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2013年3月31日(日曜日)

メシアンとドゥルーズの関係を間違えていた

カテゴリー: - susumuhayashi @ 13時44分01秒

澤口昭聿・中沢新一の多様体哲学について―田辺哲学テキスト生成研究の試み(二)―のメシアンとドゥルーズのセリーの関係の記述は間違いだろう。もとはヘーゲルあたりかと思っていたが、今朝、伊藤さんの最近の新書でベルグソンの項目を読んでいて直接にはベルグソンだと知る。これを知ったら、澤口昭聿・中沢新一の多様体哲学について―田辺哲学テキスト生成研究の試み(二)―を書いているときに、メシアンがドゥルーズの素だと信じてそう書いたものの、その歴史的根拠を検証しなかったことに気が付いた。メシアンもドゥルーズもベルグソンなどの「歴史主義」に影響されたと理解する方が遥かに自然。その作業仮説で調査中。

で、どうして、安易にああ書いてしまったか、今となっては、全く自分自身を理解不可能。あれを書いていたときは、そうとうに「追いつめられて」いたので、ブラウワー、ホワイトヘッド、メシアン、ドゥルーズの類似性に気が付いて、全体がパッとつながり視界が開けためだろう。多分、こういうのが哲学的直観で、哲学としては、もしかして、あの論文で一番評価されるべきポイントなのかもしれないが、思想史で、それをそのまま使っては駄目だ。反省。

もう少し調べてから修正予定。ただし、この同型性は、思想史論文としても、田辺のシェリング的な絶対弁証法と、ドゥルーズの違いを明瞭に描くためには重要なので欠かせない。歴史的には間違いか根拠薄弱なのだが、説明のためのレトリックとしては本質的。ここが僕の理解・解釈が入る処。メシアンのセリーがドゥルーズのセリーの由来だという記述を、メシアンのセリーでドゥルーズのセリーを説明する or 理解する、に変えればよいだろう。ベルグソンからの由来や、この二つの思想の何らかの歴史的関係性を言えれば、それで十分だろう。最大のポイントは、ドゥルーズの様な立場だとスピノザ的に神が世界を演奏してしまうと言う思想に自然に結びついてしまい、田辺とは違うという解釈にあるのだから。

これは「自由」の概念をどう理解するかと関係していて大変難しい問題。実際、実存主義的に言えば、神が演奏していようと実存には関係なく、それは自由とみなせるのだが、しかし、ブラウワーの自由選列にすでに決定論を見出す田辺にとっては(ブーレーズが音列を選べるのだから創造性があるのだと主張したらしいが、これの対極。田辺的な音楽だと、さっき演奏した音は良くなかったので変えます、というような音楽になる。 :-()自由ではない。ここが田辺哲学の複雑なところで、田辺は「図式世界の軽視」に、どうしても傾いてしまうハイデガー的実存主義を批判し、「絶対」を想定して、これは決して手放さないのだが、同時に個の「自由」も死守しようとする。この両者を融合させると、殆ど、論理的必然性として、個の自由な選択・行為において絶対が顕現する、という「絶対還相」、つまり、懺悔道以後の切断概念に行きつくことになる。戦前の種の論理だと、この切断が「種」のレベルで起きていて、それは別の言い方をすれば、絶対である類が、国家として、この世にすでに顕現している(権現、菩薩のようなもの。神の代理店。神そのものではない)という、戦後、田辺が間違えていたと「種の論理の弁証法」のイントロで書いた思想に「留まって」いる。しかし、懺悔道で、この種が方便という名で、類と個の媒介、メディア、通信媒体の地位に落とされ、個と類が直接に切断で関わることになる。で、絶対も個を契機としなければ行為を現出できないと考えることにより「個の自由」が確保される。しかし、これも外延的に考えれば、スピノザ系の世界観と何ら区別ができない。つまり、位相モデル的な思想が簡単に作れる。そういう意味で、田辺はハイデガーの「世界の軽視、無視」に哲学的には反論ができない。ただし、個人の生き方のレベルで、この両者は大きな差をもたらす。しかし、田辺の人生はむしろハイデガー的だった気がする。ここが、僕が、この人を理解できない点だ。なんだが、畳の上の水練をものすごく真面目に懸命に命をかけてやっているというイメージ。即物的な僕としては、そんなことやってないで、溺れるかもしれないけど、兎に角、水に飛び込めばいいじゃないの、と言いたくなる…


2013年3月23日(土曜日)

SMART-GS 0.9.1 リリース、すぐに0.9.2 も!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 12時46分31秒

SMART-GS 0.9.1 をリリース。バグが大幅に取れたし、
Spread ごとの行方向概念で、画像文書とテキストの
対応具合が改善されたなど。

で、リリースした直後、一か所、長年不満に思っていた
マークアップの中にマークアップを描くときのUIの簡単
な改善方法を思いつく。で、久木田さんが改造してくれたら、
「今までのは何だったんだー?!!」と叫びたくなるほど
拍子抜けに快適になった。なんだろ、こりゃ?
#八杉の知人の数学者の方に、こんなのやってますとデモをしてみせたときに、
#いつもどおりの不具合で、みっともないな… と思っていたら、翌日、
#突然、トイレの中で解決策を思いつく。トイレの中というのが、
#ありふれていますね。 :-D で、今日になって、この問題を反芻していたら、
#なぜか、あまり関係ないはずの、
#画像マークアップのundoの正しい方式も思いつく。
#これも長年懸案だったが、あまり強い要望がないのと、正しいデザインを思いつけ
#なくて放置しておいた。技術的には、単にundoなので、やろうとさえ思えば、すぐに
#できるのだが、普通のやり方になぜか強い違和感があったので、わざと実現を
#先延ばしにしていたもの。やはり、使用経験の蓄積の問題か?

