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2018年5月6日(日曜日)

二冊の Prinzip

カテゴリー: - susumuhayashi @ 11時25分40秒

京都ユダヤ思想学会のコーエン・シンポジウムというものがあるので、
そこでコーエンについて話してほしいと、宗教学のPDの吉野さんに依頼を
受けたのが、1,2ヶ月前か?

少し遅れていたレジュメを、昨日、ようやく送る。

僕は、コーエンは研究したことがないので、田辺のコーエン受容の話を
する予定でいたが、4月中頃になって、慌てて、調べ出し、
コーエンの著作 Das Prinzip der Infinitesimal-Methode und seine Geschichte(以下、Prinzip)
と田辺の関係の話にすることにした。この書は、無限小を元にした形而上学、あるいは、論理の
話で、当時としても異端の問題作であると言われているが、しかし、同時に、これがコーエンの
代表作とも言えるようなものとされている。

また、田辺は数理哲学の時代、Prinzip を手厳しく批判したバートランド・ラッセルの哲学を、
数学的にはコーエンより優れているが、哲学的深さにおいてはコーエンに及ばないとした。

西田はコーエンの Ursprung (訳は源泉かな?)の考え方が、大変に気に入っていたと
西谷が書いていたように思うが、これは、京都学派にかなり影響を与えたのではないかと思う。

田辺の考え方でいえば、数学や自然科学の様な「科学的」思考法は、外延的なもので、
その背景に科学的合理性を超える内包的なものがあり、それこそが哲学が探究するものだ、
それがコーエンの「湧き出し」としてのUrsprungだという考え方。
Du-Bois Reymond の物理学の概念の由来は、物理学ではわからないという考え方に
通じるもので、多分、当時、流行った考え方なのだろうと思う。

で、そういう思考法のバイブルともいえる Prinzip が、何故か、京大田辺文庫には二冊ある。
どちらも貴重書で、書き込みがあるが、これを調査して、報告することにした。

しかし、何故、二冊あるのか。これが以前から謎だったのだが。今回の調査で、
購入時期が、古いものが1924年以前、新しいものが1925年以後、らしいことが、
蔵書印として押されている小判型古印体の印と、角型篆書体の印の使われ方から判明。
二冊の Prinzip の一冊には小判型が、もう一冊には角型が使われている。

小判型は、いかにも安物で、角型は、かなり良さそうなもの。それで、多分、
小判型が古い、と予想。京大田辺文庫の本の、すべての出版年と押印の分布を
調べれば、どちらが古くて、大体、どの位の時期に、印を変えたのかの大体の
推測ができるのではと考えて、学生にバイトを頼んで、その分布の全ての
表を作り作業を始めた。

二日はかかるだろうと思っていたが、調査を始めて30分位のころに、
Logos という雑誌の押印が、1923年号と、1924-5年号の間で切り替わっている
ことを発見。古い方が小判型で、新しい方が角型だった。

角印が押印されている1924年以後に購入したと思われるPrinzipには、コーエンの考えが
カントル的極限(Grenze)であり、デーデキント切断にも及ばず弁証法になっていない
という意味の批判が書き込まれている。1924年に、後の弁証法転向の端緒となる
「カントの目的論」が出版されていることからしても、これは弁証法研究の時代、
それもマールブルグ学派の思想を捨てた後の書き込みと見られる。

ただ、コーエンは、無限小、源泉で、収束、極限、ではないはずで、
極限は、ラッセルのコーエン批判を受けて、ナトルプが無限小の
代替物として使ったと僕は理解している。田辺の書き込みも、
極限批判を書き込む場所としては、あまりそぐわないようにも
見えるし、ここら辺を、もう一度、ナトルプの本を読み直して、
報告する予定。

