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2018年5月17日(木曜日)

橋本君の博士論文公聴会

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時17分44秒

歴博研究部助教の橋本君の博士論文の公聴会が無事終わる。

神戸大時代に、形式的な主査をやったことがあるが、実質的な博士論文の主査は、
実は、これが初めて。で、どう考えてても、これが最後!

橋本君の「みんなで翻刻」は、ますます、順調なようで、一先ずは安心。

しかし、これを古地震以外に展開できて、初めて、本物と言える。

多分できるだろう。

日本史の上島先生に、良いコメントを頂き深謝!

伊藤さん、伊勢田さんのコメントも、実にありがたい、的を得たものだった。

橋本君、さらに精進してください。

うーむ。なんだか、大相撲のようになったな… :hammer:


2018年5月13日(日曜日)

またもや火事!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 03時20分29秒

「かね松」という名の八百屋さんが京都には二つある。錦と縄手通だが、どうも、互いに関係はないらしい。

その内、縄手の「祇園 かね松」は、素人でも鞍馬の実山椒を買える、僕が知る限り、唯一の店なので、毎年、この時期に数パック買っている。

で、昼頃に電話してみてたら、もう実も大きくなっているとのことで、4パックわけてもらいに、東西線と京阪で出かけたのだが、何故か、京阪の特急が10分近く遅れている。

四条の駅から地上に出てみると、猛烈な人出だけでなく、なんと南座の前に消防車!

改修中の南座で火事か!?…

と、心配したら、新たにやってきた消防車が、もっと前(東)に止まった。

えっ!?

と思ってみたら、目疾地蔵の仲源寺の東隣あたりから、猛烈な煙がでている。

火事!!!

で、身動き取れないので、縄手から入らず、一筋西からビルの中の通路を通り縄手に入り、実山椒を買い、かね松からでてみると、煙が酷くなっている。

Google map で確認してみると、割烹千花の辺り!

この店は、今回の火事の報道で知ったがミシュラン3星だったらしい。実は、もう30年近く間、亡くなった兄に連れられて、一度だけ、先代の時代に、行ったことがある店。今は、代替わりしている。

で、後で、TVのニュースで、確かに、千花が出火元と知る。Google の画像を見ると、店の建物やカウンターも新しくなっていた。しかし、それが燃えた…

これで、古川町の島田さん、あわらのべにや(八杉が、激励のメールを送ったら、今日、女将さんからお礼の返信が来ていた。大変な時に、本当にありがとう。二人で応援してます)、そして、一度行っただけながら、千花と、知っているところが、三軒も続けて火事。憮然…

一番、親しいのは、べにやで、報道を見ると、あわらの他の旅館のサポートもあり、また、シンボル的な樹木たちが生き残り、また、何より、源泉がひとつは生きているとのことで、昭和のあわら大火の経験もあるので、きっと、直ぐに再建するのだろうと、大きな期待!!!

あんな温泉宿は、他にはないはずなので、是非、再建を!!

しかし、これだけ火事が続くと、本当に、嫌だな……


2018年5月10日(木曜日)

べにや頑張れ。応援してます!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 01時54分22秒

京大文での最終年度ということで、20世紀学専修と合同したことをいいことに、かなり、サボっている。すみません。 :hammer:

しかし、サボりすぎは良くないと思い、現代史との合同セミナーに参加。
ちょっと問題のある報告で、批判的コメントが続き、僕も、批判発言こそ
控えたが「ウーム!!」という感じだったので、その間に、WEBサーチなど
してしまった。それで、気になっていた、あわらのべにやのことをサーチ
したら、奇跡が起きたとのこと

べにやの火災は、全国紙レベルの話題だが、これは福井新聞だけらしい。
しかし、それを京都から知ることが出来るということは、実に素晴らしい。
これが、ITのポジティブ面。

一番、驚いたのは、少なくとも一つの泉源が健在とのこと。
あれだけ焼けたのに、確かに奇跡!実は、この源泉のことを
一番心配していた。

どうやら社長さんは再建するつもりらしいし、あわらの他の旅館も、
それをサポートするつもりらしい。

実に、素晴らしい!

