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2014年11月26日(水曜日)

「…の到達点」:思想史と哲学の違い

カテゴリー: - susumuhayashi @ 01時52分01秒

明日の特殊講義「京都学派 ある思想の系譜」の準備中に面白いことに気が付く。

できれば明日、西谷のパートを終えて、次回から田辺に移りたいのだが、
その纏めで西谷の「空」思想が中期から後期にかけて本質的に変わったのか
どうかに色々な見方があることを指摘するために資料を探していたら、
宗教学専修の紀要に良いものを発見。

これを使って、僕の講義の観点からすると、昭和20-30年代の「虚無と空」「空の立場」から、
昭和59年の「空と即」までの変遷は、確かにあるが、あまり関係ないことを説明する予定。

しかし、この紀要を見ていて、氣田さんが書いていること強く反応。それは、この部分
「三人の発表は、いずれも「根源的構想力」を西谷の空の思索の到達点、終極と見なし、
それを実存的境位の深まりの事柄に納め込む方向性をもっているように見える。」
これの「西谷の空の思索の到達点、終極と見なし」という言い方を見て、僕が日本哲学(史)の
多くの人たちに感じる違和感(中嶋君や竹花君などの若い人たちにはあまり感じない)の
理由が分かったような気がした。

分析哲学や英米哲学と呼ばれるものは、少なくとも僕が知る日本のものは、
哲学的側面は言うに及ばず、記号論理学のようなテクニカル面でも、
信じられないくらいレベルが低い思考ゲームに堕していると僕は
考えているが、それとは異なり、所謂「日本哲学(史)」は、意味の
ある議論が多いと感じている。

しかし、さりながら、常に何らかの違和感を、「日本哲学(史)」に感じていたのだが、
その原因が氣田さんの文章を見て分かった。「…の到達点」という言葉は日本哲学(史)の
論文や著書などで比較的見かける表現であるが、これは「ある思想家の思索は歳と共に深化し、
その晩年に頂点を極める」という、東洋的というか日本においては強い支持を集めるだろう
「前提」を仮定している。

つまり、こういう言い方をする人は、何かしら修行の様なものを経て、自分が西谷や
西田のような先人と同じ「精神の高み」に近づこうとしているのではないかと思う。

僕の場合は、そういうことは全くなくて、思想家を「対象」として突き放してみている。
だから、田辺元の最も注目すべき思想は、戦後に彼がそれを恥じた昭和一桁と10年代の
種の論理だということになる。これが最も田辺らしいし、もっとも彼が社会から受け入れらていた
時代の思想だからである。

しかし、「到達点」の立場からすれば、これは忌むべき「通過点」にしか過ぎない。

この様な違いで、僕は「日本哲学(史)」に、ある種の違和感を覚えるようだ。


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