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2011年7月23日(土曜日)

modernism, modern arts

カテゴリー: - susumuhayashi @ 13時59分21秒

近代美術館でMoholy-Nagy in Motion をやっていたので、「ゲーデルと数学の近代」の調査の一環として見にいく。
大収穫。

このモホイ・ナジという人、知らなかったが、ハンガリー出身、ワイーマール前後のドイツで活躍ということで、多分、関係があるだろうと思って
見に行ったが、light-space modulator などは、メルテンスのデュシャンの泉などより数学のモダニズムに
対比するのには、より適当だと感じる。泉は抽象的だが、構成的ではない。ヒルベルトの抽象数学
(公理論)は、要素へ分割し、純化して、構成(総合)しなおす。そして、時として構成の際に未知の対象・空間に入る。それ以後の抽象数学は、
分解と構成して戻す。時代とともに、この「戻す」がドンドン弱くなる。部品がそろってしまったので、そこから始まり、自由に構想して構成する。そこまで行くと
カンディンスキーの抽象絵画のレベル。light-space modulator は、van der Werden のレベル。情報で言えば「WEBでXXプログラミング
ができる」現代に対応する。ただし、これは1930年。泉は1917年。
要するに、Weyl とか van der Werden にあたる。そうなると泉が、同じ1917年のヒルベルトの Axiomatisches Denken に
重なる。Hilbert 1862-, Kandinsky 1866-,
最初の抽象画とも云われる Aquarell ohne Titel が1910か1913。
代数はもともと抽象的だから幾何で考えると、Hausdorff の位相概念が1914年。手法的にはすでに Grundlagen der Geometrie があるが、カンディンスキーたちの抽象画に比較するならば、Frecht の距離空間もキュービズム程度で、やはりハウスドルフだろう。となると、数学と芸術でほぼ並行して進んでいる。場所は、ほとんどドイツ語圏(カンディンスキーはロシア革命前はドイツ在住。一旦帰国するが後にバウハウスで教官)。

あやうくパスしかけた4Fの日本の関係図書の展示で、大変おもしろいものを発見。上の進行におよそ10−20年程遅れて、日本のモダニズム。展示の問題だった可能性も高いが機械への興味が強い(村上)。これはデュシャンやモホイ・ナジなどもそうだから当然か?板垣は新カント派の解説も書いている。いずれも1920年代から30年。このあたりが戸坂が、第一次世界大戦後に、初めて新カント派が流行した、と書いたことの一部か?どこかに話を聞ける専門家はいないものだろうか…. 永井さんに聞いてみよう。

新カント派は旧か新か。モダンかモダン以前か。面白い問題だ。やはり、ヒルベルトはそのあたりに位置するのだろう。

で、Plato’s Ghost で、こういうことがどう料理されているか見てみたら、芸術関係への言及が実はスカスカだった。
最初のイントロでこそ、おもしろい議論があるが、本文では、ほぼ、数学の中で閉じてしまっているといわれても仕方ない
位の議論しかない。その意味ではCorryの批判は妥当すると言える。


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