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2012年1月28日(土曜日)

コミック 数学ガール ゲーデルの不完全性定理

カテゴリー: - susumuhayashi @ 13時56分35秒

物語「京都学派」の前日についたコミック「数学ガール ゲーデルの不完全性定理」1,2巻
を繰り返し2度も読んでしまった。内容が正確なのは、原作者の結城浩さんが
チェックしたらしいから当然として、解説書の文章では、僕の「ゲーデルの謎を解く」
とか、結城さんの原作でも表現できていない、形式系や形式的証明、あるいは、
数学の推論(証明)を前にしたときに感じる「感情」が見事に表現できている。
こんなの見たことがない。

二巻pp.142-3の「数学の樹」。僕が形式的証明や、
論証的なハイパーテキストをココロのなかでイメージするときの、殆ど、
そのままが絵になっている。信じられん!!

と言いつつ、そういう感情はWEB時代を新時代と感じる旧世代の人間のもので、
作者のように(おそらくは)WEB時代が自分のネイティブな時代の人には、
あたり前のことなのかもしれない。ネットワーク可視化技術は当たり前の
ツールになっているから、こういう図を専門家でなくても自然に目にするはずだから、
若い人の場合は、少なくとも深層心理にこういう図が自然なものとして最初から
潜んでいるのかもしれない。
#僕の場合はプログラム検証などやっていた時代に、R. バーストールさんが
#Mac 上の HyperCardで ProofCheckerを作っていたのを見たのが
#最初の芽だな。

形式的ルールや、形式的体系の説明は難しいものなのだが、
それがテーマパークでのシーンに見事にダブらせてある。
僕は形式的システムの説明に巨大宇宙船の中に作られた自然とか、
マトリックス(映画のです)とか、ディズニーランド(これは社会学由来)
を使うのだが、そのイメージが実際に可視化されたものがみられるとは….

「知らないふりゲーム」という用語も見事だ。これは結城さんのものなのだろうか?
原作には、ここまではなかったような。

コミックを研究テーマにしている20世紀学の杉本さんがコミックにしかできない表現が
あると言っていたが、このコミックを見て納得した。

兎に角、これは凄いので、今後不完全性定理について説明したり、書いたりするとき、
何等かの形で使わせてもらおう。

でも、どうしてもマネができないものがある。それはコミックの形式自体。
複数のキャラクターが同時に目前にあり、それらがコミュニケーションを行なう。
しかも、それぞれが読者のアバター的存在になっている。数学の場合では、
「でも、そういわれても理屈は追えるけど納得できないな」というときの
不安な感情とか、「あっ!そうか!」という時の明るい感情とか、それらが
キャラクターの表情、現在の会話の様式、それらすべてを、イラストと文字情報
という、自分のスピードで見ることができる形式で(ここが動画と違うところ)、
2次元の広がりに配置されている(ここが文章では絶対にまねできないところ)。
かつ、時間軸がある。それもいつでも簡単にもどれる時間軸が。

文章では、著者と読者のトポロジーをこういう風に配置することはできない。
どうやっても無理だろう。良いところで著者と読者の会話くらいだ。
工夫しても会話形式にするくらいだが、1次元の表現形式に本質的に
グラフ構造をもつ複数人の「会話」形式を押し込めると、どうしても無理がある。
実際の会話では、複数の人が声を上げたり、誰かが話しているときに、
他の2人が顔を見合わせて「エーッ?」という印象の共有をやっている
ことがあり、この共有が、ある意見に対する、その2人の印象を強く決定
したりするのだが、こういう情景を、文章で書くのと、コミックにするのとで
は伝わり方が雲泥の差だろう。

PositLogの作者の久保田さんに非常勤講師をやってもらっていたころ、
彼が4コマ漫画を使って、色々なものを見事に表現してみせるのを見て、
これはマネができん、これからの研究者は、漫画を描く能力も必要では
と驚いたものだが、あれより凄い。

コミュニケーション・ツールのモデルになるな!

