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2018年6月29日(金曜日)

砂礫質台地

カテゴリー: - susumuhayashi @ 01時48分40秒

以前から、地震の際の危険度を理解するために、自宅の地域の地質を知りたかったのだが、
それが分かるサイトがあることを、遅ればせながら発見。

それによると、僕の自宅の辺りの地質は、砂礫質台地というらしい。疎水沿いの散歩道を
歩くと、そういう堆積した砂礫からなる地層を目にするので、これは非常に納得。

この地質は、山地やら岩盤やらに次いで地震に強い地質らしい。

それで阪神大震災の際に、今回の大阪の地震より強い揺れがありながら、ほとんど何も
倒れず、近所の方たちとも「報道されている、京都の震度ほど、大きな揺れでしたかね?」と、
話しあっていた理由も説明できる。

今回は、揺れの波長が小さかったために、逆に、軽いものが沢山落ちたので、
補修したのに、家が地震に弱くなったのか、と心配してしまったが、
取り越し苦労だったようだ。

まずは、一安心。 :-)


2018年6月20日(水曜日)

リゾーム、地震被害

カテゴリー: - susumuhayashi @ 14時58分25秒

注文したリゾームが週末に来る。
1977年版で見たはずの挿絵の様なものがない。
復刻でなくて、再版だからだろう。
あるいは、別の本だったのか?
覚えているのは、絵と題名だけだから、
確認のしようがない。それにしても、
1977年版は、古書として出るとすぐ売れる
らしい。

月曜日は関西大高槻キャンパスで講義なのだが、
早朝に地震で休講。

京大は、創立記念日で、閉まっていたのだが、
家で色々なものが落下したので、整理整頓が
できておらず、書類など積み上げている研究室が
心配になって午後に登校。

いろいろ、落ちたり、倒れたりしていて、
多くは無事だったが、京大招き猫が落ちて割れていたので掃除。
neko

関西大高槻は明日、木曜日から、講義を再開とのこと。
来週月曜日も、まだ、余震があるかな??


2018年6月15日(金曜日)

「リゾーム」復刻版の古書を注文

カテゴリー: - susumuhayashi @ 13時16分59秒

学生、院生が就活で忙しく開くことができなかった田辺演習を再開。
情報・史料学は、昨年度、募集停止にしたので、4回生とM2しかいないために、
こういうことになってしまった。昨年からの顔ぶれが半分位だが、
日哲の院生さんが新メンバーとして参加。ドイツ語も良くできるようで、
初回から良く読めていた。立派。

今年は数学をやっている北部キャンパスの院生さんも参加してくれている。
それで演習後にツェルメロとハイデガーの逸話などを少し話す。
やはり、意外に響くらしい。

僕には、もう当たり前のことになってしまっていて、特に話すまでもない、
と、ついそう思ってしまうことの一つだ。皆の反応からして、
多くの人が面白いと思うはずだし、また、文系は国立大から出ていけと
聞こえるような提言がでるような、この時代には広く知ってもらうことに
意味があることの一つだろう。

不完全性定理が濃密だった哲学と数学の交流を最終的に切り離したという、
僕の説に基づく岩波新書「ゲーデルの不完全性定理」、
早く書かねば!

それにしても、人文知と科学技術の乖離は大きい、というより、広がるばかりか…

先日、サントリー財団の堂島サロンでお会いした、経済学者の猪木武徳先生から、人文知の復興のような
ことを書く本のシリーズ(ただし、数冊)を作るので、一冊書いて欲しいと依頼を頂く。本当に書けるか、
もう、言いたいことは書いてしまったのでは、と思って、少し躊躇していたのだが、もう一度考えて
みたら、実は、書いてないことが沢山あることに気が付く。京大文に在籍中に考えたことの
大半は、実は、本とか論文になってなくて、僕の講義資料の中にのみあることに
自分では気が付かなくて、もう、どこかで公表した様に誤って認識していたことに気が付く。 :-(

これは、困ったことだが、しかし、定年後、本にすべきストックが沢山あることに、
今頃、漸く気が付く。人間の自己理解なんていい加減なものだ。
猪木先生のお陰で、これに気が付けてよかった。 :-)

僕の講義資料は、書籍並みに詳しいので、つい、書いた気になっていたらしい。
考えてみると、2回生用の「情報歴史社会学入門」と、タイトルは、もう忘れて
しまった「ITと哲学の関係」の講義を組みわせると、ちょうど良いことに気が付く。
後者は、論文にする予定だったのだが、講義を終わったら、あまりにも当たり前の
ことに思えてきて、面白くなくなって、今まで書いていなかった。当たりまえというのは、
たとえば、トニー・ホーアさんが、オブジェクト指向の祖となるようなことを、
最初に提案した文章をみると、用語や考え方に明らかに、伝統的論理学の影響が見えることなど。

で、これは、英米人などに言うと、「林は、また、当たりまえのことを大変そうに言っている」
と言われるのではないか、と思い書くのを止めた。

それが、今回は、日本の情報技術者に、ITが如何に伝統論理学などから影響を受けているかを
示すための客観的証拠に使えることに気が付く。この場合、当たりまえだから良い!
ということで、お引き受けすることして、それで先週だったか、先々週だったかに、
進々堂でお会いして、内容など相談。小林道夫先生や、中馬さん、久米さんなど、
共通の知人が多くて、話が弾んだ。

猪木先生が、僕に声をかけてくださったのは、文理の両方を専門的にやった人間だから。

そのためだったか、何かの偶然だったか、WEBブラウジングしていて、立教大学の
数学の学生だったころだと思うが、要町の交差点の北東の角にあった小さな本屋で
買って、読んで衝撃をうけ、思考法が大きく変わった、ある本が、そのころあった
雑誌エピステーメーの臨時増刊号「リゾーム」であったことに気が付く。

記憶に残っていたのは、おそらく訳本にだけあるのだろうが、ペンで描いたような地下茎を意味する
らしい、くしゃくしゃの線の塊と、題名が地下茎リゾームだということ、そして、エピステーメーという
雑誌の名前、それから、これを元に、数学は複数の星雲から成り立ち、ある星雲は、他の星雲を観測できて、
それは互いに、観測可能で、これが中心という場所はないのだ、という考え方にたどり着いたこと。
まあ、要するには、直観主義数学も、古典論理に基づく標準的数学も、哲学的には同じ価値を
持つという思想。