たまにしか、お世話になれない「貧乏学者」ですが、
再建されたら、必ず行きます!女将さん、社長さん、
従業員のみなさん(特に、いつも、お世話になる大柄で
感じの良い仲居さん)、べにやのファンは沢山いる
筈です。頑張ってください。

再建されたべにやに泊まれるのを楽しみにしています。


2018年5月6日(日曜日)

火事

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時10分53秒

仕事をしていたら、パートナーが、ただ事ならない雰囲気で、
何か言いながら二階に上がってきた。驚いて聞いてみると、二人とも
大好きで贔屓にしていた、福井県あわら市の温泉旅館べにやが火事とのこと。
結局、全焼で、全てが燃え尽きたらしい……

癌治療の副作用による極端な筋力低下が、塞翁が馬で、僕の筋力増強の努力を促して、
長年苦しんでいた、腰痛、肩こり、腱鞘炎の全てが解消し、最後に残った、カイロプラクティックで
痛めた頚椎の問題も、かなり改善してきたため、僕は、温泉に行きたいという気持ちが無くなってしまっていて、
べにやにも、かなりご無沙汰していた。

パートナーは、僕より温泉好きなので、近々、べにやに行きたいと言っていたので、そのつもりでいたのだが、
その矢先に、この火事…

実は、少し前には、以前は、良く買っていた古川町の八百屋さんが火事で全焼。

あまりに酷いことが、知り合いに続けて起きてショック…

特に、べにやは、湯については、他の宿でも良い所があるが、食事に関しては、
連泊して、嫌なおもいをしないのは、僕の経験では、ここしかなかっただけに、
そういう宿が火事で燃え尽きてしまったのは、非常にショックだった。

もう一つの好きな宿として、朝食で有名な、Y温泉のK亭がある。
こちらの湯は、かすかに硫黄臭がする高温度の塩泉のべにやの湯とは
正反対の湯だが、そのローケーションと湯の加減は、絶妙で素晴らしく
気持ちがいい。

それで、以前は、時々、お世話になっていたが、何度か行くと、二日目の夕食の
ことを考えると、少し憂鬱になるところがあった。こちらは、夕食も創作料理風で
本まで出ているのだが、実は、何時行っても、ほぼ同じ様なものしか出ない。

あまり多くの宿を知らないが、これは、どこでも同じ様におもえる。

ところが、べにやだけは、何時も工夫があり、同じものが、まず出ない。

創作料理の様なものは出ず、伝統的な和食なのだが、何時行っても、
これ初めてだ、というような料理が出るか、以前食べた記憶が
あるが、丁度、また食べたいなと思っていた様な料理がでる。

僕等の旅行は、観光が目的でなくて、温泉に入るのが目的だから、湯と料理が
よければ、同じ宿でよい。それで自然に、べにやにばかり行く様になった。

最初にお世話になってから、多分、10数年、もしかしたら20年近くたつのではないかと
思うが、その間に、明らかに板長さんが変わっているのだが、その際に、料理の
スタイルと品質が変わらなかった。これも驚くべきことで、ここの以前や今の板長さんが、
京都にお店を出したら、評判になるだろうと、何時も思っていた。

朝食でさえ、連泊しても「今朝の朝食は、なんだろう」とワクワク感のある、
知る限り、他にはない宿であった。

まあ、大金持ちには、程遠い学者なので、多くを知らないのだが、それでも、
この宿だけは、特別だ、他には絶対にない温泉宿だと、自信を持って言える。

女将さんも社長さんも、本当に、大変だと思うが、何とか再建して欲しい。

そうしたら、直ぐに行こうと、パートナーと話した次第。

でも、本当に気の毒…


2018年2月20日(火曜日)

○○者と○○の人

カテゴリー: - susumuhayashi @ 04時21分59秒

かほく市の西田記念館からの依頼で行っている、西田「新」資料翻刻・調査のプロジェクトを実施するための膨大な書類を作っていたら夜中の3時を過ぎてしまった。締切は2月19日だったのだが、完成したのは、20日の未明。こういう締切は、1,2日の余裕は取ってあるものだし、かなり遅れる猛者もいるらしいから、僕のは、多分マシな方だろう。

それにしても、少し前までの京大の事務は、こういうことに非常に柔軟に対処してくれたが、大学改革とかいう、明らかな改悪のために、今まで奉職した大学の中でも、神戸大並のワースト大学になってしまった京大…。

実に嘆かわしいことで、これのツケは、これから露わになるはずだ。どうして、日本は、第2次世界大戦の教訓を生かせないのだろうか。暗澹たる気持ちになる…

ということで、寝付かれず、このブログを書いている。

3月に物理学史の稲葉肇氏と会って、最近考えていることを聞いてもらえることになった。そのための旅費の申請も2月19日がデッドラインだったが、こちらの方は、少なくとも日付が2月19日の間にメールを送れた。 :-)