ところで、一見、1日に二つ投稿しているように見えますが、
前のは寝る前。今度のは起きた後です。実質、2日間。


物語「京都学派」

カテゴリー: - susumuhayashi @ 03時42分43秒

竹田篤司、物語「京都学派」が届く。ざっと読んで、ムムムムムッム……….
という感じ。僕が知らなかった大変多くの史料のことが書いてあり、一応は、
京都学派の思想史をやっている(と言張っている)人間としては、多いに恥じ入ると
同時に、この史料の扱い方は何だーーー!???!!???!!!!
という感じ。岩波の西田全集の編集委員を務めた方だから期待していたのだが、
これでは興味本位のジャーナリズムと変わらない。
色々と理由がつけてあるのだが、世俗的意図が透けて見えるような気がして、
ゲンナリ…..

藤田さんが、竹田さんを「細部に神宿るという考えの人でした」と言って
いた。ちょっと揶揄したように聞こえた(だけなのかも)ので、
歴史家としてのプライドとして、「僕もそうです」と言っておいたが、
#細部に神が宿らない歴史学を僕は信じない。
#細部こそが個を軽々と越えていく現実だ。
なるほど、藤田さんの気持ちがわかる。これはないだろう….

これでは、歴史家の品位とか矜恃とか、そういうものが何もない。
おそらく歴史には基本的に興味のない哲学者の方で、
凄い史料が手に入ったので、なんとか世間にアピールしたい
という意図が先走ったのだろう。こういう書き方をしてはいけない。
折角の史料が台無しだ!!!

公開と暴露は本質的に違う。こんなのが歴史だと思われたら、
歴史学の品位が下がる。いや、こういうものは歴史学ではない。
歴史を知らない哲学者の歴史もどきだ。キツイと思われるかもしれないが、
歴史家としての矜恃の問題だから、あえてキツイままでおく。


2012年1月27日(金曜日)

歴史学が消える?

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時36分56秒

超長期のデジタルデータを保存する千年メモリの研究について質問され、
それ以来、omnipresent log (あらゆる場所のあらゆる時間のログをとるという意味で、
僕の造語。以下 oplog)が実現された時代以後の歴史学、あるいは、歴史、がどうなるのか、
そのことが頭を離れない。これは学問の問題ではなく、人間の社会・文化、人間存在
そのものを根本的に変えてしまうものかもしれないからだ。

僕は oplog が達成されたら、歴史学はやりやすくなると思っていた。しかし、同僚の小野沢さんと、
それについて議論して認識が変わった。oplogは歴史(学)という現在の概念を崩壊させる可能性も
ある。何でもスエズ運河を巡るエジプトと米英の間の紛争、スエズ紛争、については、時単位で
人々の行動が残っているのだそうだ。しかし、それを見ても歴史が描けないのだそうだ。

歴史学というのは、消えてしまう時々の事実が、記録、たとえば、公文書、メモ、通信記録、
日記、当事者の記憶とその証言、などにより、その一部が、ほんの一部が残されているとき、
それを通して、過去を再構成することだ。これは(再)構成であり、実際には、多くの部分は、
歴史家の創作である。別な言い方をすると解釈なのである。

一方に史料が物語る事実があり、一方で、歴史家の推理や解釈がある。
最初の方に忠実であることに重点を置けば歴史学となるし、後の方に
重点を置き、少々の矛盾、大きな矛盾が、史料との間に生じても、
面白さの方をとる、つまり、物語であることを重視すれば、歴史小説とか、
梅原猛日本学になる。

この時、史料の数が、それほど多くないからこそ、それに整合する歴史を
物語れるのであるが、その数が、途方もなく巨大だったら、そういうものを
作れるだろうか?これはデータマイニングのような、ビッグデータの話になって
しまうのである。

最近、オウムの平田容疑者が出頭してきて、その後、彼の映像を、
駅の監視カメラの記録から抽出したものを報道していた。それらの
映像は、平田容疑者が出頭する前に撮影されたものなのだから、
平田容疑者は駅構内の群集の一人に過ぎなかったのである。それが
記録されていて、必要ならば、それを抽出できるということは、僕についても
同じことができるわけだ。

