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2011年9月17日(土曜日)

Geschichte der Autobiographie

カテゴリー: - susumuhayashi @ 12時00分36秒

片付けをしていてでてきた 05/2010 Vol.53 Comm. of ACM の特集記事 Beyond
Total Capture。Lifelogging は僕が omnipresent log と呼んでいるものの
個人、人間版。Memex を lifelogging の祖先としているが正しいか?
で、いろいろ考える。

情報歴史社会学の基本手法を使って、それを生み出したエートスを
考えてみると、すぐに思いついたのが、ドイツ語圏の Nachlass
のエートス。なぜ、ゲーデルは伝票まで残したか。なぜ、カルナップ
はライフログのような速記を残したか。なぜ、田辺(心は半ばドイツ人!)の史料は圧倒的
に残っているのか。我々歴史家は、なぜ、このころの歴史を史料で
手に取るように知ることができるのか。それの記録が残される対象が
記録を自発的に残さない限り、この当時は lifelogging はでき
ない。それを装置を腰にさげる、首にかけるだけでできるようにしよう
というのが、現代の IT Lifelogging。そう考えれば、すでに
lifelogging はあり、それは自伝とも関連するだろう。

宇佐美さんが言っていた、中華文明は手書き文字の美しさに
価値を見出すので、下書きなどが残らないという現象が本当ならば、
これは丁度反対のエートスが働いていたともいえる。では、日本では?

少し調べたら、自伝という分類の書籍は日本では明治以後。
自伝という言葉はいつから使われた始めたか?これも西周あたりの
可能性が大きいだろう。おそらく日本には自伝の概念がない。
日記はむしろ有名なものが多い。これも lifelogging だろう。

回顧録はどうか?回顧録は自伝とは
区別されるようだが。回顧録、自伝とも lifelogging (記憶を含む)
の解釈 and/or データマイニングの結果であることに注意。

既存研究がないかと思い Google ったら、なんと、先日、
田辺関係で調べていたとき(ブルトマン関連か?)に出てきた
マールブルグの Misch の Geschichte der Autobiographie にあたる。

以前から気になっていたカルナップ・アーカイブなどの lifelogging 的性格と
あわせて、調べる必要あり。20世紀中ごろまでは、
ドイツ語圏の方がエートスが強かったという
気がするが、今は圧倒的に英語圏だろう。この変化は何か?


2011年9月7日(水曜日)

ルドルフ・ブルトマン

カテゴリー: - susumuhayashi @ 14時44分02秒

思想の原稿締め切りが月末でなく10日と解って、大慌て。

田辺の晩年、死の哲学期というか、ハイデガーとの対決期の
諸著作から数学・科学の用語で語っているところを探す。

ハイデガー哲学を数学のコンテキストでみると、という
ような記述もあり、実に田辺らしい。当時の状況で
見捨てられる筈だ。 :-?

西谷の解説は、数理哲学の重要性を理解している
ように思えるが、肝心なところで議論をすり替えている
ような印象をうける。

面白いのは、田辺がルドルフ・ブルトマン
神学をハイデガー哲学を越えたもののように議論する点。
ブルトマンは反ナチ運動をしていたそうだから、田辺がやると世間的
には実に微妙な議論になる。

ブルトマンは初めて知ったが、ハイデガーに触発されての 
Existentiale Interpretation des Neuen Testaments
新約聖書の実存主義的解釈というのは、
面白い。調べてみる必要あり。これが、
Entmythologisierung des Neuen Testaments
新約聖書の脱神話化を意味するということは、
単純に考えれば、キリスト教の脱埋め込み。
それがハイデガー哲学を契機として起きるという
ことは、やはり、ハイデガーの存在と時間の哲学
はブラウワー数学が脱埋め込みであるのと同じ意味で
脱埋め込みなのだろう。ブラウワー連続体論を田辺は「公理化」と読んで、
その哲学的限界を惜しがったが、ハイデガー哲学への
態度(分析的にとどまるという批判。全集13, p.569あたり)と
ピッタリ一致する。

しかし、そうやっても、やはり田辺も近代に
なってしまっている。学を標榜するという姿勢を
メタに標榜する以上、幾ら無限の懺悔をしても、
還相をしても、同じ事になるのだろう。
そのために、田辺哲学の弁証法は、殺気立った
ものになる。

その点、ゲーデルは、そんなものだとストンと
納得している感じだなー。

二人の性格の違いを良く表している。

そのゲーデルの方が精神を一部病んでいて、
田辺の方は生涯正気のままで正座しつづけ
ているかのように死んでいったというのは何か凄い…

人間はそこまで鎧を着たままでいられるのか。
明治人というのはそんなものなのかもしれない。


2011年9月4日(日曜日)

昔話

カテゴリー: - susumuhayashi @ 15時56分12秒

一つ前のエントリを書いたら、昔話を書きたくなった。 :-)

