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2013年12月10日(火曜日)

岩波文庫 不完全性定理 修正予定・検討項目記録2

カテゴリー: - susumuhayashi @ 12時04分43秒

久しぶりに、解説を大量に読み返してみて、執筆時に比べて僕の歴史認識が基本的部分でかなり変わっていることに気が付く。

最大のものはクロネッカーの位置づけか?エドワーズはクロネッカーの主張は有限主義が中心ではないとしているが、以前は、これに些か疑問を持っいたので、それが記述に透けて見えている。しかし、数学の近代化研究が進んで、エドワーズの意見が腑に落ちて来るようになり、クロネッカーは要するに極端な近代主義者・科学主義者なのだと思えるようになったので(ただし、数学のやり方は、解る人にだけ解ればよい、自分の独白でよい、というスタンスであるという意味で「非近代的」)、その辺りのこと(下の1)を書き直したい。また、これとある意味で対称の位置にあるが、ヒルベルト、特に彼の数理哲学が、今から見れば、19世紀的な思想、ある意味で新カント派の時代的、代表的例で言えばヘルムホルツ的な思考法を1920年代でも引きずるものであり、それがゲーデルの不完全性定理によりあらわにされた、という現在の僕の歴史観からすると、「うーん。こんなこと書いていたか… (゜-゜)」と感じるところが幾つかある。こういうの治したいな…。そういうのが無い様に、慎重に書いたつもりだったけれど、やはり解釈がどうしても入る。まあ、以前は、歴史的史実と歴史解釈は、なんとか分離できる、困難でもやってみせる、という風に考えていたが、最近は、これは完全にやるのは無理という風に思う様になっている。そういうこともあるな…

しかし、これと同じことだけど、この数十年の歴史学の進歩(スピードとスケール)は、本当にすごい。それで一般向けの本でさえ、「昭和の歴史教科書と平成のそれは凄く違う」というのが沢山でている。先日も、全然関係のない情報技術振興政策の仕事で訪ねてこられた方が、僕と世代が同じなのだが、高校生のお子さんをお持ちだそうで、「息子の歴史教科書を見ると、自分たちのときのものと、あまりに違うので驚く」という意味のことを言っておられた。僕は、そういう歴史の書き換えを、教授会とかで、いつも聞いているので(学位論文審査要旨説明)、これが当たり前になっているが、翻って考えてみると、驚くべきことだろう。何か理由があるのだろうか?それとも僕の認識が貧弱で、過去も同じようなスピードとスケールでの書き換えが常態的にあったのだろうか。これ、ヒストリオグラフィーの問題。だれか卒論か修士論文でやらないかなー。

と、毎度の、お喋りは、これまでにして、記録、記録!

1.2.4節「無限への批判」で、特にp.98あたりで従来の「構成的対非構成的」の視点が強く出過ぎている。これは、実は、ヒルベルトの視点である可能性が高い。クロネッカーを見てみると、構成可能性への言及は、実は、非常に少ない。数学論文でライバル関係のデーデキントのイデアル論を脚注で批判するところ位の様に見える。纏まった「数学思想」論文(講義録)が二つあるが、このどちらでも、構成可能性は、ほとんど議論されていないと思える。<= これ厳密にチェック!! 一方で、ヒルベルトは、「自分の若いころ、自分たちの周辺では、クロネッカーの意見に従って、構成化するのが流行っが」と書いているが、これはかなり後のことで、ヒルベルト以外には、同じような記述がみられない。とすると、実は、これは、ヒルベルトの意見だった可能性が高い。我々は、ヒルベルトの、そして、それに影響を受けたブラウワー、さらには再帰関数論を経た realizability 解釈などの目を通して、アナクロニズムをやっている可能性が高い。おそらくは、クロネッカーにおいて重要だったのは、代数学的思考法のモードの方で、構成性は、それのおまけ、アンドレ・ヴェイユが、ヴェイユ予想などの整数論・代数幾何の、自分(たち?)の研究を振り返って、なんと有限的なのだろう、とリフレクトした、そういう感じでの構成性、である可能性が高い。このヴェイユ関係の数学をやっている数学者のご意見を伺うと、エドワーズ的視点を持っている方が多いように思う。まあ、エドワーズ自身が、Divisor theory を書いた、そういう分野に数学者である(特異ではあるが)、ともいえるので、そういう分野の標準的見方か?
 で、そういう視点からすると、100ページの「この様な奇妙な現象や、無限にまつわる宗教的理由により、無限集合を数学の対象から排除するという伝統がヨーロッパには長くあった」のフレーズは、良くない。あたかも、クロネッカーのカントール忌避の裏に、宗教的理由があったというような印象を与える。ここは、通俗史観に汚染されている。こういう伝統があったのは、間違いないだろうが、19世紀、特にドイツでの無限忌避は、実は、近代主義者的合理性の発揮である(ゲーデルの歴史観)とする方が歴史学的合理性がある。この辺りの書き方は、全面的に見直すべきだ。