これはGoogleやFacebookのさまざまなプロダクツについて
よく言われる問題と同じなのだが、それは主に現在のWEBの広がりの中で
語られることが多い。こういう透過性、一望性により、WEBは世界の経済と社会を
変えたわけだが、もう一次元増えて過去まで一望できてしまうと何が起きるのだろうか。

少なくとも一人の人間として、過去が何年たっても現在と同じような明瞭さで見えるとしたら、
これほど辛いことはないのではないか?昭和20年8月6日の広島の情景は、それを経験した人、
それを翌日経験した人の誰もが忘れたいものらしい。
昭和20年8月6日の広島の情景が、永遠にそのまま残るとしたら、
人間はそれに耐えられるだろうか。2012年3月11日に稼動していた監視カメラ、報道のカメラ、
アマチュアのカメラ、ケータイのカメラ、は、すでにこの問題を引起しているはずだ。それが
一見ないようにみえているのは、報道や、個人が、それを隠しているからだろう。
インド洋の津波の場合には、流される人々の映像がかなりあった。それが全くといって
ないというのはおかしい。要するに隠しているのだろう。しかし、それをもし全く隠さなかったら
耐え切れなくなって生き続けることができなくなる人が沢山いるはずだ。

死と言うものが大変すばらしい「発明」であることは、年をとってからヒシヒシと実感できる
ようになった。人は死ぬから、その後の世代が可能となる。誰も死ななければ、世界は混雑
し過ぎるから誕生というものが不可能となる。死があるから生がある(ムムッ!田辺に乗り移られたか!)。

冗談はさておき。

大方の過去の記憶が消滅するから、人間は過去を耐えることができるのであり、
また、大方の過去の事実が消滅するから歴史と言うものは可能なのだろう。

過去の全ての情報が、丸侭残ってしまったら、それは混沌とした現在と何も違わない。
つまり歴史学が持つ「理性的」な側面は維持できなくなるのだろう。

では、その時、少しでも「理性的」であるには、どうするか。

現在のWEB社会で行なわれている、ビッグデータで世界を動かす
という方法、キャッチコピーで言えば、集合知、データマイニング、
データ同化などの言葉が表していること、もっと、簡単に言ってしまえば、
「統計的」推論を使うことなのかもしれない。

しかし、それで一人の人間が圧倒的な現実を耐えられるとは思えないが…


2012年1月26日(木曜日)

次は美学だ!..???

廊下で、たままた、美学の吉岡さんに出会ったので、迷惑かとはおもったが、講義でやっていた、
美術・建築におけるモダニズムと数学のモダニズムの関係について、僕の意見をどう思うかを聞いた。
で、興味をもってもらえたようで、素人美学ながら、案外、いい線いっていたらしい。
僕が、学生さんたちに話していた内容は、メインストリームのモダニズム(?)解釈らしく、
グリーンバーグのものだそうだ。驚いたのはハウスドルフが文学者(?)であることを
吉岡さんが知っていた点。美学などでは有名なのかも知れない。それともポストモダン
の方かな?

原稿を書いたら、読んでもらえることになり、大変に嬉しい!! :lol:
で、調子に乗って「次は美学をやる!」と言って八杉に笑われた。(^^;) :hammer:


2012年1月21日(土曜日)

忙しかった今日 御殿荘の大山桜

カテゴリー: - susumuhayashi @ 03時58分49秒

今日で、全学共通の「ゲーデルと数学の近代」が終わり。ちょっと、最後ははしょり過ぎだったが、まあ、さすがに、これ以上講義をすると学生さんたちも嫌だろう。

しかし、今日も沢山来ていたな… 感心すると同時に、つい、教師などに依存しないで、もっと自分で勉強してね、とも言いたくなってしまった。
京大の教員の場合、その使命は、自分より優秀な次世代の研究者を育てることにある。その場合、自分が助言してしまうと、
結局、経験で勝る自分が勝ってしまい(実は目先で勝っているに過ぎないのだが)、次世代の新しい展開の芽を摘む。
#学生ではなくて若手の研究者にだが、これをやってしまったことが僕にはある。Nさんごめん!
#20年以上前の話なのだが、思い出すと、今でも悔やまれる。

