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2014年5月15日(木曜日)

この2ヶ月ほどの仕事

カテゴリー: - susumuhayashi @ 23時42分14秒

2ヶ月近くブログを書かなかった。

この間、多くの仕事をしたが、
それに忙しくてブログを書いている暇がなかった。

漸く一段落というところで、この間に見つけたこと、
考えたことをメモっておく。

このブログは、自分の研究の覚書と、専修の学生さんたちに、
自分の指導教員が、今何をやっているのかを伝えるためが、
最大の目的なので、今回の場合は、後者が目的。

1.何年も前から執筆中の岩波新書「ゲーデルと数学の近代」の
書き方を、最終的に決定。序章を書き終わる。これがもっとも
時間を割いた仕事。書き方を変えたら、
1章以後もドンドンかけるようになった。 要するに、いままで、
まだ完全には理解できていなかったということ。
 最大のポイントは、不完全性定理の数学への影響を、
「数学者に哲学を忘れさせることにより、数学の近代化の最後の
ステップを踏ませたもの」と理解すること。ヒルベルト計画は、
ヘルムホルツのカント哲学に絡ませた生理学研究のような、19世紀
ドイツ的な哲学の問題を科学で解くという方向性の研究が、偉大な科学者
たちにより実行されたものの最後のひとつと考える。これで、
新カント派研究にも自然につながった。しかし、まだ、ウェーバーの
背景の西南学派との繋がりが見えない。これが見えれば、さらにヒルベルトと
ウェーバーの類似性の本当の意味が理解できるだろう。中嶋君の研究に期待!
 しかし、ヘルツホルツ・ヒルベルト的なものが時代遅れだと分かるのは、もちろん、
現代から見ているからで、この時代には、数学では、まだ可能性が残っていた。
だからこそ、フォン・ノイマンやエルブランがヒルベルト計画に関わった。
しかし、不完全性定理でそれが完全に変わる。
 そして、数学化されたポール・ロワイアル伝統論理学である
公理的集合論(シロギズムの数学化である述語論理の上に、
クラスの理論の数学化である集合の公理系を乗せたもの)を、
哲学から切り取り、数学の中に置くことにより、逆に数学から
哲学を完全に排除したのがブルバキ的な現代数学という立場を
とる。この見方を、フェレイロスの説「リーマンの影響
を受けて、デーデキントが、集合概念を哲学(論理学)でなく数学の一部だと
見なしていた」を根拠にして主張する。また、このフェレイロスの説のサポートの
ひとつして、Russell の The Principles of Mathematics の「数学者がいう
集合」についての言及、つまり、彼が自分のクラスを集合と一応わけて考えて
おり、それを伝統的論理学のクラスを元にしたものと考えていることを使う。
 代数幾何学の浪川先生や、整数論の三宅先生に教えていただいた、
これらの分野でのクロネッカーへの高い評価、特にヴェイユによる
高い評価(ヴェイユ予想の背景)を物語るヴェイユのICM1950での招待講演
と、それと見事なコントラストをなすザリスキの招待講演の対比や、
ヴェイユ、エルブラン、シュバレー、そして、フォン・ノイマン
の間の関係や、彼らの書簡や、ヴェイユとシュバレーのエルブラン回顧、
そして、ワイルの Die Idee der Riemannschen Flaeche の前書きの1-3版
での変化や、ワイルの Open world 講演末尾のハイデガーへの言及、
子息による回想、フォン・ノイマンの The Mathematician 講演などを
根拠史料として使い、今は、忘れられている哲学と数学の固い絆の理解と、それが
不完全性定理により、数学の側から切り離されてしまう過程を描き出す。
 これで、20世紀後半以後からみれば、実に奇妙な、
デーデキントの無限の存在の哲学的証明や、ヒルベルトの「過剰」な
哲学への関与が、彼らにとっては自然なものだったことが
理解できるようになった。(しかし、すべての人に自然であったのではない。
Kronecker, Friedrich Wilhelm Franz Meyer, Study のような、
反応、なぜ、哲学を数学に持ち込むのかというベルリン系の否定的
反応がこれ。どちらかというと、結果としては、こちらが近代。)
 浪川先生の若いころの解説や、伺ったお話が、重要なキーになって
理解できた。深く感謝。

2.後期の特殊講義に向けて、西谷と西田、特に前者を本格的に読み始める。特に
大谷大学での講義記録が、西谷、田辺、ハイデガー、西田の関係を読み取る
ために、非常に良い手がかりとなる。これが、昨年の後期講義「論理学の歴史」の
最後に試験的にやってみた、ハイデガーと論理学(伝統論理学と、それを継承した
新カント派などの論理学)の関係と、見事に連動していることに気が付く。
これと1に書いた話を合わせて、ゲーデルの歴史観と
西谷のニヒリズム論の類似性も、自然な話として理解できるようになった。
 これに伴い、出口さんのネオ西谷主義論文での西谷哲学の解釈が完全な誤読であり、
また、どの様な構造で誤読が起きているかも分かった。分析哲学の人は、
どうして現実の歴史を無視してモノを考えるのだろうか。
自分で自分の脚を縛って歩いて独りで転倒しているように見える。
僕の学生さんたちは、そんなことはしないでね。(^^)
#ある思想家の説が正しいかどうかを客観的に論証することは不可能でも、ある思想家が
#何を言いたかったのかは、歴史的史料を時代背景を考慮して、
#綿密に分析していくと、ほぼ客観的に解明できるのに…

3.古地震学の人たちとの交流が始まる。これは主に橋本君が担当。
これができたら、凄く面白い。まさに、古文書に閉じ込めれらた知を開く、
知のネットワークができる。しかも、これが集合知とかビッグデータの
社会的仕組みの典型例になっている。育つと良いが。
うまく行けば歴史学が人命を救うことになる。
いずれにせよ、知は力であることは間違いない。歴史の知は国力。


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