で、もう一つ記憶があって、その本を読みつつ、数学ではなくて、こういうことを
やって生きていけたらいいな、と一瞬思ったこと。数学で食えるかどうかも分からなかった
修士の学生には、それは絵空事で、すぐさま、頭から外したが、記憶は鮮明に残っている。

で、その「リゾーム」、どうやらドゥルーズ・ガタリの「千のプラトー」の序になった
文章らしい。また、出版が1977年で、ちょうど、僕の最初の論文(というより報告、学士院
紀要なので)が出た年。ということで、おそらく、あれは立教大学の修士の2年生ことの話だと
気が付いた次第。それまでは、学部生のときだったのか、院生のときだったのかも、思いだせ
なかった。

で、僕は、この論文で、「千のプラトー」について書いているわけで、
修士の院生だったころの一瞬の夢が、実現していることに気が付いて驚く。

こういう時、歴史家なので、ちゃんと確認したくなる。で、1977年刊の朝日出版社の
「リゾーム」が、本当に僕の記憶の「リゾーム」なのか、確認しておこうと思い、
田辺演習後に、教育の図書館にある学内唯一らしい、それを、Kulineで検索して
みたら、貸し出し中…

アマゾンでみたら、1987年の復刻版が古書ででていたので注文。明日には来るだろう。


2018年6月4日(月曜日)

物書きになるか!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 01時58分49秒

もうすぐ65歳になり、今年度の末で定年退職になる。

その後、どうするのですか、と聞かれることが増えているが、予定はない。

昔ならば、どこかの私大に就職するところだろうが、今時は、僕程度の学者では、なかなか、そういう声はかからない。

年金だけでは、少し心もとないので、何か働くべきだと、色々と思案してみたが、やはり物書きが一番良いように思う。

実は、30代、龍谷大学の教員だったころ、あまりに働きすぎて、ダウンしてしまい、1,2年使いものにならなかったことがある。そのころ、よく言われていた燃えつき症候群になってしまったのである。

幸い、その後、神戸大に移って、亡くなったKさんの贔屓のお陰で、随分、サボれたので、回復して、今に至っている。

その頃、考えていたのが、大学を辞めて物書きになり、それで生きていくこと。つまり、本を書いて、印税で生きていくという人生。

それで、真剣に、どれだけ本を書けば食べていけるか計算していた。

その結果は、かなりシビアであった。

実は、岳父の八杉龍一が、まさに、そういう風に生きて、家族を養っていた。

龍一は、本当に素晴らしい人で、山口昌哉先生とともに、学者としての僕の目標なのだが、八杉の母に、そういう生活の厳しさを諭されて、そういう路線は諦めた。

実際、物書きだけで家族を養うのは、本当に大変で、ギャンブルの様なところがある。それをできた八杉龍一は、やはり素晴らしい人物だと思うが、年取って、少しは物事がわかるようになった今、義母の心配がよくわかる。

僕の場合は、年金に幾ばくかをプラスすれば良いだけなので、何とかなる可能性がある。

と、いうことで、これからは、一般向け解説書の著者モードに移行したいと思っている。

その矢先に、割烹飯田の予約が年内一杯ということを知る。

今日、パートナーが、以前の様に、予約の電話をしたら、年内は、一杯とのこと。

段々、予約が難しくはなっていたが、これは異常だ。多分、ミシュラン三ツ星の効果で、わけも分からない人たちが、予約を入れているのだろう。これでは、以前のように飯田で食事をするのは、ほぼ、無理だ。悲しいことだが、仕方がない。

以前、もう、20−30年前だと思うが、好きだった、三つのお店が、閉店した。

木屋町のとんかつ一番、三条小橋西詰の望月本舗、そして、岡崎道の「きんこうあん」というおはぎ屋さん。

京都のものは、悠久と思っていたので、ちょっとショックだったのだが、考えてみると、どれも新興のお店ばかりだった。2代以上続いていたのは、望月本舗だけで、これも明治だったか、その頃の操業。他の二つは、一代限りのお店だった。物事はうつろうと感じた。

庭の桜を切らないといけないこと。べにやや島田さんの火事といい、錦に押し掛けるあまりの多くの観光客に辟易して、
錦に行くことが極端に減ったことといい、その時以来、生活が大きく変わりつつあるのを感じる。

時代は変わる。

老人が、消えていくのに従い、若い人たち、たとえば、橋本君などが、時代の中心に躍り出てくれればよい。

そうなって欲しいところだ。


2018年5月27日(日曜日)

使う側の心の問題

カテゴリー: - susumuhayashi @ 12時35分21秒

今朝の京都新聞の「天眼」に生物学者で歌人の永田和宏京都産業大学教授が、WEBやDBのサービスで論文などが集めやすくなったが、そのために、ふとしたことで、今目的としているものでない情報に出会う機会が減っているのではないか、という文章を書かれていた。

永田さんは、連れ合いの八杉の家と何かと関係があって(岳父龍一も生物学者で歌人だった)、僕の家でも話題になることが多く、また、書かれる文章も好きなものが多いのだが、この文章には落胆。

IT、特にWEBやSNSが人々の関心を蛸壺化しているというのは、実際に起きていて、情報学の研究対象にもなっている現象だが、これは実は、ITの問題ではなくて、それを使う側の問題だ。この現象の原因をITに求めるのは、間違いで、特に研究者の様に、知性で生きる人が、それではいけないと思う。まあ、そういう意図の文章だったのかもしれないが、ITが悪い、便利なったのが悪いとも読めた。

実は、WEBなどは、多様な情報、自分とは関係がないと思っていたが、実は関係がある情報を集めるのに、非常に役立つツールだ。

僕が典型例で、ITと、それを使うスキルをもっていなれば、元数学者・工学者の僕が、今のような、歴史、それも京都学派の思想史など、とてもできなかった。歴史学や、古典にITが適用されるようになった、その時代に、たまたま、歴史学のプロになったという、大変な偶然のお陰で、今のようなことができている。