で、自分よりエライ奴を「育てる」最善の方法は、遠巻きにして介入せず、そっと見守るしかない。
だって、自分には、そういう奴を育てる能力などないのだから。もし、自分の考えで
育てられる人材ならば、それは、自分よりエライ奴にはならない!これは自信を持って言える。
#ただ、明らかに変な方向に行っているときは、先輩として何か言うが。

これに京大文に転職して、暫くして気が付き、僕の癖である、すぐに答を言ってしまう。しかも、
なるべく分かり易いように努力して言う、という性格をできるだけ矯正するように努めた。
これは、お喋りででしゃばりな僕としては、正直、相当に辛いことなのだが、それが自分の京大教員としての
使命だろうと思ったから、かなり努力して、そうしてきたので、最近では割とうまい
阿吽の呼吸が身につきつつある。しかし、やはり、これは難しい。つい、(自分の)答を
言ってしまう。当然、まだ、経験の浅い1,2回生は僕ベッタリになってしまい、それは
大きな間違いのもととなる。

で、今日、講義の後に、いつも前の方で来ていた諸君に後で聞いてみたら、
文学部から来ている3、4回生とかは別として、
殆ど1回生だったので驚く。本当に、大変な知識と理解力だ。
と、感心しつつ、ちょっと気になったのは、彼らが、僕の思想にあまりに賛同しすぎているように
見える点。まあ、単なるおべんちゃらかもしれないし、1回生なのだから、数年たてば、
僕の考えに疑問を持つようになるだろう。そうあって欲しいと思う。ただしかし、僕には、そうであっても、
駆け出しの学者などには負けないぞ!という自信はある。

講義の前後は、情報処理学会、デジタル・ドキュメント研究会。といいつ、「後」の方は、学生からの
質問で時間を喰い、懇親会にしか参加できず。その懇親会で、よく、その前を通る、御殿荘の
中に初めて入った。中庭にある立派な大山桜に驚く。こんな大山桜が、京都の市街地の中に
あるのは、今まで見たことがない。一度、咲いているのをみたいものだ…

これは嬉しい発見だったが、先日あった悲しい発見は、柊屋の道を挟んだ東隣、俵屋の北隣の
低層ビルが、どうやら、巨大マンションに建て替えられそうなこと。これは第二次世界大戦中の
疎開の余波が一因なのだが、もう少し近隣の人は考えてくれないものだろうか… まあ、
俵屋は外は殆ど見えないので建築時の振動など以外は、あまり影響はないか…(と祈る)。
しかし、柊屋は東西の両方を巨大コンクリート建造物に挟まれて、庭にでたときなど、
かなり辛いのではないのかな…
その内、俵屋も柊屋も、建物ごと、亀岡か嵐山に移転してしまうかも。


2012年1月12日(木曜日)

石川県西田幾多郎記念哲学館

カテゴリー: - susumuhayashi @ 03時26分49秒

一昨日、石川県西田幾多郎記念哲学館を訪問。学芸員の大熊さんに丁寧に案内してもらえた。感謝!

大熊さんの説明と展示品により、どうも、西田を誤解していたような気がしてきた。

田辺への現在までの評価が、西田への強い評価によりバイアスがかかっているのは明らかだが、
それへの反感で、僕の西田評価には、その逆のバイアスがかかっているように感じた。
一つ前のブログの投稿の最後の部分など、その典型だろう。反省!

