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2010年8月27日(金曜日)

どうして科学主義なのか?

カテゴリー: - susumuhayashi @ 04時27分44秒

「日本哲学史研究」の「数理哲学」としての種の論理」の再校も終わり。田辺研究は、これをさらに裏打ちして、open にしていた部分を補足できるような歴史史料を田辺アーカイブに見つける超地道な作業にうつる。続編で、新カント派との関係をキーに種の論理をドイツ思想史の文脈に置く論文を書く予定だが、その前に、沢口・中沢の「多様体の哲学」の評価を書くことになった。藤田さんには「日本哲学史研究」に出してもよいと言ってもらったが、何分、中沢新一さんの仕事はアカデミズムには載っていないので、「やっぱりなー」ということで、友人の中戸川さんの示唆により、アカデミックな総合雑誌あたりでの出版を目指す。どこか出してくれるかな?

それも含めて、田辺論文について議論するために、急きょ中戸川さんを訪問することなったが、そのための準備として、「フィロソフィア・ヤポニカ」を読み直す作業を開始したが、驚いたのは、田辺思想に無知だったころにこれを読んだ際は、数学への無理解やら、ポストモダン系・ニューアカ系特有の議論ばかりが目立ったのが、田辺哲学、特にその変遷の概要を理解できようになった今、それを読んでみると、著者の中沢さんが田辺哲学をかなり正確に理解できていること。僕は基本的には、いわゆる「ポストモダン」「ニューアカ」の人たちは信じていない。古臭いと言われようが、なんだろうが、なんといっても、ウェーバリアンです。私は。はい。(学生諸君、この洒落を単純に理解するなよ!)

中沢さんは「西田・田辺講演」もしていて、なんでそういう似非学者(失礼!)を藤田さんのような厳格で慎重な人が呼んだのだろうといぶかしく思い、聞いてみたことがある。やはり宣伝のようなもの意識したらしいが、意外だったのは「中沢さんは才気煥発な人だから」という意味の言い方をしていたこと。「えー!?」と思っていたのだが、今回、その著書を読み返してみて、藤田さんの意見を理解できるように思う。かなりの力量があるらしい。

ただし、田辺の一番肝心な所は、完全に、フランンス現代思想風に読みかえられてしまっている。つまり、自分が置かれている枠から出られないでいる。勝手に、そう読むのはよいが、田辺がそう書いたと書くのは「トンでも」以外の何物でもない。そういうところがアカデミズムを完全に踏み外している。まあ、それが「現代思想」「ポストモダン」「ニューアカ」というものだったのだろう。

兎に角、それはで学問ではない。まあ、今、あまりに凋落した日本のポストモダンをたたくのは趣味が悪いが、行きかがり上、気にしないことにする。仲正昌樹「日本の現代思想」に面白い文章があった。(pp.159-160)「…専門領域に分かれて発展してきた「近代知」は、その領域ごとに設定されている固有の「論理」=方法論を遵守して、分析すべき「客体」に徹底的に沈潜していくことを、自らの使命とみなしてきた。」ここまで、完全に、その態度に賛成。自分で、そうしているし、学生にも、そうせよと言っている。次が問題。「自らの探求によって必ず”真理”に到達できると信じ、疑おうとしない。自らが身を置いている学問領域の大前提になっていること、たとえば、古典派経済学における労働価値説のようなものを、そのつど疑って、アイロニカルに見つめるのは、不真面目な態度とみなされる。」ニューアカは、それに対する反旗だったという説なのである。この説、正しいと思うし、或る程度、その意味は理解できる。

しかし、学問の最良の部分では事態は違う。僕が、自分に課し、学生にも課しているのは、「そのつど疑い。アイロニカルでなく見つめる」という態度。つまり、常に自分の足元、そのものを崩そう、しかし、その上にたっていよう、つまりは、崩しても、その崩れた山を再構築して、その上にたち続けようという態度。これは極めて難しいし、厳しいが、学問としてこれ以外はありえない。だから、やるのである。まともな人文学者の多くは、それをやっていると思う。僕の同僚・元同僚には、モンゴルの意味や、デカルトの意味を読み替えた人たちさえいる。「古風」に見える研究者の多くは、実は、これをやっている。そういう人からみたら、「ニューアカ」「ポストモダン」はマスコミを利用し・利用される、「妥協者」以外の何者でもない。あるいは、「批判者」という「ステレオ・タイプ」であることには何ら疑問を抱かなかった人たちだったといえる。前提を疑わないものは失敗する。