昨日も、今、他の機関と共同で翻刻・解析をやっている、ある哲学者の残した史料(奥歯にものが挟まったような言い方ですが、あと数日でプレスリリースのため、それまで秘密 :-)。リリースされたら書きます)の一つが、Kuno Fisher の哲学書の読書ノートであることを、WEBサーチと、その哲学書(1865年刊)の電子化されて Google Play で数百円で売られていた検索可能なテキストを利用して、1時間もかけずに発見できた(archive.org にも無料版があるが、OCRのかけ方が酷くて、テキストが使い物にならない。Fraktur だからか?Google は、Fraktur もちゃんと読んでいる。)

Kuno Fisher は名前程度しか知らない僕が、ITなしで、同じことをするのは、まず不可能だろう。それが1時間もかからずにできる。これがITの力だ。

ITで蛸壺化が起きるのは、求めるものを fix して、求める努力を減らすからで、情報を求める努力を減らさず、求めるものに上限を置かなければ、得られる情報は増える。つまり、同じ情報を10分の1の手間と努力で得るのでなくて、同じ手間と努力で10倍あるいは100倍の情報を得る。それがITの正しい使い方だ。

そして、世界の研究者や、意欲ある人々の多くは、そう使っているのだが、なぜか、日本では、逆の使い方をしている人が多いように思う。なぜだろうか…。それがいつも疑問なのだが、答えがない。

ただ、Max Scheler が、日本について「保守的な人民を、革新的な官僚たちが引っ張っている国だ」という意味のことを書いていた。これは第2次世界大戦前の話。日本人の本性なのだろうか…。


2018年5月24日(木曜日)

ホトトギス 初音、庭の桜

カテゴリー: - susumuhayashi @ 01時36分42秒

今朝(正確には、昨日の朝)、家を出たら花山の方向からホトトギスの声。

近くに聞こえるが、声は小さく、おそらく花山だろうとおもう。
耳管開放症で、左右の聞こえ方が違うので、音の来る方向が分からない、
あるいは、違う方向から聞こえる、ということが良くある。
近くに聞こえたのは、その為だろう。

山科は平安の時代より、ホトトギスの名所だが、今も、
それは続いている。当然ながら、鶯も多い。

以前は、夜中に仕事をしていると、ホトトギスの初音が
聞こえて来たのだが、2年ほど前にインナーサッシをつけたら、
外の音が聞こえなくなってしまった。

冬の電気代が半分ほどになり、さらに寒い思いをしなくなったので、
お値打ちだったのだが、音が遮断されたのは、少し残念。

僕の家は、山の冷気が降りて来る道筋にあるため、
冬はとにかく寒い。だから、改装するとき、玄関のドアは
寒冷地仕様にしてもらったほど。建築士さんは驚いていたが、
それで正解だった。それほど寒い。寒がりの二人が、良く、
こんな所に住んでいるものだと思う。

寒がりの二人が、こんな冬に寒い所に住み続けているのは、
その分、美しい春や夏、そして、秋の情景のためだと思う。
そして、冬も寒いが、しかし、美しい。

僕より寒がりのパートナーが、それでも、ここに居たいというのは、
それが理由だろう。

その理由の一つが、昭和30年代に建てられた古い家を買ったときには、
まだ、ほんの小さな木だったソメイヨシノ。

30年ほど棲んだ間に、この辺りで一番の桜の巨木になった。
その成長の速さは驚異的で、その美しさも驚異的。

我が家は山科の疏水をハイキングする人が、その前を通り過ぎることが
多いのだが、そういうハイカーの一人が、前の道路に大きくせり出している
庭の桜を呆然と見上げて、暫く立ち止まっていたのを見たことがある。

それほどの圧倒的に美しい桜で、特に、今年の春の美しさは、
凄惨なほどだった。

しかし、それを切ることになりそうだ。

僕が、この家を買う前から、庭の世話をしてくれている庭師さんが、
このままだと、今年の台風シーズンに倒木する危険があると、
言ってきた。

見てみると、黒アリが桜に巣を作っている。シロアリではないので、
要するに、木が腐っているということ。

大変に残念だが、隣家の御迷惑を考えると、切るしかない。
定年退職の年に、庭で一番気に入っている木である桜を切るのも、
何かの縁だろう、と思い納得しているのだが、
本当は、やっぱり納得できない自分がいる…


2018年5月17日(木曜日)

橋本君の博士論文公聴会

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時17分44秒

歴博研究部助教の橋本君の博士論文の公聴会が無事終わる。

神戸大時代に、形式的な主査をやったことがあるが、実質的な博士論文の主査は、
実は、これが初めて。で、どう考えてても、これが最後!

橋本君の「みんなで翻刻」は、ますます、順調なようで、一先ずは安心。

しかし、これを古地震以外に展開できて、初めて、本物と言える。

多分できるだろう。

日本史の上島先生に、良いコメントを頂き深謝!

伊藤さん、伊勢田さんのコメントも、実にありがたい、的を得たものだった。

橋本君、さらに精進してください。

うーむ。なんだか、大相撲のようになったな… :hammer:


2018年5月13日(日曜日)

またもや火事!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 03時20分29秒

「かね松」という名の八百屋さんが京都には二つある。錦と縄手通だが、どうも、互いに関係はないらしい。

その内、縄手の「祇園 かね松」は、素人でも鞍馬の実山椒を買える、僕が知る限り、唯一の店なので、毎年、この時期に数パック買っている。

で、昼頃に電話してみてたら、もう実も大きくなっているとのことで、4パックわけてもらいに、東西線と京阪で出かけたのだが、何故か、京阪の特急が10分近く遅れている。

四条の駅から地上に出てみると、猛烈な人出だけでなく、なんと南座の前に消防車!

改修中の南座で火事か!?…

と、心配したら、新たにやってきた消防車が、もっと前(東)に止まった。

えっ!?

と思ってみたら、目疾地蔵の仲源寺の東隣あたりから、猛烈な煙がでている。

火事!!!

