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2010年11月16日(火曜日)

リーマン面@田辺哲学

カテゴリー: - susumuhayashi @ 22時43分50秒

澤口「田辺元における数学の形而上学」, p.64「歴史的世界と位相的図形のあいだの相似性」を田辺が指摘したという。そして、その例として田辺があげたものが、メイビウス・バンドとリーマン面だとする。p.65 メイビウス・バンドの議論を批判するが、リーマン面については述べない。そして、p.67 の第四節の冒頭で、「種の論理の数理哲学は多様体の哲学において本領が発揮される。博士はリーマン面に触れているだけで多様体一般については論じていない。まず多様体の一般概念が種としていかに把握されるか、見ることにしよう。」という文章で、「多様体の論理哲学」のテーゼが、初めて登場する。

これに対する田辺の叙述は:「…歴史主義展開」全集12, pp.299-300, 文庫pp.347-349。ここでリーマン面についての議論は次の通り:
1.「…、すなわちリーマン面である。数学者には周知のこの事例について、数学に通じない私が喋々するのは、いかにも烏滸がましき限りであるからやめよう(例へば吉田洋一…)」として具体的言及をさける。
2.しかし、その上で、次の様に言う「ただここでも注意せられるのは、第一にこの位相学的事態が、静観的なる実変数関数論ならぬ、自動的運動的といつてもよい複素関数論に於いて始めて起こるといふこと、すなはちそれが、単に直観的ならぬ行為的自覚的なる立場に成立することを示すといふ点である。」これは、おそらく解析接続をイメージしている。そう思われる根拠:全集pp.354-5,「理論物理学新方法提説」。「今述べた如く自己の自由自覚の地盤を象徴すると解せられる収斂円(収束円が現代的用語)の解析接続が、対自的にその根底たる無の裏づけを展開して、複素平面の重層的立体性を自覚する成果が、すなわちリーマン面に外ならない。」田辺は、全集p.353 で近傍を「媒介」と書く。全集 p.353 「収斂円といふ位相学的「近傍」を媒介となし、収斂円の非連続性を否定契機として、却っていわゆる非連続即連続の弁証法を成立せしむゆえんこそ、コーシー・リーマンの微分方程式の意味する所であるといつて差し支えない。」ほぼ「トンでも」状態であるが、その後の「それが(収斂円が)相互独立完結にしてしかも接続せられることに、歴史の非連続的創造即連続的発展の構造が表明されるわけである」という文章からすると、「正則関数が与えられることにより、曲線状を移動する点の収斂円が点ごとに別々に存在すると同時に、それは曲線上で解析接続されていき、結局、リーマン面をつくる。このような局所の積み重なりで、大域的なものが連続的に作られていくことに歴史の構造との相似性がある。また、このような類似性を、その上で可能にする複素平面というものも、単なる実数の対という以上の潜在的な構造をもっており、それが複素数というものの哲学的いみだ」という風に田辺は考えていると理解できる。強い証拠なし!ただし、傍証:Alexandroff のEinfachste Grundbegriffe der Topologie 「田辺文庫、41, 110」p.8 に Hausdorff空間の近傍系の公理の説明がある。それに田辺は次のような書き込みをしている:Die Begriff des topologisches Raumes の一般論で、Alexandrof は、Nun beruht aber die Steigkeit auf Vorhandensein von Beziehungen, die als Nachbarschafts- oder als Umgebungsbeziehungen erklaert werden - … という文章を含む説明を書く。そこに田辺は「種ト個」という書き込みをしている。(実際の公理にも書き込みあり:近傍が open であることの条件には、より小さい近傍がとれるという意味ととって「無限可分」、ハウスドルフの分離公理は、「点ノ分立ハ近傍ノ分離(離は?)」)つまり、近傍に種を点に個をみている。これはブラウワー連続体論理解以来のパターン。
また、この Alexandorff は、その Hilbert の 前書きに、「ヒルベルトも非連続な論理に基づく公理主義の限界を感じ、位相学に望みを託したか」という、田辺によく見られる「現実の歴史の無視」の議論に使われたもの。「…歴史主義展開」全集12, p.310。この部分は、殆ど救いようがない。ヒルベルトが Harmonie zwischen Anschaung und Denken と書いたところに田辺は下線を引いている。直観と理論(形式)の両方が、通俗史観でいうほうどに形式主義者でない Hilbert には重要な要素として存在していた。official には形式主義者であっただけだ。その直観主義的要素を強調するために田辺は、 Hilbert が書いたものが、偶々、位相の本のイントロであったことをとらえて(このことには、何らの関連もない。たとえば、それは、彼自身の幾何学基礎論であってもよかった)、それを根拠にしてしまう。つまり、現実の歴史は必ず正しい哲学(形而上学)に従うという田辺独特の(しかし、Hartmann と共通の)思考法により、ヒルベルトが数学の歴史主義的側面に気が付いたのが、そのイントロを書いた理由としてしまう。これはもちろん、「トンでも」以外の何者でもない。Schnaedelbach がHartmann 哲学の崩壊の理由とした「現実の科学との突合せ」と同じ構造の弱点が「現実の歴史」を強調する田辺哲学にはある。外の例としては、リーマン面とデーデキント切断に関連があるのではないか、リーマンの講義にデーデキントはでていた筈だから、という全集12, p.354 の議論。もちろん、リーマンとデーデキントの友情は数学史では有名。誠実なデーデキントの支えがなければ、精神的に不安定だったリーマンはもっと早く「崩壊」していたのかもしれない(Laugwitz の「リーマン」を参照)。まあ、昔なので、デーデキントからのリーマンの妹への手紙などまで調べる現代の数学史の成果がなかったのでしかたなかったという面はある。ただし、この両者の思想的関連性を理解しているところは無碍に否定すべきではないだろう。現在の数学史では、これは「概念と思考による数学」がリーマン・デーデキントにより具体的に立ち上がってくる過程として理解されている。その源は、まだよく分かっていないが、二人ともが師事したディリクレの影響が大きいらしい。しかし、リーマンのは、ものすごく大胆で、やはり、リーマンがすべての出発点とするいささか強引な Laugwitz の論調などに、つい、賛成したくなってしまう。(でも、全面賛成はしない。)
3.おそらく田辺が複素数系に弁証法をみたのは、この解析接続の動的性格においてだろう。だから、リーマン面の議論がでる。しかし、田辺はリーマン面を十分理解できていたか怪しい。(投稿「切って繋ぐ」参照。)しかし、その動的性格は感覚で理解しているらしい。ここで重要なのは、「接続されていく」というところなので、「デーデキント切断論」の切って繋ぐとは、いささか雰囲気が違う。後者には、現在という時が反映されているが、解析接続にはそれがない。実際、田辺の議論は形式(収斂円が点ごとに「独立して」決まる)に頼りすぎていて、切断論ほどの力強さがない。しかし、澤口は、それに乗ってしまう。また、澤口の「普遍概念としての多様体」でも、同様の「哲学のための歴史の『捏造的解釈』」がみえる。田辺よりは稚拙かつ強引な議論。梅原の「法隆寺議論」といい、こういうのを読むと、歴史家である僕は、「ひどいものだ….」と頭を抱えてしまう。

これは京都学派の特性か?あるいは、哲学者の特性か?


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