実用的なソフトを作っていると、こういうことが度々ある。
しかし、今回のは、その簡単さと、効果の大きさからして、
異例に大きい。

PXのような実験室レベルのソフト開発では、こういうことは、
滅多にない。どうして、実用ソフトだと、こういうコロンブスの
卵というか、アホみたいな見落とし、というのが良く起きるのだろうか?
これが前から不思議でならない。きっと何か理屈があるに違いない。

本質的には、僕が形式技法の限界と考えるものと同じだなこれは…
だけど、それだけでは、うまく説明できていない!!
考えねば。

とにかく、これで随分使いやすくなった。で、すぐに、0.9.2 として
リリース予定。


2013年3月19日(火曜日)

Radiation Therapy 終わり!!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 12時46分21秒

昨日で、IMRT/IGRT 治療の28回の照射がすべて終わり! :-)
今日から、気分的にも、スケジュール的にも、ずいぶんと楽になった。
副作用がかなり酷くなって辛かったのも、昨日、薬を増やしてもらったら
改善された。早速、ヒルベルト論文執筆にもどるために、新しいPCを買って
からほっといていたLaTeXのインストールを開始。その他、色々、溜まっていた
仕事を再開!25度以上で、ようやく少し暖かいと感じる寒がりの僕としては、
暖かくなってきたのがありがたい。快適温度はやはり30度以上かな…
ただし、湿度が高いのは嫌いです。乾燥して33度などというのは、
大変に快適。35度は、少し暑いかな..程度。長年の京都の猛暑に馴れて、
ジャミラ状態。 :-D


2013年3月17日(日曜日)

続けて癌の話題

カテゴリー: - susumuhayashi @ 16時35分03秒

前回に続き研究以外の話題。

放射線照射は明日で終わりの予定。副作用は終わってから1,2週間は
むしろ強いらしいが、毎日の通院が終わるのはメンタルには楽。

で、この投稿を書く気になったのは、今朝の京都新聞で、僕としては、
驚きの記事をみたから。その記事の内容は、こちら:
http://sankei.jp.msn.com/life/news/130316/trd13031617480010-n1.htm

驚いたのは次の2点:
1.癌が見つかるかもしれないという恐怖心から検診を受けないというのが受けない理由の2位で36%もある。
2.癌が見つかった場合、治療を続けながら仕事を続けらないと多くの人が思っている。

僕が前立腺癌の早期ステージという、癌の中では一番、良性に属する癌を
持っている点と、病院と仕事場が極めて近いという特殊事情があるものの、
癌になっていろいろと調べた感じでは、癌が不治の病とか、かかっていたら、
もう終わりとか、仕事と治療が両立しないとか、そういうのは、どうも、
この10年くらいの医学の進歩により、相当数の癌、とくに多くの初期癌
については、完全に過去のものとなりつつあるという感じ。多分、僕が一番警戒すべき
肝臓癌だと、まだまだ、そうはいかないのだろうが、前立腺癌とか乳がんなど
だと、早く見つけて治療し、その後も転移・再発に注意していれば、殆どの場合は問題なし、
という感じらしい。これよりは糖尿とか、ずっと透析が必要な腎臓病とか、
そういうものの方がよほど厄介なはずだ。

しかし、30代から、叔父叔母や母親の癌を見て、これは自分には確実に来る
だろうと警戒して、ずっとマーカーの検査などやって、実際に前立腺癌を
超早期で見つけることができたものとしては、1のメンタリティは驚き。
悪いことは、突然やってくる。それは人間にはどうしようもない。
そういうものだ。だったら、それにできるだけ対処して置くしかない
と思うのだが…

これは、癌に対する恐怖心が、社会にあまりに強くインプリントされている
ということもあるかもしれない。癌になってみると、まわりに「だれだれさんも、
これこれ癌で、今はピンピンして仕事をしている」というような話をたくさん聞く。
「えっ?!あの人も癌だったの?いつ手術したんだろう???気づかなかった!!」
というのもザラ。

で、考えたのが、こういうのは、僕みたいに、まわりにもっと触れ回るべき
なのではないのではないかということ。

僕の場合は、(せっかく?)癌になったからには何か利用せねば損だと、
「僕は癌です、僕は癌です、だから、雑用は勘弁ね」、
とか触れ回っている(実際、現在は確かに辛い。単なるいいわけ
ではありませんので、誤解のないように!それに通院も忙しい)。
反応はまちまちで、病気扱いにしてくれないで、思わず「軽いとは言いながら、
癌は癌なんです。それはないよー。もっと心配してくれーー(T_T)」
といいたくなる場合(^^;)と、ありがたいけど、心配され過ぎという場合
とまちまち。前者は少し性格悪いとして(Mさんご夫妻ごめんなさい(^^))、
後者の方には、もっと実情を知ってほしくなる。

癌になった人は、もっと、周りに積極的に触れ回って、正しい現在の医療の情報を
伝えるべきではないかな。そうすれば、1の36%はうんと減って、
癌はさらに治る病気になるのでは?