で、身動き取れないので、縄手から入らず、一筋西からビルの中の通路を通り縄手に入り、実山椒を買い、かね松からでてみると、煙が酷くなっている。

Google map で確認してみると、割烹千花の辺り!

この店は、今回の火事の報道で知ったがミシュラン3星だったらしい。実は、もう30年近く間、亡くなった兄に連れられて、一度だけ、先代の時代に、行ったことがある店。今は、代替わりしている。

で、後で、TVのニュースで、確かに、千花が出火元と知る。Google の画像を見ると、店の建物やカウンターも新しくなっていた。しかし、それが燃えた…

これで、古川町の島田さん、あわらのべにや(八杉が、激励のメールを送ったら、今日、女将さんからお礼の返信が来ていた。大変な時に、本当にありがとう。二人で応援してます)、そして、一度行っただけながら、千花と、知っているところが、三軒も続けて火事。憮然…

一番、親しいのは、べにやで、報道を見ると、あわらの他の旅館のサポートもあり、また、シンボル的な樹木たちが生き残り、また、何より、源泉がひとつは生きているとのことで、昭和のあわら大火の経験もあるので、きっと、直ぐに再建するのだろうと、大きな期待!!!

あんな温泉宿は、他にはないはずなので、是非、再建を!!

しかし、これだけ火事が続くと、本当に、嫌だな……


2018年5月10日(木曜日)

べにや頑張れ。応援してます!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 01時54分22秒

京大文での最終年度ということで、20世紀学専修と合同したことをいいことに、かなり、サボっている。すみません。 :hammer:

しかし、サボりすぎは良くないと思い、現代史との合同セミナーに参加。
ちょっと問題のある報告で、批判的コメントが続き、僕も、批判発言こそ
控えたが「ウーム!!」という感じだったので、その間に、WEBサーチなど
してしまった。それで、気になっていた、あわらのべにやのことをサーチ
したら、奇跡が起きたとのこと

べにやの火災は、全国紙レベルの話題だが、これは福井新聞だけらしい。
しかし、それを京都から知ることが出来るということは、実に素晴らしい。
これが、ITのポジティブ面。

一番、驚いたのは、少なくとも一つの泉源が健在とのこと。
あれだけ焼けたのに、確かに奇跡!実は、この源泉のことを
一番心配していた。

どうやら社長さんは再建するつもりらしいし、あわらの他の旅館も、
それをサポートするつもりらしい。

実に、素晴らしい!

たまにしか、お世話になれない「貧乏学者」ですが、
再建されたら、必ず行きます!女将さん、社長さん、
従業員のみなさん(特に、いつも、お世話になる大柄で
感じの良い仲居さん)、べにやのファンは沢山いる
筈です。頑張ってください。

再建されたべにやに泊まれるのを楽しみにしています。


2018年5月6日(日曜日)

火事

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時10分53秒

仕事をしていたら、パートナーが、ただ事ならない雰囲気で、
何か言いながら二階に上がってきた。驚いて聞いてみると、二人とも
大好きで贔屓にしていた、福井県あわら市の温泉旅館べにやが火事とのこと。
結局、全焼で、全てが燃え尽きたらしい……

癌治療の副作用による極端な筋力低下が、塞翁が馬で、僕の筋力増強の努力を促して、
長年苦しんでいた、腰痛、肩こり、腱鞘炎の全てが解消し、最後に残った、カイロプラクティックで
痛めた頚椎の問題も、かなり改善してきたため、僕は、温泉に行きたいという気持ちが無くなってしまっていて、
べにやにも、かなりご無沙汰していた。

パートナーは、僕より温泉好きなので、近々、べにやに行きたいと言っていたので、そのつもりでいたのだが、
その矢先に、この火事…

実は、少し前には、以前は、良く買っていた古川町の八百屋さんが火事で全焼。

あまりに酷いことが、知り合いに続けて起きてショック…

特に、べにやは、湯については、他の宿でも良い所があるが、食事に関しては、
連泊して、嫌なおもいをしないのは、僕の経験では、ここしかなかっただけに、
そういう宿が火事で燃え尽きてしまったのは、非常にショックだった。

もう一つの好きな宿として、朝食で有名な、Y温泉のK亭がある。
こちらの湯は、かすかに硫黄臭がする高温度の塩泉のべにやの湯とは
正反対の湯だが、そのローケーションと湯の加減は、絶妙で素晴らしく
気持ちがいい。

それで、以前は、時々、お世話になっていたが、何度か行くと、二日目の夕食の
ことを考えると、少し憂鬱になるところがあった。こちらは、夕食も創作料理風で
本まで出ているのだが、実は、何時行っても、ほぼ同じ様なものしか出ない。

あまり多くの宿を知らないが、これは、どこでも同じ様におもえる。

ところが、べにやだけは、何時も工夫があり、同じものが、まず出ない。

創作料理の様なものは出ず、伝統的な和食なのだが、何時行っても、
これ初めてだ、というような料理が出るか、以前食べた記憶が
あるが、丁度、また食べたいなと思っていた様な料理がでる。

僕等の旅行は、観光が目的でなくて、温泉に入るのが目的だから、湯と料理が
よければ、同じ宿でよい。それで自然に、べにやにばかり行く様になった。

最初にお世話になってから、多分、10数年、もしかしたら20年近くたつのではないかと
思うが、その間に、明らかに板長さんが変わっているのだが、その際に、料理の
スタイルと品質が変わらなかった。これも驚くべきことで、ここの以前や今の板長さんが、
京都にお店を出したら、評判になるだろうと、何時も思っていた。

朝食でさえ、連泊しても「今朝の朝食は、なんだろう」とワクワク感のある、
知る限り、他にはない宿であった。

まあ、大金持ちには、程遠い学者なので、多くを知らないのだが、それでも、
この宿だけは、特別だ、他には絶対にない温泉宿だと、自信を持って言える。

女将さんも社長さんも、本当に、大変だと思うが、何とか再建して欲しい。

そうしたら、直ぐに行こうと、パートナーと話した次第。

でも、本当に気の毒…


2018年2月20日(火曜日)