これは、前にも書いた気がするが、岩波新書の「ゲーデルの不完全性定理(仮題)」で書く、新しい数学基礎論史観を、同時期の物理学史と、どの様に整合させるかという問題のために、色々な人の意見を聞いている、その一環。稲葉君は、僕のヒルベルト論文の草稿をちゃんと読んでくれた数少ない人のひとりだし、この物理学史とのすり合わせに使っている Quantum Generations という本の和訳者のひとりなので、意見を聞くには最適な人の筈。

僕の「新」史観のポイントは、数学基礎論史を、単独で見ることなく、その時代の文化史の文脈において見て、M.Weber の意味での近代化の一例として理解するということなのだが、そこまでやると、当然ながら、では、お隣にある物理学の歴史では、どうなのですか?、という疑問が湧く。

そういう質問があった場合に、ちゃんと答えられるようにするために、これをやっている。

ポイントは、○○者、たとえば、数学者、哲学者、物理学者、と、英語でいう、Men of mathematics、数学の人たち、の様なものを区別すること。

数学者、哲学者、物理学者、などという枠組で考えていると、19-20世紀に起きた変動を理解できないのではないか、というのが、最近得ることができた見解。

そうではなくて、「哲学的問題」、「数学的問題」、「哲学的手法」、「数学的手法」という、2×2の組み合わせjで考えるべきではないか、というのが、僕の史観のポイントで、そうすると、ヒルベルトは、「数学に関する哲学的問題」を、「数学的手法」で解決しようとした人、と理解できる。

こうすれば、彼の無名の若き日の哲学紛いの日記のアイテムと、哲学者を見下す1930年のケーニヒスベルグやハンブルグでの講演の内容が整合性を持つ。

…と、こんなことを考えていたら、以前から、違和感のあったことが何となく腑に落ちるようになった感じ。

もう、遅いので、また、眠くなってきたので、続きは、明日!


2018年1月24日(水曜日)

最終講義?

カテゴリー: - susumuhayashi @ 17時00分40秒

来年度末で、京大を定年退職になる。その事もあって、来年度から、僕が唯一の教員である情報・史料学専修と、同じく、教員一人のみで、その教員の杉本さんが、
再来年度末で定年退職の二十世紀学専修が合併してメディア文化学専修になる。

科学哲学科学史専修の伊藤さんも言っていたが、現代文化学系(専攻)に、二つも「一人専修」(教員一人だけの専修)があって、良く長年なにも起きなかったものだ。
一人だけの教員が、病気や怪我、あるいは死去などということになると、一人専修は本当に大変なことになる。

教員2名体制になり、これでちょっと一安心という所。

ただ、僕は来年度最後なので、杉本さんには悪いが、講義などで、少し楽をさせてもらっている。特に、二つもやっていた特殊講義を来年度はしないことにした。

実は、この特殊講義が、僕の研究の原動力で、京大文に転職した後に、物凄く研究が進んだのは、これをやっていたから。

つまり、講義をすすめるためには、どうしても研究しないといけないという風に自分を追い込むためにやっていた。さらには、講義の参加者からの質問・コメントなどが、非常に役立った。

しかし、兎に角、しんどかった。亡くなった、哲学史の小林道夫先生が、大阪市立大学から京大文に定年前に移ったことは、大変にしんどかったと仰っていたが、これも同じことだろう。
京大文で特殊講義をすると、一種の真剣勝負のようになる。

西田、田辺なども、同じようにして、研究を進めていたらしい。少なくとも、僕が長年研究している田辺の場合は、講義ノート(メモ?)から、自信をもってそう言える。
金3の田辺演習で、先日まで読んでいた昭和9年の講座の秋くらいの部分は、明らかに種の論理が形を成し始めているのが見える。ただし、出版されたものとも微妙に違っていて、
理論が形成されていくところが見えて興味深い。西田の宗教学と倫理学の講義ノートを現在プロジェクトを組んで翻刻しているが、こちらは、特殊講義ではないようで、
それもあって、田辺のものより整然としているが、それでも西田の思考の努力の跡が見える。

ただ、僕が、特殊講義を「利用して」研究をしていたのは、西田や田辺の様な京大文の大先輩たちを真似をしたのではなくて、
京都学派の研究に手を染める前の主な研究対象だったヒルベルトの真似。ヒルベルトの講義資料を読んで、
なるほど、こうやって講義しながら、理論を作って行っていたのかと感心して、それを真似た次第。