印と出版年の表の件や、Logosの印の切り替わり、こういう風に、「そうだ!」
という気付きに基づいて、地道な検証をしていると、突然、思いがけない史料が見つかる。

これが一次史料ベースの歴史研究の楽しさで、ミステリードラマで刑事が
調査をするのを見ていると、結構楽しいが、それにソックリ。史料(証拠)を
求めて旅行をしたり、その地の史料館(警察署)などを訪問して話を聞いたりと、
そこら辺まで似ている。京都学派の場合、これが全国に散らばっていて、
また、観光で訪れたいような場所だったりするので、尚更、楽しい。
しかも、研究者の役得で、一般の人が見ることができないもの、
入ることができないような場所、触ることができないようなもの、
に直接親しむことができる。

以前は、それがヒルベルト研究のドイツ、ゲッチンゲン大の図書館と
数学科の読書室だったが、京都学派の方が、色々あって楽しい様な気がする。 :-)


火事

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時10分53秒

仕事をしていたら、パートナーが、ただ事ならない雰囲気で、
何か言いながら二階に上がってきた。驚いて聞いてみると、二人とも
大好きで贔屓にしていた、福井県あわら市の温泉旅館べにやが火事とのこと。
結局、全焼で、全てが燃え尽きたらしい……

癌治療の副作用による極端な筋力低下が、塞翁が馬で、僕の筋力増強の努力を促して、
長年苦しんでいた、腰痛、肩こり、腱鞘炎の全てが解消し、最後に残った、カイロプラクティックで
痛めた頚椎の問題も、かなり改善してきたため、僕は、温泉に行きたいという気持ちが無くなってしまっていて、
べにやにも、かなりご無沙汰していた。

パートナーは、僕より温泉好きなので、近々、べにやに行きたいと言っていたので、そのつもりでいたのだが、
その矢先に、この火事…

実は、少し前には、以前は、良く買っていた古川町の八百屋さんが火事で全焼。

あまりに酷いことが、知り合いに続けて起きてショック…

特に、べにやは、湯については、他の宿でも良い所があるが、食事に関しては、
連泊して、嫌なおもいをしないのは、僕の経験では、ここしかなかっただけに、
そういう宿が火事で燃え尽きてしまったのは、非常にショックだった。

もう一つの好きな宿として、朝食で有名な、Y温泉のK亭がある。
こちらの湯は、かすかに硫黄臭がする高温度の塩泉のべにやの湯とは
正反対の湯だが、そのローケーションと湯の加減は、絶妙で素晴らしく
気持ちがいい。

それで、以前は、時々、お世話になっていたが、何度か行くと、二日目の夕食の
ことを考えると、少し憂鬱になるところがあった。こちらは、夕食も創作料理風で
本まで出ているのだが、実は、何時行っても、ほぼ同じ様なものしか出ない。

あまり多くの宿を知らないが、これは、どこでも同じ様におもえる。

ところが、べにやだけは、何時も工夫があり、同じものが、まず出ない。

創作料理の様なものは出ず、伝統的な和食なのだが、何時行っても、
これ初めてだ、というような料理が出るか、以前食べた記憶が
あるが、丁度、また食べたいなと思っていた様な料理がでる。

僕等の旅行は、観光が目的でなくて、温泉に入るのが目的だから、湯と料理が
よければ、同じ宿でよい。それで自然に、べにやにばかり行く様になった。

最初にお世話になってから、多分、10数年、もしかしたら20年近くたつのではないかと
思うが、その間に、明らかに板長さんが変わっているのだが、その際に、料理の
スタイルと品質が変わらなかった。これも驚くべきことで、ここの以前や今の板長さんが、
京都にお店を出したら、評判になるだろうと、何時も思っていた。

朝食でさえ、連泊しても「今朝の朝食は、なんだろう」とワクワク感のある、
知る限り、他にはない宿であった。

まあ、大金持ちには、程遠い学者なので、多くを知らないのだが、それでも、
この宿だけは、特別だ、他には絶対にない温泉宿だと、自信を持って言える。

女将さんも社長さんも、本当に、大変だと思うが、何とか再建して欲しい。

そうしたら、直ぐに行こうと、パートナーと話した次第。

でも、本当に気の毒…


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