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2011年5月7日(土曜日)

史料メモ#124、現象学に於ける新しき転向 ハイデッガーの生の現象学

カテゴリー: - susumuhayashi @ 22時45分17秒

現象学に於ける新しき転向 ハイデッガーの生の現象学 田辺全集4巻
(1)p.19: 要約:現代ドイツ哲学に於いて現象学の占める位置の重要性とは、
それが「厳密なる学としての哲学」に発しながら、体験の構造を分析し、
直観の明証を真理の最後の拠所として、一般に生の全領域に対する展望を開くことにより、
所謂、「学の哲学」と「生の哲学」との両極を統一する希望を比較的多く有することにある。
一時代を風靡したカント派(新カント派のこと)の先験主義は、あまりに「生よりの隔たり」が大きく、
人々の心が離れた。その徹底したプラトン主義のZweiweltentheorie 二世界論は、
「痛ましき現実に面して悩み苦しむ当代の人間には余りに峻厳にして親しみにくい。
時代の傾向は生そのものの真相を具体的に理解し、その中から生ける力を掴み取らんとする方に向った。
今日流行の標語となって居る所謂『生の哲学』は実に此傾向の産物に外ならない」(原文どおり、漢字仮名遣いは別)。
*つまり、田辺はWWI後のドイツの文化・社会状況の変化による新カント派の凋落と、
Weberがたしなめたとされる学生達の「生・現実」への希求について語っている。この論文大正13年。
田辺は大正11年(1922)3月から大正13年(1924)1月(帰朝)までドイツに留学している。
この時期はぴったり世に有名なドイツ・ワイマール共和国のハイパーインフレの時代、
それも最も酷い時代に重なる。それを田辺は見ている。どれくらいのインフレだったかとというと、
この記事のグラフによるとhttp://en.wikipedia.org/wiki/Hyperinflation_in_the_Weimar_Republic
1922中ごろが100, 1923の終わりには、1,000^4、つまり、10,000,000,000倍、つまり、100億倍。
ドイツ語の方の表http://de.wikipedia.org/wiki/Deutsche_Inflation_1914_bis_1923 
でみると、31.Janur 1922 が1.000 として、15.November 1923が1.000.000.000.000なので、
10億倍。(ドイツ語と英語での記数法では、カンマとピリオドの使い方が逆になるので注意)。
まあ、10倍位は誤差の範囲。数日で10倍くらいになるのだろうから。
 これがワイマールの危機の時代。この時代のことを田辺は言っている。これを目の前に見た人と
そうでない人は世界に対する見方は違うだろう。ただし、田辺はポンドで払う戦勝国日本の帝国大学助教授である。
(2)同ページ。Rickert が、1920年にPhilosophie des Lebens で生哲学批判をしたのも
新カント派凋落の証明だった。
(3)pp.20-21 要約。フッサールの現象学は「学の哲学」から出て、かつ、
「生の哲学」と同じ傾向を目指している。それは、形式的アプリオリを求めず、直観体験に基づくという点で
生の哲学と同じである。しかし、それは生の哲学には欠ける原理的方法の自覚を持つ。ここに「学の哲学」から発し、
難解で一部からは現代のスコラ派とさえ言われるフッサールの思想が「意外な人気を集めて居る所以がある」。
たとえば、ディルタイがLogische Untersuchungen を評価したというのは偶然ではないだろう。
 本来哲学はその生誕を世界観の要求に負っている。世界観は、単に内容に対する形式、
現実に対する規範というようなリッカートのHeterothesisの一方の分枝のみで成立することの出来るものではない。
その様な徹底的な二元主義が本来世界観の要求に対してはそれ自身不満足なものである。
「寧ろ内容と形式との融合、現実と規範との相即といふことが何等らかの方法で世界観の根底と
ならなければならぬ。
」今、二元主義のプラトン、カントより、一元主義のアリストテレス、
ライプニッツ、ヘーゲルに行く傾向が強くなり新カント派が凋落しているのもこのためだ。
(4)pp.38: 要約。新カント派の共通性は、アプリオリな形式原理を求め、現実世界はその原理を
当為規範として実現する過程と理解することだ。
*極限の考え方。ヒルベルトの証明論、後期形式主義、そのもの。Weberの極限例は思考実験、
理論形成のためだから、これとはことなる。その意味ではWeberは新カント派とはいえない?
(5)pp.38-39:「而して世界観は何等か形而上学的統一原理によって完成するものであるとするならば、
学の哲学は本来その点に不満足あることを免れない。仮令斯かる形而上学的原理は学的認識の内容となる
能わず、直観体験の対象として論理の要求する如き厳密なる普遍妥当性を享有する能わずとするも、
尚「生の哲学」の立場から理解の対象となることが出きるであろう。」< 略>「況やこれが今日の現実生活の
状態に結びつくに及んで、『学の哲学』は到底『生の哲学』の敵でない所が現れる。現世紀の十年以後即ち
世界戦争の後に於いては、過度の不安に悩まされ、懐疑から絶望に傾きつつある欧州人にとって、
『学の哲学』の如きは幾ど閑事業に庶い(ほどんどかんじじょうにとおい)。論理の斎整、体系組織の完備よりも、
生ける事実の把握がその関心事である。」<中略>「併しながら『生の哲学』も単なる一時の思い付きや
機知の産物に止まり、何等かの原理によってその研究を指導し統一するといふことがないならば、
到底之を哲学といふことは出来ぬ。若し斯かるものを求めるのみならば哲学より寧ろ文学に趣くべきであろう。」
(6)pp.40-41. この難しい二者の対立を共に満たすことができるのが現象学だ。この様にして、
新カント派凋落の後、現象学がドイツで有力となっている。


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