2013年3月10日(日曜日)

IMRT/IGRTで治療中

カテゴリー: - susumuhayashi @ 17時36分52秒

このブログは学生などの僕の周りの人に僕の活動を伝えるためと、
自分で自分の考えたこと、調べたことの記録を目的としているので、
基本的には研究・教育と関係ないことは書かないのだが、今回は例外。
1ヶ月以上、ブログを書いてない、その理由ではあるので、その意味では
近況報告ではある。

昨年の人間ドックでPSA値が少し高いので検査をしたら前立腺癌だとわかり、
現在、京大病院で放射線治療中。IMRT/IGRTという、他の臓器への負担が
低い放射線治療。物理だけでなく、IT,数学の塊のような技術で、実に
興味深い。通常、平日は必ず治療で38回だが、僕は、
IGRTという技術で精度を上げた上で一回の放射線量を少し増やし、回数を
少なくしてすませる、という方法の臨床試験に参加したので28回
ですむ。

もう残りの照射回数もすくなくなったが、10回の差は大きい。この後さらに2週間以上
と思うと、かなりしんどいだろうが、もう実質来週だけと思うと随分違う。
臨床試験の目的である1回の照射量を増やすことによる副作用の心配も、
従来の治療の副作用程度しかでていないらしい。トイレが近くなるのが、
辛いが、従来の方法でも、同じようなことらしいし、放射線治療の副作用は、
人によりまったく違うので、従来の方法でも、強い副作用がでる人がいる
らしい。それを考えると、僕のはどうもかなり軽い方らしい。最初、別の病院で
勧められた手術で1ヶ月入院に比べたら、月とスッポン。

一回の治療は30分程度で終わるし、オフィスからあるいても20分程度の
場所での治療なので、その点、実に楽。そういう治療が日本で一番得意
な病院のひとつが京大病院だったというのが、実にありがたいことだ。
#ちなみに、この治療法は、手術を勧められた後に、WEBで探しました。
#やはり、WEBは便利だ。

とはいいながら、やはり放射線治療に入ってこのかた、何か、体に力が
入らない。気力が萎えている。八杉が調べてくれたところでは、そういう
ものらしい。まあ、自分の臓器の一部を破壊しているのだから、当然だろう。
本当に何もなかったら、かえって心配でさえある。毎日、病院に通って、
巨大な放射線治療機で放射線を照射されているという心的ストレスも大きそう。
#最初は、やはり、ソフトウェア工学
#をやっていたとき、本やら講演やらで盛んに引用していたTherac-25のことを
#思い出してナーバスになった。

と、いうことで、ブログを書く気力もなく、1ヶ月と少しが過ぎてしまった次第。
SMART-GSの開発も、この間、大幅にスローダウン。やはりプログラミングは体力を
使うので…ただ、この間に「ゲーデルと数学の近代」の原稿だけは、かなり「進んだ」。
進んだ、に括弧がついているのは、実は、これで最終版と思っていた
導入部の1章を、大幅に修正中であるため。こんどのは納得がいくはず…
いずれにせよ、これだけは、やってて本当に楽しいので、しんどくてもやって
しまう。僕は家事も終わり、ちょっと休んで、大部遅くなって仕事を再開し、
夜中に猛烈に頑張る、ハッと気づくと夜明けのホトトギスの鳴き声が…、という
のが、若いころからのパターンなのだが、年を取ってきて、猛烈に眠くなって
起きていられなくなるようになってきたのだが、放射線治療が始まって以来、
これが特にだめ。年をとっても、まだまだ3時くらいまでは平気だったのが、
1時台でダウンのこのごろ。

この1カ月の間に、日本哲学史の修士論文の副査を頼まれたお蔭で、
E. Lask と Heidegger の関係についての最近の研究を知ることが
できたし、Lask を初めて真面目に読んだりとか、大変に勉強になっり、
橋本君とThompson君が大学院後期課程に合格したり、色々と収穫あり。
#この2名、4月からの、溝口君との3名のコラボが実に楽しみ。

とはいえ2,3月での講義準備がほとんどできなかったので、
来年度の前期の特殊講義は、昨年度のものの積み残し程度。
前期は、Michael Friedman の本のセミナーが
中心で、特殊講義は、これを補強するという感じかな?セミナーは楽しみ。
時間を合わせたでの哲学の学生さんも来てくれると良いのだが。


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