。その意味では、西谷も、最終的には、ドイツの師ハイデガーとは袂を分かち、日本の師である西田・田辺の路線に近づいていったといえる。これは、戻ったのではないことに注意。西谷は、後期から晩年より前には、独自の「形而上学」を展開していない。

注2.ただし、田辺の場合の連続は、実は対立・否定という連続(ジンメルの相互行為でも対立が入る)。また、西田の場合は鈴木大拙へのはがきが示しているように、明らかに東洋が意識されているが、田辺の場合は微妙。彼は、懺悔道などの時代に、東洋、日本の優位性に言及しているが、実は、こういう考え方は、Bergson, Levy-Bruhl, Scheller, そして、数学の哲学では Brouwer たち、つまり、ヨーロッパの、もっと具体的にいうと仏・独の思想家たちにより、20世紀にもたらされたもの(アメリカの James, Pierce も重要だろうが、よく知らない…)。そして、西田は、明らかに Bergson を意識しているし、田辺は、Bergson, Levy-Bruhl, Scheller, Brouwerのすべてに言及しているし、影響を受けているし、Brouwer などは、種の論理の理論的展開の導き手であったとさえ、論文中で述べている。


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