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2011年7月22日(金曜日)

谷島さんの記事

一橋大学の中馬さんを通して、久しぶりにソフトウェアの振興政策、
人材関係での仕事の依頼があったが、ちょっとブランクがありすぎる。。。
でも、本の企画の意図はよくわかるので、一応、依頼者の同志社
の方にあうことにした。まあ、地理的に近いので何となく親近感がある
ということも否定できない。

で、それが数日前のことで、思い出したように、それに関連することを
日経から配信された記事で読んでいたら、関連記事で、面白そうな
ものを発見。読んで、「その通り!良い記事を書く人がいるなー」と
思いつつ、著者を見たら、谷島さんだった!まあ、当然と言うか、
納得と言うか。とにかく、良い記事だった:
谷島宣之の「経営の情識」 「トレードオフの概念は日本に無いのか」三菱東京UFJ銀のシステム一本化報道に思う 

それを読んでいた、以前からぼんやり気になっていたことに
答が(答の候補)が出たので記録:
80年代、日本は安い価格で99.99%の最後の9%を達成する
品質の高い商品で世界を驚嘆させ賞賛された。ところが、谷島さん
が(上の記事より前の記事で)書き、それに読者が反応したように、
それに何百億もかけるのはソフトウェア開発では馬鹿げている。
この違いは何か?80年代ならば、それほどまでに拘ったことに
賞賛があつまるだろうし、それは確かにpayした。しかし、これは
オーバースペックの弊害論と矛盾する。なぜ現実は、そうか?

答はあまりに簡単:銀行等の勘定システムは、本質的にコピーが
一つ、あるいは、少数しかない。そこにおけるウン百億は、大変
なコスト。そういうソフトは、本質的にオーダーメイド。コストは、
それ一本にかかる(厳密には間違い。その経験は企業のものと
なり、次の受注において意味を持つようになる)。ところが、
拘ったものが、それゆえに多く売れ、それにより大量生産を
可能とし、大量生産するとコストが下がるならば、拘りにより大量生産の
可能性を広げたことになる、廉価ながら高い品質、という競争力を得た方が
長期的には有利となる。

そして、これらの中間は多くある。品質に拘るか、拘らないか、
どちらが妥当かは、それぞれの場合で異なる。答はない。
答はないというのが答かもしれない。


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