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2012年12月12日(水曜日)

Scheler メモ1

カテゴリー: - susumuhayashi @ 13時49分35秒

B.7. S.240: ..; und in diesem Strome bilden sich erst allmaehlich fester gestaltete Wirbel,..
der Wirbel を生み出すder Strom は Ich-Du が起こす流れ: sich auf Ich-Du indifferenter Strom der Erlebnisse fliesst <<zunaechet>> dahin,
田辺の渦流と似てている。田辺文庫に Wesen und Formen der Sympathie はなかったか?
—————-
同、p.168 ein <<unbegruendbares>> Plus.
das Plus: 単純には surplus。日本語選集では「余剰」と訳している。
unbegrundesbar に注意。基礎づけられない何か。割り切れないなにか。
余りの様なもの。恐らくこれが、田辺S9年史料、冒頭の + の意味。
田辺文庫で、この部分に何かないか?
—————-
11巻、252-3頁:形相や本質を主題とする制度化された形而上学を駆逐したのは(コントが考えた様に)
科学(Wissenschaften)ではなく、正しく政治がこれを完遂したのである。….
Es ist daher aufs tiefste soziologisch getruendet, dass die revolutionaern Unterklassen des
<<vierten Standes>> und ihre Fuehrer die <<Wissenschaft>> ebensowohl zum Religions- wie zum
Metaphysikersataz zu machen tedieren und …. rationalen Scientisfmus der … Buergerklassen…
einen paragmatistischen technologischen Scientisfmus schone lange vor
dem Pragmatismus Booles und W. James’ usw. zu ihrer Leitidee machen.

dem Pragmatismus Booles und W. James’
確かにブールの数学論はプラグマティズムだが、Scheler はそれを読んだのか?
なぜ、数学以外には直接にはかかわらなかった Boole を James の前に
出したのか?
#ただし、Boole の平民学校(?)の努力が政治的なものを含まないわけはない。
#その意図は数学論の中にも明瞭に見える。しかし、政治論までは書いてないのでは?
#人脈の問題あるか?

Scheler のプラグマティズム論を調べる!

Gesammelte Werke の Logik の巻、手に入れる、調べる!
文 宗教 E||2464 2040893039


die revolutionaern Unterklassen des <<vierten Standes>> und ihre Fuehrer

コンドルセ、Condillac に影響された ideology の創始者? Destutt de Tracy,は、Fueher たちなのだろうか?

Klein, Daniel, “Deductive economic methodology in the French Enlightenment: Condillac and Destutt de Tracy,” History of Political Economy, 1985, 17:1, pp. 51-71

http://www.studyplace.org/wiki/Educational_Legacies_of_the_French_Enlightenment

Condillac -> Destutt: Condorcet との関係は?

Kloppenberg route!

———
13巻206頁- 「知識の諸形態と教養」
Band 9, S.85-: Die Formen des Wissens und die Bildung
1925年1月17日。一般向け講演であるために、非常にわかりやすく論点が提示されている。
Scheler 理解に重要。亡くなる3年前?
コスモスとミクロコスモス(個)
———-
13巻 Die Stellung des Menschen im Kosmos の、まえがき 死の数週間前のもの
ほぼ via media の哲学。哲学とは人間を中心としたもの。哲学的人間学。
12−3頁
…人間の自己問題性は….現代においてこそ最大限に達したのである。
人間とは何かについて厳密な知識をいつの時代にもまして持っていないとうこと、
そしてこの問題に対するどのような可能的解答も人間をもはや驚かせないということ、
そのことを人間が認めたときに、次の様な誠実性の新しい勇気も
(Mut der Wahrhaftigkeit: 正直さの勇気?)
また人間のうちに湧きおこったように思われる。
その勇気とはすなわち、この種の本質問題を神学的・哲学的・自然科学的な
伝統との従来普通に見られる結びつき…を断つことによって新しい仕方で
提起しなおすとともに、人間の自己意識と自己観察の新たなる形式を–
人間に関する種々の科学が獲得してきた個別的知識の膨大な宝庫を基礎としながら–
展開するという勇気である。

via media !! Hartmann 的であり、ある意味、ハイデガー的でもある。
しかし、ハイデガーは「人間に関する種々の科学が獲得してきた個別的知識の
膨大な宝庫を基礎としながら」という部分がない。Hartmann ?


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