○○者と○○の人

カテゴリー: - susumuhayashi @ 04時21分59秒

かほく市の西田記念館からの依頼で行っている、西田「新」資料翻刻・調査のプロジェクトを実施するための膨大な書類を作っていたら夜中の3時を過ぎてしまった。締切は2月19日だったのだが、完成したのは、20日の未明。こういう締切は、1,2日の余裕は取ってあるものだし、かなり遅れる猛者もいるらしいから、僕のは、多分マシな方だろう。

それにしても、少し前までの京大の事務は、こういうことに非常に柔軟に対処してくれたが、大学改革とかいう、明らかな改悪のために、今まで奉職した大学の中でも、神戸大並のワースト大学になってしまった京大…。

実に嘆かわしいことで、これのツケは、これから露わになるはずだ。どうして、日本は、第2次世界大戦の教訓を生かせないのだろうか。暗澹たる気持ちになる…

ということで、寝付かれず、このブログを書いている。

3月に物理学史の稲葉肇氏と会って、最近考えていることを聞いてもらえることになった。そのための旅費の申請も2月19日がデッドラインだったが、こちらの方は、少なくとも日付が2月19日の間にメールを送れた。 :-)

これは、前にも書いた気がするが、岩波新書の「ゲーデルの不完全性定理(仮題)」で書く、新しい数学基礎論史観を、同時期の物理学史と、どの様に整合させるかという問題のために、色々な人の意見を聞いている、その一環。稲葉君は、僕のヒルベルト論文の草稿をちゃんと読んでくれた数少ない人のひとりだし、この物理学史とのすり合わせに使っている Quantum Generations という本の和訳者のひとりなので、意見を聞くには最適な人の筈。

僕の「新」史観のポイントは、数学基礎論史を、単独で見ることなく、その時代の文化史の文脈において見て、M.Weber の意味での近代化の一例として理解するということなのだが、そこまでやると、当然ながら、では、お隣にある物理学の歴史では、どうなのですか?、という疑問が湧く。

そういう質問があった場合に、ちゃんと答えられるようにするために、これをやっている。

ポイントは、○○者、たとえば、数学者、哲学者、物理学者、と、英語でいう、Men of mathematics、数学の人たち、の様なものを区別すること。

数学者、哲学者、物理学者、などという枠組で考えていると、19-20世紀に起きた変動を理解できないのではないか、というのが、最近得ることができた見解。

そうではなくて、「哲学的問題」、「数学的問題」、「哲学的手法」、「数学的手法」という、2×2の組み合わせjで考えるべきではないか、というのが、僕の史観のポイントで、そうすると、ヒルベルトは、「数学に関する哲学的問題」を、「数学的手法」で解決しようとした人、と理解できる。

こうすれば、彼の無名の若き日の哲学紛いの日記のアイテムと、哲学者を見下す1930年のケーニヒスベルグやハンブルグでの講演の内容が整合性を持つ。

…と、こんなことを考えていたら、以前から、違和感のあったことが何となく腑に落ちるようになった感じ。

もう、遅いので、また、眠くなってきたので、続きは、明日!


2018年1月24日(水曜日)

最終講義?

カテゴリー: - susumuhayashi @ 17時00分40秒

来年度末で、京大を定年退職になる。その事もあって、来年度から、僕が唯一の教員である情報・史料学専修と、同じく、教員一人のみで、その教員の杉本さんが、
再来年度末で定年退職の二十世紀学専修が合併してメディア文化学専修になる。

科学哲学科学史専修の伊藤さんも言っていたが、現代文化学系(専攻)に、二つも「一人専修」(教員一人だけの専修)があって、良く長年なにも起きなかったものだ。
一人だけの教員が、病気や怪我、あるいは死去などということになると、一人専修は本当に大変なことになる。

教員2名体制になり、これでちょっと一安心という所。

ただ、僕は来年度最後なので、杉本さんには悪いが、講義などで、少し楽をさせてもらっている。特に、二つもやっていた特殊講義を来年度はしないことにした。

実は、この特殊講義が、僕の研究の原動力で、京大文に転職した後に、物凄く研究が進んだのは、これをやっていたから。

つまり、講義をすすめるためには、どうしても研究しないといけないという風に自分を追い込むためにやっていた。さらには、講義の参加者からの質問・コメントなどが、非常に役立った。

しかし、兎に角、しんどかった。亡くなった、哲学史の小林道夫先生が、大阪市立大学から京大文に定年前に移ったことは、大変にしんどかったと仰っていたが、これも同じことだろう。
京大文で特殊講義をすると、一種の真剣勝負のようになる。

西田、田辺なども、同じようにして、研究を進めていたらしい。少なくとも、僕が長年研究している田辺の場合は、講義ノート(メモ?)から、自信をもってそう言える。
金3の田辺演習で、先日まで読んでいた昭和9年の講座の秋くらいの部分は、明らかに種の論理が形を成し始めているのが見える。ただし、出版されたものとも微妙に違っていて、
理論が形成されていくところが見えて興味深い。西田の宗教学と倫理学の講義ノートを現在プロジェクトを組んで翻刻しているが、こちらは、特殊講義ではないようで、
それもあって、田辺のものより整然としているが、それでも西田の思考の努力の跡が見える。

ただ、僕が、特殊講義を「利用して」研究をしていたのは、西田や田辺の様な京大文の大先輩たちを真似をしたのではなくて、
京都学派の研究に手を染める前の主な研究対象だったヒルベルトの真似。ヒルベルトの講義資料を読んで、
なるほど、こうやって講義しながら、理論を作って行っていたのかと感心して、それを真似た次第。

それが許される、というより、原則としては、そうしないといけない特殊講義というものがある京大文に10年以上に渡って在職できたのは、実に幸運だった。

80ページを超える論文を書きながら結論が書けず、塩漬けにしていたヒルベルトの初期数学思想についての論文も、この京都学派研究を通ったお蔭で、漸く結論が書けそうな状況になっている。

