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2012年2月21日(火曜日)

二つの多様体論の意義

カテゴリー: - susumuhayashi @ 09時51分17秒

二つの多様体論は、田辺哲学の「核心の理解」には貢献しない。

一方で、思想論文で指摘したような、田辺哲学を世界思想史の文脈におくという点では、
英米分析哲学(澤口)、フランス現代思想(中沢)の出発点としての意味を持つ。
特に後者は、フランス現代思想における擬似数学の利用という田辺哲学にも見られる
方法での両者の比較という大きなテーマにつながる。しかし、中沢は、これを田辺理解
としてしまった。そこに批判が起きる(田中裕や京大宗教学専修雑誌の論文)原因がある。
しかし、これを単にマスコミ学者の論とするのは間違い。
#ただし書きとして、中沢のアプローチ、特に調査、議論の問題点
#の批判。澤口論文の引用、アブラハム、野上、シンプレクティク幾何学、微分形式などもろもろ。

Plotnisky論文使う。quasi-math. という概念。

また、これを通して、math の概念の使い方の違いから、
逆に思想の違いを見る。たとえば、ドルーズ・ガタリの
リーマン多様体はどのような意味でもhomogeneousではない、
という文。田辺ならばハイデガー哲学など Hier-Jetzt の
思想から、これを批判するだろう。

非モダンという中沢の用語をモダンでない
もの一般に意味を変えて使う。たとえば、前モダン、
反モダン、脱モダン、超モダン、超(克)モダン。

田辺、京都学派は最後のもの。新カント派もそうだろう。
モダンは一応承認している。

これをギデンズなどのXXモダンと比較。


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