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2012年1月28日(土曜日)

物語「京都学派」

カテゴリー: - susumuhayashi @ 03時42分43秒

竹田篤司、物語「京都学派」が届く。ざっと読んで、ムムムムムッム……….
という感じ。僕が知らなかった大変多くの史料のことが書いてあり、一応は、
京都学派の思想史をやっている(と言張っている)人間としては、多いに恥じ入ると
同時に、この史料の扱い方は何だーーー!???!!???!!!!
という感じ。岩波の西田全集の編集委員を務めた方だから期待していたのだが、
これでは興味本位のジャーナリズムと変わらない。
色々と理由がつけてあるのだが、世俗的意図が透けて見えるような気がして、
ゲンナリ…..

藤田さんが、竹田さんを「細部に神宿るという考えの人でした」と言って
いた。ちょっと揶揄したように聞こえた(だけなのかも)ので、
歴史家としてのプライドとして、「僕もそうです」と言っておいたが、
#細部に神が宿らない歴史学を僕は信じない。
#細部こそが個を軽々と越えていく現実だ。
なるほど、藤田さんの気持ちがわかる。これはないだろう….

これでは、歴史家の品位とか矜恃とか、そういうものが何もない。
おそらく歴史には基本的に興味のない哲学者の方で、
凄い史料が手に入ったので、なんとか世間にアピールしたい
という意図が先走ったのだろう。こういう書き方をしてはいけない。
折角の史料が台無しだ!!!

公開と暴露は本質的に違う。こんなのが歴史だと思われたら、
歴史学の品位が下がる。いや、こういうものは歴史学ではない。
歴史を知らない哲学者の歴史もどきだ。キツイと思われるかもしれないが、
歴史家としての矜恃の問題だから、あえてキツイままでおく。


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