しかも、幸運なことに、その内容を公表する絶好の機会が巡って来た。僕が、数学史の研究のベースの一つにしている、数学における modernism 研究である
Plato’s Ghost の著者の J.Gray 氏が、来日されて応用哲学会でシンポジウムをするので、僕にも話してほしいとの依頼が、名古屋の久木田さんから、極く最近あったのである。
これは、実に、願ってもないタイミングで、大変、ありがたいので、すぐに引き受けた。この講演で、僕の歴史観の最初の紹介をすることになる予定。

ただし、そのためには、ヘルムホルツやエミール・デュ・ボア=レーモンの様な自然科学者と哲学との関係を押さえる必要がある。これが、どの様にヒルベルトの哲学との関係の取り方と違うのか、
それへの理解を整理しないといけない。そのために、色々な人の意見を聞いているのだが、ゲーデルの1960年ころの歴史観における「数学だけはイデアの学問なので、自然科学とは異なる」
という意見と、非常に上手くマッチする結論になりそうだ。

というような、ことをやっていたら、先日、Gabriel Finkelsteinさんから、エミール・デュ・ボア=レーモンについてのメールが、3年ぶりに来たわけで、これも、あまりのタイミングの良さに驚く。

京大文の在籍期間は、この様な在り得ない幸運の連続であり、正に、有難いことだった。

とは、いうものの、その有難い状況は、特殊講義を中心に、講義のために懸命に努力せざるを得ない状況を作り続けていたから生まれたのだろうと思う。
セレンディピティを能力だと言うと、オカルトになるが、反セレンディピティ能力というものがあって、
その能力がないことをセレンディピティ能力であると定義すると、これは自然なものとなる。

反セレンディピティ能力とは、「そんな話あるわけない」、「そんな大変なことできない」と言って、目の前にある重要な資料やアイデアややるべき仕事を、
最初から、見もせず、やりもせず、スルーしてしまう能力のこと。こういう能力を持つ人には、実によく出くわす。つまり、実は、奇跡みたいなことは、
我々が思っているより、日常的に、我々の身辺を通り過ぎているのだが、それを自分で見ないようにしているから、
多くの人には、それが「在り得ない」と見えるのだ、というのが僕の見方。
この動画のゴリラの様なもの。 :-D

この様に考えるようになったのは、Cコンビネータと、Curry-Howard の関係が目の前にありながら、それを発見する、それ以上はない位置につけていながら、
「そんなバカな…」と見過ごしてしまったという経験をしたことが大きい。つまり、誰よりも反セレンディピティ能力を持っているのが自分だ、
と気が付いて反省して考えを変えた。それがよかった。

まあ、いずれにせよ、そういう「有難い」特殊講義の最後の回が、今週で終わった。ある意味で、最終講義で、悲しいかと思いきや、何か、肩のあたりが、スーッと軽くなった。

はあ―っ、もうこれで、あの苦行も終わりだ、と思って、自然に、そうなったらしい。苦しいから前進できるのだが、しかし、若い時のような体力がなくなっているので、
徹夜が無理なので、時間的に追い詰められることが増えてきて、すごいストレスになっていたのだが、それが突然消えたので、「すーっ。はあーっ。ほっ!」となったらしい。 :-)

で、定年はまだなのだが、亡くなった山口昌哉先生が、「林さん定年はいいもんですよ」と仰っていた事の意味を、漸く、実感として感じる。

特殊講義に割いていた膨大な時間を、今度は、今までの研究のまとめに割くことになる。まずは、岩波新書、そして、応用哲学会の講演の準備、先日の京都哲学会の「田辺元と西谷啓治」の論文も、
まだまとめていない。翻訳も二つあるし、それより、Gray 氏が見えるまでに、ヒルベルト論文の結論を書かねば。これに西田プロジェクトと、科研費萌芽、SMART-GSの最終まとめと、
橋本君のみんなで翻刻への機能移植など、やること一杯。

でも、僕の時間の半分は占めていた特殊講義の準備が無くなるので何とかなるだろう。


2018年1月22日(月曜日)

風邪が漸く治る!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 03時37分30秒

先々週の土曜日、朝起きたら咽喉が酷く痛かった。

これから始まり、体温が急激に上下し、最低で35.9度、再考で36.9度と変動し、胃腸も不順で下痢も伴い、もろもろの風邪の症状に1週間以上苦しんだ。

10日近くたった、今日、漸く、風邪から脱したという感触。

この間、連れ合いが、得意とは言えない食事の準備などしてくれた。

すごく嬉しい。ありがとう!!

エクササイズをする様になってから、長引く風邪は無かったのだが、今年の風邪はなかなか手強い。

学生や事務の方たちも、同じような風邪をひいているらしい。

先日は、総務掛のドアを開けたら、一斉に振り向く3名の方が、皆、マスクだった。 :-(

話しは変わるが、家の前の寮の桜が4本、切られてしまった。勿体無い!!

我が家の庭では、古家を買ったときは、小さかった桜の木が、今は、巨木になっている。

うちの桜は、何時まで元気でいてくれるのだろうか。

できるだけ、長く、咲き続けて欲しい。


2017年12月27日(水曜日)

放送大学インタビューの収録

カテゴリー: - susumuhayashi @ 00時49分06秒

26日午後は、放送大学青木久美子教授の「日常生活のデジタルメディア」という講義の
最終回のためのインタビューの収録。

以前だったら、放送大学の事情を見るのに良い機会だと、東京にイソイソと出かける所だが、
最近、色々と忙しいこともあるが、出不精になっているため、京都まで来ていただいて、
僕の研究室で収録。

大阪から来ていた撮影スタッフの方たちが組み立てている照明が、目に飛び込む!

群馬大の田辺元史料には、原稿用紙を半分に折って裏表両面を使うノートにしたものが、
かなりの数あるのだが、広げて撮影するのだが、原稿用紙は、結構広いため、
光のムラなく撮影するのが難しい。

人間の目には、なんらのムラも見えなくても、プロにフィルターをかけてもらおうとすると、
「人間の目では確認できないような光ムラのためにできません」といわれることが
多々ある。そのため、なんとか京都から群馬まで携行出来て光ムラがない照明を求めて、
もう随分沢山の撮影用照明を試したが、未だに、理想の照明器具が見つかっていない。

それが、今日(26日)の撮影のために使われたライト(?)では、LEDが数百ほどならんだ
板の様なものが使われていて、スタッフの方に聞くと、肉眼では認識できない光ムラのことを
ご存じで(さすがプロ!)、この機材だと、そういう光ムラなく撮影できるとのこと!!