それが許される、というより、原則としては、そうしないといけない特殊講義というものがある京大文に10年以上に渡って在職できたのは、実に幸運だった。

80ページを超える論文を書きながら結論が書けず、塩漬けにしていたヒルベルトの初期数学思想についての論文も、この京都学派研究を通ったお蔭で、漸く結論が書けそうな状況になっている。

しかも、幸運なことに、その内容を公表する絶好の機会が巡って来た。僕が、数学史の研究のベースの一つにしている、数学における modernism 研究である
Plato’s Ghost の著者の J.Gray 氏が、来日されて応用哲学会でシンポジウムをするので、僕にも話してほしいとの依頼が、名古屋の久木田さんから、極く最近あったのである。
これは、実に、願ってもないタイミングで、大変、ありがたいので、すぐに引き受けた。この講演で、僕の歴史観の最初の紹介をすることになる予定。

ただし、そのためには、ヘルムホルツやエミール・デュ・ボア=レーモンの様な自然科学者と哲学との関係を押さえる必要がある。これが、どの様にヒルベルトの哲学との関係の取り方と違うのか、
それへの理解を整理しないといけない。そのために、色々な人の意見を聞いているのだが、ゲーデルの1960年ころの歴史観における「数学だけはイデアの学問なので、自然科学とは異なる」
という意見と、非常に上手くマッチする結論になりそうだ。

というような、ことをやっていたら、先日、Gabriel Finkelsteinさんから、エミール・デュ・ボア=レーモンについてのメールが、3年ぶりに来たわけで、これも、あまりのタイミングの良さに驚く。

京大文の在籍期間は、この様な在り得ない幸運の連続であり、正に、有難いことだった。

とは、いうものの、その有難い状況は、特殊講義を中心に、講義のために懸命に努力せざるを得ない状況を作り続けていたから生まれたのだろうと思う。
セレンディピティを能力だと言うと、オカルトになるが、反セレンディピティ能力というものがあって、
その能力がないことをセレンディピティ能力であると定義すると、これは自然なものとなる。

反セレンディピティ能力とは、「そんな話あるわけない」、「そんな大変なことできない」と言って、目の前にある重要な資料やアイデアややるべき仕事を、
最初から、見もせず、やりもせず、スルーしてしまう能力のこと。こういう能力を持つ人には、実によく出くわす。つまり、実は、奇跡みたいなことは、
我々が思っているより、日常的に、我々の身辺を通り過ぎているのだが、それを自分で見ないようにしているから、
多くの人には、それが「在り得ない」と見えるのだ、というのが僕の見方。
この動画のゴリラの様なもの。 :-D

この様に考えるようになったのは、Cコンビネータと、Curry-Howard の関係が目の前にありながら、それを発見する、それ以上はない位置につけていながら、
「そんなバカな…」と見過ごしてしまったという経験をしたことが大きい。つまり、誰よりも反セレンディピティ能力を持っているのが自分だ、
と気が付いて反省して考えを変えた。それがよかった。

まあ、いずれにせよ、そういう「有難い」特殊講義の最後の回が、今週で終わった。ある意味で、最終講義で、悲しいかと思いきや、何か、肩のあたりが、スーッと軽くなった。

はあ―っ、もうこれで、あの苦行も終わりだ、と思って、自然に、そうなったらしい。苦しいから前進できるのだが、しかし、若い時のような体力がなくなっているので、
徹夜が無理なので、時間的に追い詰められることが増えてきて、すごいストレスになっていたのだが、それが突然消えたので、「すーっ。はあーっ。ほっ!」となったらしい。 :-)

で、定年はまだなのだが、亡くなった山口昌哉先生が、「林さん定年はいいもんですよ」と仰っていた事の意味を、漸く、実感として感じる。

特殊講義に割いていた膨大な時間を、今度は、今までの研究のまとめに割くことになる。まずは、岩波新書、そして、応用哲学会の講演の準備、先日の京都哲学会の「田辺元と西谷啓治」の論文も、
まだまとめていない。翻訳も二つあるし、それより、Gray 氏が見えるまでに、ヒルベルト論文の結論を書かねば。これに西田プロジェクトと、科研費萌芽、SMART-GSの最終まとめと、
橋本君のみんなで翻刻への機能移植など、やること一杯。

でも、僕の時間の半分は占めていた特殊講義の準備が無くなるので何とかなるだろう。


2018年1月22日(月曜日)

風邪が漸く治る!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 03時37分30秒

先々週の土曜日、朝起きたら咽喉が酷く痛かった。

これから始まり、体温が急激に上下し、最低で35.9度、再考で36.9度と変動し、胃腸も不順で下痢も伴い、もろもろの風邪の症状に1週間以上苦しんだ。

10日近くたった、今日、漸く、風邪から脱したという感触。

この間、連れ合いが、得意とは言えない食事の準備などしてくれた。

すごく嬉しい。ありがとう!!