中沢さんの「フィロソフィア・ヤポニカ」には、この要素が多分にある。つまり、「何が何でもフランス哲学風。ドォルーズ風」にしてしまう。それへの疑問は持たないらしい。でも、何で近代知を批判する人が、近代知の象徴のような、「現代的なリーマン多様体」「シンプレックス多様体」などもちだすのだ!?もちろん、これは中沢さんのアイデアではなく、下村門下の澤口さんの論文から持ってきたものなのだが、どうして、そういうものを使うのだろうか?なんで近代知を批判する人たちが、「科学主義」「数学主義」なのか?以前から、これが不思議でならない。僕は、元数学者で、未だに、数学者だと思われている人なので(職業として、数学者であった期間は半年だけかな?)、このメンタリティがわからない。

もしかして、田辺がそうであったように、数学への「憧憬」と、それ故の「憎しみ」があるのだろうか(田辺には憎しみは全くないですね。彼にあるのは、数学・科学などに自分の理解力で言及することへの「恥じらい」。これが田辺の文章を共感できるものしている)。この両方の感情を、別の分野で、「立派だなー」と心から思うような人が吐露して、驚かされれるということを何度も経験したことがある。しかも、分野は、実に色々!それの一種なのかな…….

色々と説明はできますね?たとえば、学生とか生徒の時に、数学が思うようにできなかったことへの劣等感というか、そういう感情からきているとか… そういう風に感じることは、文系の研究者に限らず、工学系の人にも多いのだが、一応は数学者であった自分からすると、実にバカらしく感じる。数学は物凄く重要だが(みなさん、もっと数学者を大切にしましょう! :-))、「神」ではないのだから。


2010年8月11日(水曜日)

現実的?実は短絡的??

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時21分42秒

初めての「哲学史」の論文「「数理哲学」としての種の論理」の校正中。分析哲学系の友人達からは予想以上の反応をもらえて、大変に有難い。この論文で、分析哲学系の数理哲学の人たちも京都学派の哲学史に、現代の形式論理を放棄せずに参加できる方法を示したので、そのためもあるだろう。

しかし、日本哲学史の人たちの反応がいまいち。 :-(どうも、興味の対象が違うようだ。これは面白い話ではある。

もう一つの理由は、分析系の人たちは、やはり自然科学に親和性が高く、僕の論文の様な史料を駆使した論文には親しみがもてるのだろう。一方で、日本哲学の人たちは、私見では「抽象論」に終始している。

面白いことは「抽象論」の方が「役に立つ」ということ。最近は、なんでも「役に立つ」ものでないと許してくれないようなところがあるが、これが如何に「アホ」な発想であるか、これが証明している。最近は「現実的」「役に立つ」「儲かる」という抽象論が如何に多いことか!

京都学派の中で歴史や社会に対して、より現実的(ある種の人たちならば「アクチュアル」とか言うのでしょう)を目指したのは、田辺、三木、戸坂、船山と言えるだろう。歴史家を自認する僕としては、西田の「歴史」(岩波講座「哲学」)などは辟易する位抽象的だ。

しかし!現在、「生き残っている」思想といえば、実は西田であり、さらに文人的な和辻なのである。米国の経営「学」(management)では、極めて「抽象的」と言える西田・和辻の方は現在では結構みかける名前である。これは「日本的」をうたう日本人の経営学でも同様だ。ところが、より「具体的」であることを目指した田辺とか、ドイツのハルトマンなどは完全に忘れ去られている。何故か?

答は簡単。田辺やハルトマンより、西田たちの方が「現実から遊離していた」からである。現実から遊離していれば、本当に「現実的」な人たちが、その現実遊離の抽象的思想に、勝手に自分の思想を読み込むことができる。つまり、小さく「自前に」現実的でないからこそ、現実として「現実的」なわけだ。本当の現実は、こういうパラドキシカルな話に満ちているからこそ面白い。これ以上は言葉で表しても単に「野暮」。本物の現実は読んだり聞いたりでなく「生きる」しかない。


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