Welcome Guest 
メインメニュー
林晋ブログ 最近のエントリ
Blogカレンダー
2011年 5月
« 4月   7月 »
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031  
Blog 月別過去ログ
Blog 検索
カテゴリ一
ログイン
ユーザー名:

パスワード:


パスワード紛失

リンク
検索

2011年5月8日(日曜日)

身体論・人間学から種の論理へ、そして数学史

種の論理が、その直前への身体論、心身論から生まれたという竹花さんの講演を「善の研究」出版100年記念の会議で聞いたときは、
大変おもしろい指摘で、田辺が、これに関連して後に自分の病気が種の論理の契機なったと書いたことの理解として(これが僕には
何か全然わからなくて、咽喉のかかった小骨状態だった)大変良いと思っていたのだが、どうも、そんな軽いものではない。
7,8日の引用から明らかなように、処女論文からあった志向性が、この段階で、ほぼ明らかになり、まだ、理論(論理)構造を
つかめていないが、その条件は、ほぼ、すべてそろっている。欠けているのは「社会」というタームぐらいだろう。
しかし、すでに「共同体」まではでている。そう考えるとシェーラーの Wissenssoziologie は大きな契機だったのでは?
面白いのは、すでに弁証法が完全に前提となっている点。これはやはりマルクスなのか、それとも純粋哲学的動機のほうが、
大きいか。全集4ではマルクス主義の姿が見えない。マルクス主義・弁証法との対峙と、全集4で示された性の哲学の
理論化=論理化=被媒介化の方向と、田辺が弁証法研究に傾倒したという、この二つのほぼ同時に起きている(前者が
一応は後だが)歴史的プロセスの関係がわからない。これ大きな興味深い問題。

風邪で寝込み中に、竹花さんにもらった論文別刷りを読んで気になり、竹花さんが参照していた全集4の諸論文を調べた。
その結果わかったことをメモッたのが、5月7−8日の投稿。その纏めが上のメモ。

要するにWeylの1921年の危機論文、Ueber die neue Grundlagenkrise der Mathamatik
http://www.scribd.com/doc/49885193/Hermann-Weyl-Ueber-Die-Neue-Grundlagenkrise-Der-Mathematik
がひとつの例である、第一次世界大戦前後のドイツ思想界の激動と変化を田辺の人間学はみごとに反映している。
単にマルクス弁証法への対峙で種の論理の発生を説明するのは間違い。

今まで調べてきた様々な分野の歴史・思想史研究間の関係が、すべて関係。要するに現代の西洋哲学の2分の弊害により
見えなくなっているウィルヘルム2世朝からワーマール共和国にかけての激流のようなドイツ思想史の問題。数学基礎論史は、
そのひとつのエピソードとなる。(ただし、重要なエピソード。)

関連するもの:
1.数学(基礎論)史
1.1.Gray, 林の近代性の視点からの数学史
1.2.
2.思想史。主に科学・数学に関連する思想史
2.1.Michale Friedman, Alfred Nordmann 系統の研究
2.2.これらは、いわゆる科学史や科学哲学どいう「専門分野」とはずれているが、
 Friedman, Nordmann eds. の proceedings(?) に GrayとLuetzenの
 論文があるのが、これに道をつけている。
3. 思想史
3.1.Herbert Schnädelbach, Bambach など。
4.そして日本では京都学派。
4.1.今は田辺のみだが、九鬼、三木、戸坂、高坂など、特に第2,3代世代への関連は?
 時期的に岩波の哲学講座昭和6年が手懸かりとならないか?これらの著者が多く書いている。


史料メモ#127,人間学の立場

カテゴリー: - susumuhayashi @ 12時37分40秒

人間学の立場 全集4巻 pp.357-382 1931 理想10月号
(1)p.35「一方於いてはフォイエルバッハへの回顧を通じ、他方に於いてはディルタイ、シェーラー、
ハイデッガー等に対する関係に於て、哲学的人間学なるものが今日次第に重要の意義を加へつつあることは、
現代哲学の趨勢に注意する何人にも疑いなき明白な事実と云ってよいであろう。」
(2)pp.361-362 要約。人間の存在論は存在者(「明証の所在」の意味の Sosein 林注)の存在論
ではありえない。人間はそのあり方を離れて存在者としての本質を規定することはできない。「人間の存在論
は存在者の存在論であるに先立って、或いは少なくともそれと同時に、存在(「明証の所在」の意味の
Dasein 林注)の存在論でなければならない。加之(しかのみならず)、存在の認識も人間の作用として
其自身人間の在り方に外ならないとすれば、人間の存在論は存在の自覚たることを第一条件とする。」
このような観点からして、「本質観照の形相的現象学の立場に於て人間の本質を、対象化せられざる
作用中心としての人格性と規定したシェーラーの人間学が、其示唆的なる思想の豊富にも拘わらず、
立場として不十分なることを免れないのは当然である。
是に対してハイデッガーが
全体人間の在り方の自覚として自覚存在的存在論 existenziale Ontologie を、人間学の予想として
提唱したのは正当
といはなればならぬ(Heidegger, Sein und Zeit, S.47-48)。
人間学は全体人間としての人間の認識といふ其課題の必然的なる帰結として、自覚存在的存在論
(以下之を略して自覚存在論といふ)の方法を其方法とするのでなければならぬと考へられる。」
*ここでは Heidegger >> Scheler。しかし、Scheler に価値があるとしているところに注意。
Brouwer への言及に類似。
*しかし、ここから学の哲学への揺り戻しが始まる。これが「種の論理
へと発展する途。
(3)pp.366-367 「兎に角ハイデッガーの自覚存在論が超個人的全体に於ける人間の共同存在
を解釈する途を有しないことは、その立場の制限を示すものであって、人間学が直ちに其立場で
立せられることの不可能なるを証示するものといはなければならぬ。而して其卓越せる時間の分析も、
専ら未来に於ける可能性の自由計画を契機として行なわれるが為に、過去の被限定性と未来の
自由性との相互転換の岐機にして同時に媒介たる現在の永遠性を認めない結果、
時間性から
歴史性へ進む途を欠き、且(かつ)この現在の永遠的超時間的契機を媒介として各個人の主観的
なる時間形成が、客観的なる相互関係に統一せられる可能性を了解することが出来ない。斯くして
歴史的時間の確立は不可能に終って居る。斯様な立場に於いては所謂超越も個人的存在の内部に
於ける観念論的超越に止まり、実存的超越に達する能はざるは当然の事であろう。シェーラーの
人間学の重要なる観点を形造る所謂「宇宙に於ける人間の位置」の自覚の如きは、到底自覚存在論の
能くし得る所ではない。
自覚存在論は弁証法的人間学の抽象的契機たるに止まる。人間学は
全体人間の自己に対する在り方の自覚であるが、人間の在り方は同時に絶対的存在者に
対する相対的存在者としての自己の弁証法的位置、他の相対的存在者との共同存在、の自覚の
相互媒介を通じてでなければ自覚せられない。人間の在り方は自覚存在たることを特色とするが、
それは同時に永遠の絶対者に於ける存在、歴史的社会的共同体に於ける存在、であることの自覚を
必然の契機とする。我の存在の自覚は、絶対者に於いて之を媒介とする汝との共同存在を成すといふ
自覚に於て始めて成立するのである。

