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2013年7月5日(金曜日)

Kronecker と Brouwer

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時45分01秒

パートナーのために読んだ学生さんのレジュメで、クロネッカーがブラウワーの先駆と書いてあった。

この見方は、あまねく広がっているが Edwards も指摘していたはずだが、あまり当たっていない。もし、ブラウワーの思想と数学を見たら、クロネッカーは、カントールの数学と同様に、それを嫌った可能性がある。数学基礎論論争に絡んだ人物の中で、もっともクロネッカーに近い人をさがすと、実は、パラドキシカルなことに、ヒルベルトになる。このあたりのこと、数理論理学ベースでしか数学を理解できない人には、大変に解りにくいだろう。しかし、クロネッカーや若きヒルベルトは、記号論理学が、まだ胡散臭い新興分野しかなかった時代に生きていたのである。

クロネッカーは有限性を保障するために数学を制限したと思われているが、おそらくは、間違いで、数学を代数化・整数論化したかっただけ。エドワーズがクロネッカーのカントール宛の手紙で明らかにしたように、クロネッカーにとって、哲学を数学から排除し、数学を代数式という、実もふたもなく即物的な、しかし、数学者にとっては、集合などより遥かに豊かな構造を持つ存在の中に埋め込もうというのが、クロネッカーの(老年の?)「夢」。

つまり、狭い意味の算術化をしたかっただけ。そのセンスは哲学ではなく、あくまで、アンドレ・ヴェイユが称賛するような数学者のものだったろう。だから、こういうと、申し訳ないけど、数学を数学として本当に理解できてはいない哲学者には、クロネッカーの真意は絶対に解らない。モントリオール大の、(名前忘れた!)哲学者のように、ちゃんと代数学などが解る人にしか解らない。

クロネッカーが、論文の脚注などで、デーデキントのイデアル論を、「計算できない」などと批判しているが、これは自身のモズル理論とライバル関係にあるイデアル理論を批判するために持ち出した、分かり易い条件でしかないはずだ(そう理解すると、脚注でしかなかった理由も納得できる)。実際、クロネッカーの論文を見てみると、案外、計算が少ないのである。あんなに難しいものを、わかっているなどという気は全くないが、印象では、代数式を使って、抽象代数学をやっているようにみえる。浪川先生が、クロネッカーの研究を評して、Ringの概念もない時代に(スキームの話なのです)、クロネッカーは、その真意を的確に語る言語を持たなかった、と書かれているが、まさにそんな感じ。


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