エクササイズをする様になってから、長引く風邪は無かったのだが、今年の風邪はなかなか手強い。

学生や事務の方たちも、同じような風邪をひいているらしい。

先日は、総務掛のドアを開けたら、一斉に振り向く3名の方が、皆、マスクだった。 :-(

話しは変わるが、家の前の寮の桜が4本、切られてしまった。勿体無い!!

我が家の庭では、古家を買ったときは、小さかった桜の木が、今は、巨木になっている。

うちの桜は、何時まで元気でいてくれるのだろうか。

できるだけ、長く、咲き続けて欲しい。


2017年12月27日(水曜日)

放送大学インタビューの収録

カテゴリー: - susumuhayashi @ 00時49分06秒

26日午後は、放送大学青木久美子教授の「日常生活のデジタルメディア」という講義の
最終回のためのインタビューの収録。

以前だったら、放送大学の事情を見るのに良い機会だと、東京にイソイソと出かける所だが、
最近、色々と忙しいこともあるが、出不精になっているため、京都まで来ていただいて、
僕の研究室で収録。

大阪から来ていた撮影スタッフの方たちが組み立てている照明が、目に飛び込む!

群馬大の田辺元史料には、原稿用紙を半分に折って裏表両面を使うノートにしたものが、
かなりの数あるのだが、広げて撮影するのだが、原稿用紙は、結構広いため、
光のムラなく撮影するのが難しい。

人間の目には、なんらのムラも見えなくても、プロにフィルターをかけてもらおうとすると、
「人間の目では確認できないような光ムラのためにできません」といわれることが
多々ある。そのため、なんとか京都から群馬まで携行出来て光ムラがない照明を求めて、
もう随分沢山の撮影用照明を試したが、未だに、理想の照明器具が見つかっていない。

それが、今日(26日)の撮影のために使われたライト(?)では、LEDが数百ほどならんだ
板の様なものが使われていて、スタッフの方に聞くと、肉眼では認識できない光ムラのことを
ご存じで(さすがプロ!)、この機材だと、そういう光ムラなく撮影できるとのこと!!

それに、それほど重くもなさそう。値段も十分買える範囲。

京都で売っている所の情報を後で送っていただけることになり思いがけない収穫だった!

インタビューの方は、青木先生とも、制作の責任者の園田さんとも、
僕の話を面白いといってくださって、色々と共感してもらえたので、大変楽しかった。

実は、僕の話は、かなりの確率で、意味を理解してもらえないことがある。
特に機械系などの、工学部生え抜きの様な人にはなかなか理解してもらえない。
それどころか反発を受けることも、以前は、良くあった。
まあ、少し語弊があるが、「オジサン」に話すと反発を受けることの方が多かった。

そういう中で、共感してくれる人は、建築とか、デザイン関係の方、
アメリカで教育を受けたり、仕事をした経験のある人に多いのだが、
青木先生は、アメリカでの教育と、教職の経験をもつひとだった。

園田さんは番組制作の方だが、これはデザイン関係の人と同じなのだろう。

それに、お二人とも女性で、兼業主夫である僕としては、現政府が進める女性の
社会参加の関係の話でも、共感してもらえたみたいだった。
#締切が幾つも重なる時、大学での仕事を終えて家に帰り、
#夕食の準備をして、その後、また、仕事にもどるのは、
#体力が衰えて来た僕にとっては、かなりつらい…
#50代位までは、そういう時には、睡眠時間を1,2時間に切り詰めて、
#場合によっては0時間にして乗り切っていたが、残念ながら、もう
#やれなくなっている…
#そういう仕事が、ジェンダーだけで担い手が決まるのは、実に変だ!
#ちなみに、我が家の場合は、ジェンダーではなくて、スキルの差で決まっています。 :-D