*この部分、ほとんど種の論理!絶対的存在者、共同体を類、種に、相対的存在者を個にすれば、
それらの弁証法的関係まで記述されていると読める。また、それが永遠の今としての現在を切断に
例えて見る後の立場さえ、「現在の永遠的超時間的契機」という言葉で現れている。また、そこに
シェーラーがでてくることに注意。ハイデガーへの評価は、ハイデガーには投機性しかなく、
被投性がないかのような議論に読めるのだが、ちょっと極端では?ただ、言いたいことはわかる。
しかし、そのハイデガーが、田辺よりさらに政治に直接にかかわり、また、それを田辺が批判した
という史実を理解すべきだ。
(4)p.367 「それでは斯様に全体と個体の相即に於いて人間の存在を自覚し、
歴史的社会的連関に於て表現の了解を媒介とする人間の自己解釈を求むる人間学は、
ディルタイ並に其学派の『生の哲学』と同様の立場に立つものであろうか。
否、両者は一見酷似しながら、其実重要なる区別を有するのである。」
*この後、生の哲学の(種の論理の時期の議論の仕方でいえば)被媒介性の欠如を根拠に、
生の哲学への批判が続く。田辺ば拠所にするのはヘーゲルに対峙するキェルケゴールの思想となる。
(5)pp.368-9 「私は是に対し、恰もキェルケゴールが自己の実存弁証法に対して、
矛盾を止揚することにより個体的人間の実存を消滅せしむるヘーゲルの純粋思惟の抽象的連続観を排斥し、
今日其思想を承くる(キェルケゴールの思想をうける、林注)弁証法的神学の一派が神人の直観的合一を
宗教の本質と認めたシュライエルマッヘルに反対し其連続観を斥ける如く、「生の哲学」の連続的力学観を
排斥しなければならぬ。」<略>ディルタイ門下のミッシュ(Lebensphilosophie und Phaenomenologie,
1930, 群馬大田辺文庫蔵,134,923 9, ***)はディルタイの思想が相対主義であることを認め、
しかし、ディルタイの Bedeutung の範疇を生了解の根本範疇として、それが含む全体傾向を論理化して
完了的思惟 zu End denken (意味)の論理的範疇とするならば相対主義を脱せるとするが、
私(田辺)はそうは思わない。Bedeutung を基礎とするのでなく、それ自身、生の哲学の
了解的内容的立場に反して形式的に論理化されなくてはならない。「これは単なる了解でも、
それと論理との結合としてのミッシュの所謂歴史的体系的方法でも能くする所でない。
キェルケゴールの説いたやうな宗教的道徳的信行の非連続的飛躍的なる
弁証法的自覚のみが其途を開くものと思われる
(Kierkegaard,
Abschliesssende unwisenschhaftliche Nachschrit zu den philos.
Brocken. Kap. III)。私は此存在論的弁証法と存在論的自覚との相互媒介が
人間学の方法を成すと考えへるのである。」
*極めてキリスト教的な宗教観がみえる。後に北森ならばそれを理解しただろう。
西田はそれを見て田辺は宗教を理解できないとしたはずだ。西田は静かな禅寺の
禅僧であるようにぼくにはみえる。田辺は比叡山を降りた法然や親鸞と同じ傾向がある。
キェルケゴールの説いたやうな宗教的道徳的信行の非連続的飛躍的なる弁証法的自覚
のみが其途を開く」に注目。ここでは非連続だが、これがやがて、切れていて繋がっている、
「田辺の切断」的なイメージにかわったのではないか?いずれにせよ、ヘーゲルの止揚を
連続と解しているのは面白い。通論の弁証法の図で、二重丸がついている絶対弁証法の
止揚が、この非連続の飛躍なのだろう。通論の図では、ヘーゲル、マルクスの止揚には、
それがついてない、単なるjunctionになっている。


22 queries. 0.041 sec.
Powered by WordPress Module based on WordPress ME & WordPress

XOOPS Cube PROJECT