このようなバイアスからフリーでなくてはならない。そのような状態になると、西田の人間的魅力は、
否定できないものだと展示から感じた。特に戦後民主主義的な雰囲気に馴れた人には、
西田は相当に魅力的であるはずだ。

僕は、戦後民主主義の「恩恵」にあずかりながら、どうも1970年代以後のそれには、
強い違和感を感じる。それが西田への違和感にも通じていたが、西田の全体主義と個人主義
への言及の録音などを聞いて、かなり感じ方が変わった。

やはり、西田・田辺「論争」の研究は、全く進んでいないと理解すべきだろう。
もし、あの時、西田が、田辺の『批判』をガッシと陽に受け止めていたら。
その後の、日本の思想界の流れは大きく変わったかもしれない。
この点、西田の田辺の「批判」への対応があまりに日本的に過ぎて、ある意味で稚拙なのは
実に残念だ。その態度は、思想の対立の回避にしか過ぎないからである。


2012年1月7日(土曜日)

「多様体の哲学」について(2)

カテゴリー: - susumuhayashi @ 04時31分14秒

澤口論文 (二) p.51

引用:「田辺博士の晩年の数理哲学は結局のところ「種の論理」の数学化に帰着する。」
分析:「晩年の数理哲学」は第2次世界大戦敗戦終結以後の哲学のこと。この文で一番問題なのは「数学化」
の意味が不明であること。これより後の文章を吟味しても、あまり明瞭な答は得られない。解釈は、おそらく、
二つあって、(1)種の論理を数理論理学的にする、(2)種の論理で、数学(の特定の理論)を理解する、
つまり、種の論理を数理哲学に応用する、のふたつだろう。つまりは、目的が、(1)種の論理の理論体系、
(2)数学、ただし、数理哲学の対象としての数学、のどちらか、ということ。

おそらくは、後者(2)が正しい。

引用:そこで数学化に必要なかぎりで種の論理の要点を摘出しておかねばならない。
分析:先ほどの(2)が正しいとして、数学に適用する限りで「必要な種の論理の特徴」を考えよう、ということであろう。
「必要な限りで」という言い回しに、すでに澤口の思想の問題点を感じざるを得ないが、それは置いて、
澤口の思想を即物的・客観的に、しかしながら、解釈学的に解明すべきだろう。

引用:この論理の特質はいうまでなく、<略>、これとともに種の論理はもう一つ特異な側面を持っている。
それは矛盾の相のもとでものを見るといういわば裏返しの論理であることである。
分析:是に続けて澤口はヘーゲルの弁証法では、時間がたてば矛盾は統一・解消されるが、
田辺の絶対弁証法では、収束することがない、「次のより深き矛盾へと下る」とする。
かなり正確な理解と言える。

引用:それではこの裏返しの論理にては何ゆえに中間段階たる種が決定的役割を演ずるのであろうか。
これは個と類は同一性的性格が強いからであろう。
分析:この様に主張し、それの裏づけの議論が続く。それは論拠が明瞭でない断定的な推論であるが、
この「種に矛盾が集約される」という澤口の理解が、後の「種=シンプレクティック多様体」という
断定に繋がっていると思われる。つまり、シンプレクティック多様体は、座標系の様なもので、
非常に抽象的である。澤口は「抽象」を、群・環・体のような抽象数学と関連づける。
抽象性=捨象性=不定性、という特質により、各個における矛盾が解消されると考えていると思われる。

