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2010年1月31日(日曜日)

人文学と科学

カテゴリー: - susumuhayashi @ 15時05分47秒

昨日までアドバイザーを引き受けているJSTさきがけの「合宿」だった.2年目に入り,面白い成果がかなり出始めているし,
領域代表の中島さんや他のアドバイザーから,我々が意図していなかったほどに各研究間の相乗効果の可能性が
出てきているという意見がでていた.それと研究員の人たちが場を仕切ってしまい「アドバイザーが発言する間がない」
という意見が出るほど議論があったこと.アドバイザーは僕を含め前時代の人間なのだから,こうでないといけない.
若い人はおとなしすぎるとおもっていたが,珍しく若い人が元気なグループで大変うれしい.

とは,いうものの疲れた...:-?

もう一つため息がでたのが,人文学と工学・理学の間の高い壁.ひとつは,若い人たちに出る資金の差.
さきがけでは3年程度で一人数千万円の研究費がでる.最近,情報でも増えてきた就職できない研究者
の場合は,それで自分の給与を払うこともできるという米国風の制度になっている.一方で人文学には
そういうものがない.僕の学生を含め京大文学研究科には優秀な院生が沢山いるが,彼らは学位をとっ
ても就職ができない,学者としての将来が非常に困難だ,という理由で研究者になる道を諦める人が
大変多い.これは以前所属していた情報系ではなかったことなので,この実態を京大文学部転職後に
知ったときには,大変ショックだった.

ひとつには院を拡張しすぎたという自業自得の面があるが,一方で以前,僕が所属していた情報の世界
ではポストがダブつきすぎて,神戸大クラスでも公募をしてもまともな人が来ない,ということがあった.
僕も龍谷や神大にいたときは,東京やら京都などの有力大学から,再三,移らないかと勧められていた.
一度は東京の大学の公募に応募して欲しいという誘いに「パートナーが京都の大学に勤めているので,
京都を離れるのはいやです」と言ったら,「みんな単身赴任しているじゃないですか!!!」と電話口で
先方の方に怒鳴られたことさえあった.(^^;)
#そういわれて,みまわしてみたら,確かに,自分のまわりは単身赴任者がうようよしていました...

要するに情報系に国の予算が落ちている割りに,人材がいなかったのである.僕程度でも,しょっちゅう,
あちこちから声がかかるほど,ひたすら人材不足だったわけだ.(もっとも最近はどうか知らない.
特に若手は状況が変わってきているらしい.)このダブつき感と比べて,これだけ良い人材が揃いながら,
どうして彼や彼女らには職がないのか!というのが今の職場に転職してからの常なる思いだったが,
最近,僕自身の学生がDに進む学年になり,彼らが心の底から悩んでいるのを見て,一方で,さきがけの元気な
若手研究者を見ると,この落差に,本当にため息がでる.理論系やソフト系の人だと,さきがけの大型
の予算額は研究の邪魔にさえなるという声もある.こういうのを少し人文にもまわして欲しい.そうでない
と数十年後に日本の国力が相当に落ちるだろう.(もう,すでに相当落ちているけれど,さらに...)

もう一つが,理系・工学系の先生方が人文学を理解できていないという事.領域の性格上,情報の中では
いわゆる文系に理解がある人たちが集まっているはずだが,それはせいぜい社会科学系までで,
歴史などの人文系への理解は,なまじ,ご本人たちが「文系」を少し勉強をしているだけに,逆に誤解が
強い面もありそうだ.僕自身が,文学研究科に転職するまで,自己流でありながらも歴史学をやっていて,
かなり分かっていたつもりだったのが,転職して,その最中に入ってみると,全く分かっていなかった
としょげたことがあるので,それと同じようなものを感じる.

数学基礎論史の関係で「成し遂げた!人文系でも大したものだろう」と思っていた僕の研究程度のことなど,
日々起きるのが本物の人文学であって,そういうものは普通に本屋で手に取れる書物位では分からないの
だとわかったのは,やはり,自分のもの程度の研究が教授会の博士論文審査で毎回でてくるのは当たり前,
それより遥かに凄いことをやっている同僚が周りに沢山いる,ということが日々の生活を通してわかり,また,
同僚の講義などを聞かせてもらったり,議論したり,そういうことを数年重ねた後のことだった.

僕は元が「理系・工学系」だから,「人文学を理系・工学系の人が分かっていない」と平気でいうが,
人文系の同僚たちは,仲間内では言うこともかなりあるが,滅多に外に向けては発言しない.
これは,奇妙に文系に厳しく,理系に甘い,現代日本社会の風潮を警戒してのことなのだろうか.
多分,それをやると,とんでもない攻撃を受けるのだろう.
#停年退職されてしまった小林道夫先生などは例外だったが.

明治20年代の医学者ペルツが言った「日本人は科学を世界中どこに据え付けても同じものを生産
できる機械だと思っている.しかし,それは間違いで,本当は樹木のようなものた.根から育てないかぎり,
それが,次々と成果を生むことはない」という警句が今の日本にも適用できるということは,気が滅入ることだ
(「根」とは精神,文化).

これを何としたいと「繊毛の一掻き」を続けてきたが,正直のところ最近諦めが出てきている...

まあ,そうは言っても,やはり「一掻き」を続けるのだろうけど.(^^)

#1月のポストはこれだけか!道理で一回で一月分ほども書いてしまったような...;-)


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