今日みたいに、面白がって、共感してもらえると、大変嬉しいため、
例によって、ちょっと喋りすぎた… 

僕は、おばさんみたいな性格で、おしゃべり大好き、な人で、喋りすぎて、仕事をしたいパートナーに煙たがられている。 :hammer:
反省…

この投稿を書きながら、メールをチェックしたら、撮影スタッフの方から、
照明を販売している会社の詳しい情報が来ていた。感謝!!!
:-)

今年度も、そろそろ予算の執行の締切が近づいて来ているので、
明日にでも電話してみよう。まだ、営業しているといいのだが。


2017年12月26日(火曜日)

早朝セミナーと京大らしくない京大

木曜日に産官学連携本部の菊川さん来訪。RIETIのPDP「AIと社会の未来」を見ての来訪とのこと。

京大オリジナルという株式会社ができるが、その事業のひとつが一般向けの講義シリーズで、丸の内に努める30代、40代の人たちをターゲットに、早朝7時台からの4回ものの講義の依頼。

内容は、必ずしもAIでなくてもよかったらしいが、多分、それが一番受けると思い、昨年度の特殊講義でやったAI論をベースにして、現在のAIの実相を暴くというテーマで講義することなった。

パートナーに、「私は70歳まで働いたのだから、あなたも70歳まで働きなさい!」と指令を受けているので、来年度末の定年退職を見据えて、以前だったら断ったかもしれない、東京での講義を引き受けた :-?

グーグルのネコ、東ロボ君、AlphaGo、オズボーンたちの失業予想、など、マスコミで話題になっているものの実相を暴き、最後に、RIETIのPDPで展開した「AIによる能力格差拡大とその社会的意味(危険性)」について話す予定。

この内容ならば、話すことに、それ程違和感はないし、丸の内あたりに勤務している人たちに聞いてもらって、実体の無い日本のAIブームの危険性に気づいてもらうのは良いことだろう。

しかしながら、このテーマに落ち着くまでに、かなり紆余曲折した。その理由は、菊川さんが説明してくれた(株)京大オリジナル、そのものへの僕の違和感。

菊川さんは、京大らしさ、を出したいというので、僕を選んだというが、僕のどこが京大らしいのか不明。

僕の持つ感じでは、京大らしさ、すくなくとも京大文学部らしさというののひとつは、講義の初日に教室に行くと、どう見ても学生には見えない年配の人が前の方に陣取っていて、
講義の前やら後に、自己紹介をしてくれて、文学部の学生ではありませんが、講義を聞いていいですか、と言われること。
以前は、これが、よくあって、お礼だとかで、宇治の茶団子を頂いたりしていたのだが、最近は全く無くなった…

下手をすると、茶団子一包で、わいろだ!などと騒ぎ立てられかねない時代になっているので、当たり前か。

そして、京大オリジナルという会社を作るということは、こういう自然発生的な大学の社会貢献まで、大学オーソリティがコントロールして、収益システムの一部に組み込もうということ。

それが菊川さんが見せてくれた、京大オリジナルなどの資料から透けて見えて、「何でこれが京大らしいのだ?!」という違和感を覚えた次第。京大の京大らしさは、
そういう「権威」を突き抜けるところにあるような気がするのだが……

そのため、菊川さんとの会話の中で「今の京大は、もっとも京大らしくない大学だ」という意味のことを言ったが、この人は動じなかった… なんでも東京の大手保険会社からの出向らしい。

本当に京大は変わった…


2016年7月27日(水曜日)

Google 東京オフィスなど

産業総合研究所の人工知能の社会インパクトプロジェクトの一環で、TensorFlow など、Google の機械学習への対応の話を伺うために、Google 日本オフィスのGCP(Google Cloud Platform)部門を訪問。佐藤一憲さんから色々教えて頂く。パロアルト的立場からは、実に自然な流れであることがわかり納得。大変良い方向に進んでいるという気がする。ただ、これは「機械が職を奪う」という方向に繋がらないとも限らないと言う懸念も抱く。少数の機械学習の「職人」+マシン(AI)が、多くの「職人」を代替する可能性がある。

この時、MITのAutor教授が言うような、別のセクターの職がどれだけ生まれて来るのか、それが問題。Autor氏の主張では、アメリカの農業労働人口が劇的に減少したかわりに、工業の労働人口が爆発的に増加したわけだが、この工業セクターでの労働人口にあたるものが、まだ見えない。それが Autor 「理論」の弱いところ。果たして何か、生まれるか…

