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2012年3月12日(月曜日)

回転、スピノール、類(=超越性)

カテゴリー: - susumuhayashi @ 00時53分57秒

2012.02.11に書いた、田辺の回転が A の意味大体わかる。やはり、量子論のスピン、スピノール。
このことから、Voigtの書き込みは、戦後でほぼまちがいなし。古典力学の弁証法(昭和24年)、
#夫人の死去の2年前。
pp.78-79: ディラックの理論というものは、歴史的に力学の発展の現在に於て達した頂点に相当するものであって、
もはや力の概念を超え、その具体的根底としての愛の極限にまで迫るものではないか。<中略>
又彼の力学の特色をなすスピン、スピノールとかいう概念は、愛に於ける反対方向の両旋回の統一を象徴するものと解して、
始めてその具体的意味が明らかになるのではあるまいか。スピノールが半ベクトルと規定せられて、それの二成分の合成がヴェクトルに相当すると解せられるのは、ヴィクトルが力学的存在の存在性を表す概念として、
存在の自然存在性を位置と速度とにより規定するであるのに対し、それが不確定性原理により崩壊せしめられることを通じて
絶対無に転換せられ、自己否定的愛の復活存在としてのみ媒介的に実存する、その交互的否定の両契機を意味するものと考へられる。
すなわちベクトルの平常的自然的存在を表号するに対し、スピノールはその否定即肯定なる分裂崩壊を通じて始めて達せられるる
宗教的実存の反対契機、
すなわちその自己否定的両面の転換を象徴すると解される。それはまさに愛の自覚すなわち無の自覚に相当するのである。
自己否定的旋回としてのスピンの在り方に対応すると考えられるのも、この理由によるであろう。

スピノール。知らなかったが、之面白い!バリ島のカップトリック!田辺に見せたらどんな顔をしただろうか。 :-D
Balinese cup trick / candle trick / spinor demonstration
Your palm is a spinor
Dirac belt trick
以上、つぎからのリンクhttp://en.wikipedia.org/wiki/Plate_trick :evil:

p.82 基軸ヴェクトルは分極変位ヴェクトルと同列に置かれるべきものではない。前者は後者の超越だからである。
すなわち一度テンソルによって場の力学に転換せられた力の力学は、却って前者の完成により再びその主体的な
る特色を回復せられ、旋回ヴェクトルの絶対否定たる超越性を発揮するといわれる。
<続く>
この後、旋回してぐるりまわった連続がでてきて、それが切断となる!だから、切断は力学的で、解析が力学の
数学だった根拠をこれに求める!!!

この旋回が懺悔!

ウーム!なんという人だ…


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