2.同様に、ヒルベルトの19世紀的科学主義的・新カント派の時代的思考法(その当時の有名な例をつかって、「ヘルムホルツ的思考法」というのは、どうか?しかし、他にデュ・ボア・レイモン的とかブント的と言ってもよいかも。「デュ・ボア・レイモン的」にすると、その思想に強く反発したヒルベルトの思想も、実は、同じ傾向の思想の中の意見の相違に過ぎず、実は、Wir müssen wissen. wir werden wissen は、面白いことに「デュ・ボア・レイモン的」ということになる。これ面白いかも。(^^)アン・ハリントンが指摘した(p.99) Karl Wilhelm von Nägeli-Constantin von Monakow の wir wissen und wir werden wissen という発言も同じく「デュ・ボア・レイモン的」となる。ウーム。面白い!発言者の研究分野がモナコウ・ネーゲリの場合は同じ生物・医学関係なので、ヒルベルトよりさらに典型的か?
 で、これに関連してpp.261-2 で、ヒルベルトの「基礎論傾倒」が、パラドックス契機ではないか、その背後に不変式論での経験があったのでは、という所は、不十分で、彼の19世紀的なヘルムホルツ的思考法を付け加えるべきだ。

3.6.2節のZilsel講義の内容の引用で、p.254の「この講義でゲーデルは、ヒルベルトの無矛盾性証明の目的を(A)…(B)…の二つからなると主張した」というところ、これは「ゲーデルは、ヒルベルトが、こう言った、と言った」という文章になっている。これは間違い。ゲーデルは、そこまでははっきり言っていない。これは講義録末尾(全集版では最終ページ)にある議論で、「もしヒルベルトの計画が最初の方針どおりできていたならば、(A)(B)の両方が達成されるはずだった」と書いている部分。
 「万人が納得するような原理への還元」(…auf…einigen..なので、逐語訳ではagreeなのだが、ここは納得とか認めるの方が自然だろう)という(B)の方は、ゲーデル全集編者が脚注(ee)で、ヒルベルト1926のある箇所の paraphraseだと注記しているように(下記)、ヒルベルトは、そう言っていて、(A)の方は有名な主張だし、それをゲーデルが書いているとみなしてよいのだが、厳密に言えば、ゲーデルは、そういう書き方をしていないので、「ヒルベルトの無矛盾性証明の目的を」を「ヒルベルトの無矛盾性証明の意義を」にする方が良い。これは次回の刷で直ぐに直すこと。渕野さん書評を見ていて気が付く。ただし、渕野さんは、これが講義録の最初の方の別の文章のしかも翻訳だと誤解して議論している。実際は講義録の最終部分の議論の解釈。
記:編集者というのは Siegさんと Parsons。編集者が指摘した該当箇所はÜber das Unendlische M.A.版の180頁、第2パラグラフ。… auf einer konkreten Basis, auf der sich alle müssen einigen können…というところ。仲裁裁判所 Schiedsgericht での仲裁に例えている。ゲーデルのは、auf eine konkrete Basis reduziert worden, auf die sich alle müssen einigen können. なので、ほぼ verbatim。ここまで忠実に引用しているとは… やはり、ゲーデルはヒルベルトを大変に良く読み込んでいる。
 修正は「


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