それに、それほど重くもなさそう。値段も十分買える範囲。

京都で売っている所の情報を後で送っていただけることになり思いがけない収穫だった!

インタビューの方は、青木先生とも、制作の責任者の園田さんとも、
僕の話を面白いといってくださって、色々と共感してもらえたので、大変楽しかった。

実は、僕の話は、かなりの確率で、意味を理解してもらえないことがある。
特に機械系などの、工学部生え抜きの様な人にはなかなか理解してもらえない。
それどころか反発を受けることも、以前は、良くあった。
まあ、少し語弊があるが、「オジサン」に話すと反発を受けることの方が多かった。

そういう中で、共感してくれる人は、建築とか、デザイン関係の方、
アメリカで教育を受けたり、仕事をした経験のある人に多いのだが、
青木先生は、アメリカでの教育と、教職の経験をもつひとだった。

園田さんは番組制作の方だが、これはデザイン関係の人と同じなのだろう。

それに、お二人とも女性で、兼業主夫である僕としては、現政府が進める女性の
社会参加の関係の話でも、共感してもらえたみたいだった。
#締切が幾つも重なる時、大学での仕事を終えて家に帰り、
#夕食の準備をして、その後、また、仕事にもどるのは、
#体力が衰えて来た僕にとっては、かなりつらい…
#50代位までは、そういう時には、睡眠時間を1,2時間に切り詰めて、
#場合によっては0時間にして乗り切っていたが、残念ながら、もう
#やれなくなっている…
#そういう仕事が、ジェンダーだけで担い手が決まるのは、実に変だ!
#ちなみに、我が家の場合は、ジェンダーではなくて、スキルの差で決まっています。 :-D

今日みたいに、面白がって、共感してもらえると、大変嬉しいため、
例によって、ちょっと喋りすぎた… 

僕は、おばさんみたいな性格で、おしゃべり大好き、な人で、喋りすぎて、仕事をしたいパートナーに煙たがられている。 :hammer:
反省…

この投稿を書きながら、メールをチェックしたら、撮影スタッフの方から、
照明を販売している会社の詳しい情報が来ていた。感謝!!!
:-)

今年度も、そろそろ予算の執行の締切が近づいて来ているので、
明日にでも電話してみよう。まだ、営業しているといいのだが。


2017年12月26日(火曜日)

早朝セミナーと京大らしくない京大

木曜日に産官学連携本部の菊川さん来訪。RIETIのPDP「AIと社会の未来」を見ての来訪とのこと。

京大オリジナルという株式会社ができるが、その事業のひとつが一般向けの講義シリーズで、丸の内に努める30代、40代の人たちをターゲットに、早朝7時台からの4回ものの講義の依頼。

内容は、必ずしもAIでなくてもよかったらしいが、多分、それが一番受けると思い、昨年度の特殊講義でやったAI論をベースにして、現在のAIの実相を暴くというテーマで講義することなった。

パートナーに、「私は70歳まで働いたのだから、あなたも70歳まで働きなさい!」と指令を受けているので、来年度末の定年退職を見据えて、以前だったら断ったかもしれない、東京での講義を引き受けた :-?

グーグルのネコ、東ロボ君、AlphaGo、オズボーンたちの失業予想、など、マスコミで話題になっているものの実相を暴き、最後に、RIETIのPDPで展開した「AIによる能力格差拡大とその社会的意味(危険性)」について話す予定。

この内容ならば、話すことに、それ程違和感はないし、丸の内あたりに勤務している人たちに聞いてもらって、実体の無い日本のAIブームの危険性に気づいてもらうのは良いことだろう。

しかしながら、このテーマに落ち着くまでに、かなり紆余曲折した。その理由は、菊川さんが説明してくれた(株)京大オリジナル、そのものへの僕の違和感。

菊川さんは、京大らしさ、を出したいというので、僕を選んだというが、僕のどこが京大らしいのか不明。

僕の持つ感じでは、京大らしさ、すくなくとも京大文学部らしさというののひとつは、講義の初日に教室に行くと、どう見ても学生には見えない年配の人が前の方に陣取っていて、
講義の前やら後に、自己紹介をしてくれて、文学部の学生ではありませんが、講義を聞いていいですか、と言われること。
以前は、これが、よくあって、お礼だとかで、宇治の茶団子を頂いたりしていたのだが、最近は全く無くなった…

下手をすると、茶団子一包で、わいろだ!などと騒ぎ立てられかねない時代になっているので、当たり前か。

そして、京大オリジナルという会社を作るということは、こういう自然発生的な大学の社会貢献まで、大学オーソリティがコントロールして、収益システムの一部に組み込もうということ。

それが菊川さんが見せてくれた、京大オリジナルなどの資料から透けて見えて、「何でこれが京大らしいのだ?!」という違和感を覚えた次第。京大の京大らしさは、
そういう「権威」を突き抜けるところにあるような気がするのだが……

そのため、菊川さんとの会話の中で「今の京大は、もっとも京大らしくない大学だ」という意味のことを言ったが、この人は動じなかった… なんでも東京の大手保険会社からの出向らしい。

本当に京大は変わった…


2016年7月27日(水曜日)

Google 東京オフィスなど

産業総合研究所の人工知能の社会インパクトプロジェクトの一環で、TensorFlow など、Google の機械学習への対応の話を伺うために、Google 日本オフィスのGCP(Google Cloud Platform)部門を訪問。佐藤一憲さんから色々教えて頂く。パロアルト的立場からは、実に自然な流れであることがわかり納得。大変良い方向に進んでいるという気がする。ただ、これは「機械が職を奪う」という方向に繋がらないとも限らないと言う懸念も抱く。少数の機械学習の「職人」+マシン(AI)が、多くの「職人」を代替する可能性がある。