引用:博士は種として何を考えているであろうか。まず国家、人倫が典型的な種としてあげられている。
これは政治的種といわれるべきであろう。<中略>そして国家は方便性を持つという。
分析:「方便的性格」という言及から澤口が、その脚注(3)で述べているように、
戦後の「種の論理の弁証法」で、種の論理を理解しているということが明瞭である。
澤口の種の論理論の議論では、その思想の変遷が考慮してあるとは思えず、
「種の論理の弁証法」でフィックスすれば、種の論理が理解できるという
前提で議論が進めらていると思われる。また、その思考法には狭義の歴史主義、
思想はその最終系に向かい進歩するものだ、従って、その最終段階を理解すれば、
その思想を理解できる、という悪しき「歴史主義」が見て取れる。田辺哲学を歴史的存在として、
理解する場合、これが大きな間違いを招くことを指摘したい。田辺哲学は昭和一桁から
十年代への国家主義への流れと、その後の敗戦という、歴史的現実と無縁であることは
できない。これは田辺が背負った歴史的な条件であり、それが田辺の哲学を思想史的に
みれば、最大の難局の時代にすでに世事から引退していた幸運な西田の哲学より
遥かに深みのあるものとする。西田の選科時代の不遇などは些細な不幸に過ぎない。
家族との死別は確かに西田に大きな陰を落としたであろうが、子供や家族の死亡は、
この時代では『当たり前』のことでさえある。むしろ、子供ができないことを知りながら、
貞節を保持した田辺の方が、明治人としては異例なのではないか。再婚のことなど考えると、
西田の後半生は、信じられない程の幸運に満ちている。それに反して、知的エリートなどと「揶揄」される
田辺の方が、実は、その人生の最盛期に、第二次世界大戦と日本のファシズムという
「世界史的」条件に対峙・関係せねばならなかったという「歴史的不遇」を抱えている。
2011年3月11日を、1945年8月6日を、「腑に落とす」ことができるための
哲学は西田哲学なのか田辺哲学なのか、と問われれば、後者の方が、「より良い」と
言える。「竹林の賢者の思想」は、個を容易に捻り潰す圧倒的な「世界史的条件」には応えられない。
それが北森の西田・田辺への評価に顕れていると思う。
かなり『脱線』してしまったが、澤口の議論には、こういう視点は全くなく、
田辺哲学の分析哲学化、あるいは、戦後日本でも共用される哲学に変えること
しか念頭にないように思える。それは田辺哲学の正反対を目指す途だろう。


2012年1月2日(月曜日)

「多様体の哲学」について(1)

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時39分47秒

澤口昭聿「田辺元における数学の形而上学」分析1
 澤口昭聿「田辺元における数学の形而上学」、pp.48-76、武内他編「田辺元 思想と回想」、筑摩書房、1991の分析1

引用1p.48:博士晩年の著作『数理の歴史主義展開』は特異な数理哲学書というほかない。<略>
数学者が本書を読むならばほとんど真意を把握できないであろう。そきにはあまりにも強く形而上学が出ており、
直接には数学的に理解不可能である。
分析:評価が師である下村のそれと非常に近い。下村が澤口の師であることは、澤口の「連続体の数理哲学」東海大学出版会、
1977の序からわかる。

引用2p.48:したがって問題は第一に数理哲学においてはたして形而上学的な方法が必要であるか、ということである。そして、
その場合に田辺博士の歴史主義が適切であるかが第二の問題となる。
分析:文章に癖があり意味がわかりにくいが、本文の展開からすると、要するに「したがって第一に数理哲学においてはたして形而上学的
な方法が必要であるかが問題となる。そして、もし必要であるというのならば、田辺博士の歴史主義が数学の形而上学として適切であるかど
うかが問題となる。」という意味。

引用3p.48:結論をいえば、博士の方法は外見はともかく真相においては意外に現代数学に適合性をもっている。
分析:前の文章からの繋がりが悪いので、これも意味不明だが、pp.60-61の切断では「"抽象"が行なわれない」という記述、
および、p.63の「種の論理の真の活動の場は、”多様体"の哲学においでてあると考えられる。博士はリーマン面に触れているから、
特殊な多様体は考えているわけであるが、もっと全面的に拡大すべきである。」という記述、および、その後の、シンプレクティック幾何学、
シンプレクティック多様体の幾何学としての「多様体の哲学」の導入と、そこにおける類種個の解釈、および、「種の論理は「矛盾部分」
と「無矛盾部分」を持つ」という澤口の考え方からすると、種の論理が、シンプレクティック幾何学と似た構造を持つということを、
「意外に現代数学に適合性をもっている」と述べているらしい。しかし、澤口の最初の問い「数理哲学に形而上学は必要か」また、
「田辺の歴史主義が、数理哲学における形而上学の中で適切であるか」という問いと、この結論は、かなりずれている。
澤口という人の議論は、こういうものが多く合理的な分析は難しい。
このような情況なので、澤口の議論を分析にするには、文章をそのまま
理解しようとしては無理で、全体の流れを掴んで、言いたいことを類推するしかない。以下、それを行なう。