この訪問の前に、僕の研究室の出身で Google で働いている清水君と会う。Google Culture Heritage の相談で、京都に来てくれたのが、もう数年前で、それ以来。

彼との話で面白かったのが、サンフランシスコのイメージの、清水君と僕とのズレ。清水君によると、最近、サンフランシスコについての歌を聞いて、その歌詞にサンフランシスコが、ロマンチックな場所の様に歌われているのに違和感があったらしい。僕は長らくサンフランシスコを訪問してなかったので、分かってなかったが、どうもアジアの沸騰都市の様になったサンフランシスコは、2000年代に始まったらしい。だから、清水君は、それしか知らない。

そのために、10階建て以上の建築など、殆どなかったサンフランシスコの風情は、清水君には無縁のものらしく、それで僕などが抱く昔のサンフランシスコのイメージに「なぜ?」と思うらしい。世界はすっかり変わってしまったことに、今更ながら思いを馳せる。

Google 訪問の後、私用を済ませた後、岩波新書の編集長の永沼さんと会って、随分前に依頼された新書の書き方の変更を相談。思いがけず、面白いと言ってもらえたので、その方針で進む。僕も、定年まで後、2年と少ししかない。アカデミズム一辺倒の姿勢から方向転換をすべき時期だろう。


2016年5月31日(火曜日)

今日も不如帰忍

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時46分14秒

今日もホトトギスの鳴き声。

今夜は昨年つけてもらったインナーサッシを超えて聞こえた夜半の鳴き声。

ということは、かなり近くで鳴いたか?
鳴き声の方向からすると、最初は、うちの桜で、
次は裏山か?うちの桜なら珍しいことだ。

一つ前の投稿で、

>この4か月(5か月かも)ほど、最も時間を割いていたことに、
>一応、今日で目途が立つ。

と書いたが、「一応」を入れた様に、懸念があったのが、
顕在化。(^^;)

本当に、退屈している暇がない…
#このフレーズわかる人、どれくらいいるかな?
#ハハ。(^^)

おっと、また、ホトトギス。
これは例年通り裏山から。

初夏が近いか。


2016年4月27日(水曜日)

アオバズク

カテゴリー: - susumuhayashi @ 00時20分54秒

今日は暑い位だったので、締め切っていた僕の書斎は28度まで気温が上昇。
夜、窓を開けて冷気をいれていたら、アオバズクの鳴き声。
去年のブログを見たら5月なので、かなり早い。

ムカデも動き出していて、先日、戸外で一匹退治。今日は車につぶられたらしい死体を一匹発見(本当に大きなアカズムカデ)。

昼は、SMART-GS meeting。リリース用の変更が、すべて終了したことを確認。
橋本君がリリースビルドを自動生成し、大浦君がリンクしてリリースする予定。
そして、林が説明を書く。また、トンプソン君が、英語のVideo tutorial を
作成中。これは3ヶ月ほどかけて作る。

また、縦書き、TEI対応の新エディタのSMART-GSも連休明け位にαリリース予定。

説明案:
新機能:Line Segment Editor, 画像マークアップエディタの Redo/Undo、
Tesseract-OCR の呼び出し機能、MacOS上での外部画像サーチ、Reasoning Web の整備(未完)、
など。他には何が?


2016年3月27日(日曜日)

永井和先生の送別会

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時41分34秒

未だに、忙しさは続き、岩波文庫の修正など書けていない。

その中で、今日は、永井和先生の送別会。
永井先生は、僕と同じ京大文学研究科現代文化学系の教授なのだが、
今年度で定年退職。

同じ現代文化学系で次の定年退職は、僕。(^^;)

これから現代文化学系は、定年退職が続き、本当に大変。
若い人たちに申し訳なく思うと同時に、まあ、これが現実ですね、
という気持ちもある。

永井先生は、京大文学部情報・史料学の公募に応募して、最初に
コンタクトした文学部の方。

大変良い方であり、SMART-GSプロジェクトを、実質的に生んで
下さった方(永井先生の存在がなければ、僕は、SMART-GSプロジェクト
はやってない可能性大!)なので、感謝の念しかない。

永井先生の期待に応えられるべく、SMART-GSプロジェクトをすすめたい
ものである。

みなさん、よろしく!