この時、MITのAutor教授が言うような、別のセクターの職がどれだけ生まれて来るのか、それが問題。Autor氏の主張では、アメリカの農業労働人口が劇的に減少したかわりに、工業の労働人口が爆発的に増加したわけだが、この工業セクターでの労働人口にあたるものが、まだ見えない。それが Autor 「理論」の弱いところ。果たして何か、生まれるか…

この訪問の前に、僕の研究室の出身で Google で働いている清水君と会う。Google Culture Heritage の相談で、京都に来てくれたのが、もう数年前で、それ以来。

彼との話で面白かったのが、サンフランシスコのイメージの、清水君と僕とのズレ。清水君によると、最近、サンフランシスコについての歌を聞いて、その歌詞にサンフランシスコが、ロマンチックな場所の様に歌われているのに違和感があったらしい。僕は長らくサンフランシスコを訪問してなかったので、分かってなかったが、どうもアジアの沸騰都市の様になったサンフランシスコは、2000年代に始まったらしい。だから、清水君は、それしか知らない。

そのために、10階建て以上の建築など、殆どなかったサンフランシスコの風情は、清水君には無縁のものらしく、それで僕などが抱く昔のサンフランシスコのイメージに「なぜ?」と思うらしい。世界はすっかり変わってしまったことに、今更ながら思いを馳せる。

Google 訪問の後、私用を済ませた後、岩波新書の編集長の永沼さんと会って、随分前に依頼された新書の書き方の変更を相談。思いがけず、面白いと言ってもらえたので、その方針で進む。僕も、定年まで後、2年と少ししかない。アカデミズム一辺倒の姿勢から方向転換をすべき時期だろう。


2016年5月31日(火曜日)

今日も不如帰忍

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時46分14秒

今日もホトトギスの鳴き声。

今夜は昨年つけてもらったインナーサッシを超えて聞こえた夜半の鳴き声。

ということは、かなり近くで鳴いたか?
鳴き声の方向からすると、最初は、うちの桜で、
次は裏山か?うちの桜なら珍しいことだ。

一つ前の投稿で、

>この4か月(5か月かも)ほど、最も時間を割いていたことに、
>一応、今日で目途が立つ。

と書いたが、「一応」を入れた様に、懸念があったのが、
顕在化。(^^;)

本当に、退屈している暇がない…
#このフレーズわかる人、どれくらいいるかな?
#ハハ。(^^)

おっと、また、ホトトギス。
これは例年通り裏山から。

初夏が近いか。


2016年4月27日(水曜日)

アオバズク

カテゴリー: - susumuhayashi @ 00時20分54秒

今日は暑い位だったので、締め切っていた僕の書斎は28度まで気温が上昇。
夜、窓を開けて冷気をいれていたら、アオバズクの鳴き声。
去年のブログを見たら5月なので、かなり早い。

ムカデも動き出していて、先日、戸外で一匹退治。今日は車につぶられたらしい死体を一匹発見(本当に大きなアカズムカデ)。

昼は、SMART-GS meeting。リリース用の変更が、すべて終了したことを確認。
橋本君がリリースビルドを自動生成し、大浦君がリンクしてリリースする予定。
そして、林が説明を書く。また、トンプソン君が、英語のVideo tutorial を
作成中。これは3ヶ月ほどかけて作る。

また、縦書き、TEI対応の新エディタのSMART-GSも連休明け位にαリリース予定。

説明案:
新機能:Line Segment Editor, 画像マークアップエディタの Redo/Undo、
Tesseract-OCR の呼び出し機能、MacOS上での外部画像サーチ、Reasoning Web の整備(未完)、
など。他には何が?


2016年3月27日(日曜日)

永井和先生の送別会

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時41分34秒

未だに、忙しさは続き、岩波文庫の修正など書けていない。

その中で、今日は、永井和先生の送別会。
永井先生は、僕と同じ京大文学研究科現代文化学系の教授なのだが、
今年度で定年退職。

同じ現代文化学系で次の定年退職は、僕。(^^;)

これから現代文化学系は、定年退職が続き、本当に大変。
若い人たちに申し訳なく思うと同時に、まあ、これが現実ですね、
という気持ちもある。

永井先生は、京大文学部情報・史料学の公募に応募して、最初に
コンタクトした文学部の方。

大変良い方であり、SMART-GSプロジェクトを、実質的に生んで
下さった方(永井先生の存在がなければ、僕は、SMART-GSプロジェクト
はやってない可能性大!)なので、感謝の念しかない。

永井先生の期待に応えられるべく、SMART-GSプロジェクトをすすめたい
ものである。

みなさん、よろしく!


2016年1月15日(金曜日)

復帰!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 03時04分45秒

前回の投稿から、2ヶ月位のブランク。

最大の原因は、体調不良だが、その最大の原因が、意外なことに歯にあることが、
かかりつけの耳鼻科の先生(名医です。林以上にユニークですが(^^;):石川耳鼻科、東山区、京都)の
お蔭で分かり、これも日本のシステム外といえる保険診療が、あまり効かない歯科のクリニックを見つけて(この人も
凄いみたい。まだ、診てもらって浅いので、断定はできないが)、そちらに通い、今までの不調の原因の、
かなりの部分を解消できそう。

これにより、日本の保険システムがもつ、矛盾点を明瞭に認識できた。NISTEPに残留していてたら、
これで一つレポートが書けそうな話。ただ、そうなると厚生労働省との兼ね合いが難しいかも…
#こういう気遣いが必要なことが、日本の統治機構の最大の弱点!!!

今は、どうなのだろう?霞ヶ関も、かなり変わって来たという印象を経産省の「稼ぐ力」の担当者にお会いしてから、
感じているが、このセンスが、もし霞ヶ関全体に広がっていれば良いのだが…
#10年弱前の僕が知っている「官僚」は、皆、ネクタイをしていた。でも、稼ぐ力の人たちは、
#皆、ノーネクタイだった。この変化が、本質的ならば良いのだが…
#霞が関の最大の矛盾点は、奇妙なまでの等質性だから。
#規格外も、良いものだとおもえれば、認めて欲しい!!


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