引用4p.48:現今の数理哲学は論理学的方法に集中された観がある。これはラッセル以来生じた顕著な傾向である。
初期の田辺哲学に見られるごとき数学の認識論はとうに学界の関心の外に忘れられている。
分析:現代の数理哲学は英米系の分析哲学に集約され、それ以前の数理哲学、たとえば田辺の新カント派的な
初期数理哲学は、現代(1991)では数理哲学として受け入れられなくなっている。と、いう議論。
つまり、フリードマンの2つの道の一方から歴史を見ている。

要約1p.49:ラッセルのプリンキピア・マテマティカで論理学が現代化され、それを利用して集合論が再建された。
思惟法則まで含めた数学が建設されたのである。このプリンテキアも「還元可能性の公理」という問題を含んでいた。
これは数学を実行可能にするための純然たる仮説である。しかし、この問題はゲーデルの構成可能性の公理に
よりほぼ解決されたとみなせる。ゲーデルのこの公理は還元可能性の公理を含み、さらには、「完全な形で
古典的集合論の論理学的再現を果たしたものと考えられる。さて、この集合論の論理学的再現は同時に他の
可能性に道を開くことになる。」と主張して、公理的集合論における独立性・無矛盾性のなどの研究への言及がされる。
分析:主張は三つだろう。プリンキピアで公理的集合論への道が開かれたこと。構成可能性の公理で還元性公理の
妥当性が保証されたこと。そして、さらに非標準的集合論の研究に構成可能性の公理が道を開いた、ということ。
澤口はコーエンの「連続体仮説」の訳者の一人だが、公理的集合論が分かっていたのかに疑問がもたれるような
議論である。構成可能性の公理は還元性公理、つまり、非可述的なcomprehension axiomより遥かに強い公理
である。これは非可述的なcomprehension axiomと本質的には同じ前提に立つような超限順序数の体系を前提
にすれば、その順序数で番号付けた変数、個体定数、述語記号などを持つ、超限的な論理学により構成される
集合論モデルLと「標準的集合の全体」Vが一致するという公理なのだが、一見、順序数の体系の中に、
非可述的性が入っているのが見えない。ヒルベルトはこれを非可述性なしでやれると思ったらしいが(それが、
かれの「無間に就いて」)、それで失敗して、それを見たゲーデルが、相対的無矛盾性という手法で、
それを前提にしてヒルベルトの議論を再構成して、構成可能性公理V=Lの無矛盾性を示し、それにより、
選出公理と連続体仮説の相対的無矛盾性を証明した。というわけで、このp.49の第2パラグラフの議論の
一番多い部分は澤口の数学的誤解と思われる。この部分は、その後の議論展開には影響はもたない。
しかし、澤口の記号論理学への理解に疑問が持たれる理由となる。他にも、そのような議論が、
この論考にはある。生前の澤口を知る数理論理学を正確に理解する哲学者の話では、
澤口の数理論理学理解には疑問がもたれるとのことである。おそらく、数学としては理解できて
いない。

引用5p.50:現代の集合論はさらに再拡大された同一性論理であると考えられる。
分析:p.49終わりの議論から、同一性論理=伝統論理学<記号論理学<集合論、と捉えていることがわかる。

引用6p.50:記号論理学を本質的に使用する数学を「形式的」formalと呼ぶならば、形式的数学が
現代数学の本姓をなすかどうか。これに対して多くの数理哲学者は肯定の答えを与えるであろう。
<略>しかるに数学プロパーの現状に目をやるならば、依然として別種の数学論理が働いている
と考えざるを得ない。<略>形式的数学に対して抽象的 abstract数学がそれであろうと思われる。
<略>ところで、田辺博士晩年の思索はこれに対してある種の示唆を与えるものと考えられるのである。
分析:澤口が言う抽象数学というのは、ブルバキ構造主義の数学、つまり、ヒルベルトの初期形式主義が
発展したモルフィズムが保存する性質により、数学の本質を語る数学のことである。特に、抽象という
ところが重要で、ヒルベルトと異なり、一意性を無視する、という所に、澤口は、弁証法的な
矛盾を回避する術があると考えている(これは後ででてくる議論)。


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