コンピュータを最初に使ったのは、確か、1981年ごろ。中型機のラインエディタで、
括弧の数を数えつつ Lisp で px を書いていた。しかし、直ぐに東大センターの
副システムを使うようになるが、これが日本最初のUNIXシステムだった。当時、
三鷹の自宅から300bpiの音響カプラーでよく夜中に繋いでは使っていた。

Macを最初に使ったのは、多分、数研のものが最初。確か僕の給料より
高くて、とても家におけるようなものではなくて、家にはCP/Mマシンなどが
置いてあった。が、1987年の最初ころか、スタンフォードに1、2ヶ月ほど
いたころ、ビジティングスカラーでもMacを割り引きで買えるという広告を発見。
この時、学術振興会の特定国派遣で給料を2重にもらっていたのと、円高(当時と
してはだが)だったので、「これならばギリギリ買える! 」とかなり無理をして
買った。このころはエジンバラに住んでいたので、イギリスに持って帰り、さらには
日本に持って帰らねばならないので、かなりの冒険だったのだが、巨大な
専用ケースとともに購入。確か30万円位した筈。

スタンフォードからエジンバラに帰るとき、大切な宝物は、当然ながら、
機内に持ち込むつもりでいたのだが、絶対に駄目!といわれて泣く泣く
手荷物として預けた。

大丈夫だろうか、不安に駆られて荷物受け取りで待っていたのは、
多分、国内線に乗り換えるためのヒースローかギャトウィックの手荷物
受け取り場だったのだろう。あるいはエジンバラ空港だったか。

そのターンテーブルは、実に異様な形をして
いた。小さな築山くらいに中央が高くて、その頂上から荷物がでてきて、
ステンレスのスロープをすべり落ちて、裾野のターンテーブル(ベルト)に
落ちるのである。

これはやばい。もし勢いよく落ちてきたらCRTが割れる。MACが壊れる!
で、その荷物出口の真下で待ち受けた。なんと、僕の宝物は真っ先に
現れた。しかも、通常の荷物より遥かに大きい質量故か、それは
人間大砲みたいに空中に舞ったのである(嘘ではありません。本当に
そう見えたのです!)

運動神経が悪くてボールをちゃんと受け止めたことさえない僕だが、
火事場のバカぢから。しっかりと、愛するマックのケースを受けとめた。

フラットに帰って、カリフォルニア仕様のプラグを英国仕様のプラグに
付け替えて、起動できたときは本当に安心した。

でも、どうやって日本に持って帰ったのだろう。記憶に無い。
もしかしたら壊れ物として特別料金で郵送したのかもしれない。

いずれにせよ、この Mac、価格や買った時期からして、
Mac plus だったのだろう。

当然ながら、これで日本語は使えなかった。それで数万円
もだして、漢字ROMを(今から考えると嘘みたいな話ですが)
取り付けてもらい、DynaMacにしてもらった。

なんと、時代は変わってしまったのでしょう。
東大センターのVAX/UNIXにどこかの企業が1Mのメモリを
寄贈してくれて、ユーザみんなが喜んだのが、4半世紀
位前か。もし買ったら2千万円くらいだという話を
確か佐藤さんか中原さんから聞かされたが、
今はコンビニで数十GのUSBメモリを売っている。

なんという進歩か。冪による進化。
これが分業・ツリー構造が、その根底にある
資本主義・近代の本質なのだろう。


SMART-GS on Mac & Linux:古いPC

カテゴリー: - susumuhayashi @ 14時34分42秒

Mac と Linux (Ubuntu)上で、Winで作成したSMART-GSデータ(gsxデータ)が、
そのまま動することを確認。これは大変便利。Java にしておいてよかった。
Linuxは残っていた古いPC、Toshiba Porteege 2000 PP200Z にインスト−ル。
調べてみると、このノートPC、2002年の発表。海外仕様の英語キーボードで、使いやすく、
今まで使ったPCの中で、一番気に入っていたものの一つなので、本棚に立てかけて残していたが、もう10年ほど前のマシンとは…
どうりで大きな画像は表示できない。 :-(

Linux の installationは昔に比べると嘘のように簡単。
最初にLinuxを触ったのが龍谷にいたころで平成6年ころまで。Linuxの公開が平成3年だが、僕が最初に使ったのは、
多分、4,5年。このころはやはりワークステーションでないと仕事が辛かったので土日でも大学に行っていたが、
神戸大に移ることになり、そうはいかなくなるので、家に Gateway のタワー型PCを買い、Linuxマシンにしたが、
多分、このころが自分でインストールしたのものの最初。平成6,7年ころか。それまではノート型に入れて使って
いたが、学生にインストールしてもらっていた。(家に置いた最初のも学生だったかな??もう思い出せない…)

Mac OS X は初めて使ったが、僕のような四半世紀前のUNIXユーザには使いやすい。terminal を開くと手が勝手に vi などと
打っている。一応、Jコマンドなどを覚えていて、自分でも驚くが、やはり、emacs の方が楽。

ちなみに、MACの画像:
Smart-GS on Mac


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