2016年1月15日(金曜日)

復帰!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 03時04分45秒

前回の投稿から、2ヶ月位のブランク。

最大の原因は、体調不良だが、その最大の原因が、意外なことに歯にあることが、
かかりつけの耳鼻科の先生(名医です。林以上にユニークですが(^^;):石川耳鼻科、東山区、京都)の
お蔭で分かり、これも日本のシステム外といえる保険診療が、あまり効かない歯科のクリニックを見つけて(この人も
凄いみたい。まだ、診てもらって浅いので、断定はできないが)、そちらに通い、今までの不調の原因の、
かなりの部分を解消できそう。

これにより、日本の保険システムがもつ、矛盾点を明瞭に認識できた。NISTEPに残留していてたら、
これで一つレポートが書けそうな話。ただ、そうなると厚生労働省との兼ね合いが難しいかも…
#こういう気遣いが必要なことが、日本の統治機構の最大の弱点!!!

今は、どうなのだろう?霞ヶ関も、かなり変わって来たという印象を経産省の「稼ぐ力」の担当者にお会いしてから、
感じているが、このセンスが、もし霞ヶ関全体に広がっていれば良いのだが…
#10年弱前の僕が知っている「官僚」は、皆、ネクタイをしていた。でも、稼ぐ力の人たちは、
#皆、ノーネクタイだった。この変化が、本質的ならば良いのだが…
#霞が関の最大の矛盾点は、奇妙なまでの等質性だから。
#規格外も、良いものだとおもえれば、認めて欲しい!!


2015年7月30日(木曜日)

まだまだ忙しかった日々

カテゴリー: - susumuhayashi @ 16時45分10秒

7月は今日まで全く投稿していない…

最近、歳を取ったためか、あまり投稿しなくなっているが、まあ、忙しいのもある。

僕は講義を通して研究をするタイプで、今年は、一般講義で、ピケティを取り上げて、ピケティが指摘してなかった「所得格差の拡大の理由」を、下1%の格差(ピケティの格差)と同様にバベッジ原理に求め、ただし、それに1960年代の理論である、managerial revolution (つまり、もう成し遂げられてしまっている革命)を組み合わせて、上1%の(資産でなく)所得格差の増加を説明し、また、ITの影響もある、というようなことを考えて講義したので、色々と調べるために随分時間がかかった。

これに比べれば、最初は、大変だと思っていた「ITと哲学の相即」という特殊講義は、それほどしんどくなかった様な…これは、予定していた、Page rank と Scheler の実質価値倫理学、ユクスキュルの Umwelt とロボット制御(サイバネティクス)、Winograd さんのデザイン概念と Sein und Zeit の話をする時間が全くなったためが大きい。これらを全部、詳細を押さえながらやると大変な講義となったはず。(とは言いながら、これは、どう考えても欲張り過ぎ。半期でできるわけがない…計画をたてるときには、つい欲張ってしまう。)

また、科学哲学・科学史から日本哲学まで、分野の分布が広かった学生さんたち、特に英米系哲学風思考の影響がつよい人たちが、講義の基礎的部分をなかなか理解できず、説明していたら、中々進めなかったのもある。驚くべきことに、哲学の学生さえ、西洋哲学の基礎であるプラトンとかアリストテレス、近世の伝統論理学を知らない。それを丁寧にやっていると、凄く時間がかかった。問題は、古い世界観の理解というより、それと近現代の物理学的世界観の思考法との差を理解してもらうところ。これが案外難しい。

というわけで、大変だったのだが、前期が終わりに近づき、段々と授業が最終回を迎え始めてからが、またまた忙しかった。

先週は、東京で、九大の安浦さんが総括のJSTさきがけの面接選考会。朝から夕方まで面接で、本当に大変。これは、大体、3年で3千万から4千万円を標準にして、若い研究者に個人研究費を渡して、研究室のしがらみなどもなく自由に研究してもらい、次世代の中心的研究者に育てようと言うもの(と僕は理解している)。だから、日本の研究費では珍しく、自分で自分を研究費で雇用できるようにもなっている。(もっとも、これをやる人は滅多にいないのだが…)

で、その場では、「この研究は、もうすぐ実用化するのではないか、そうなったら採択しても途中でパロアルトあたりに引き抜かれるのでは?、いやいや、そうなったら、むしろ成功だ。」「この研究分野だと一事例でも億単位だから三千万四千万では全然足りないのでは?、いやいや、基礎研究をターゲットにしているので十分やれるでしょう」、というような、議論をしていたのだが、京都に帰ってきたら、土日は、工繊大での西田哲学会で、一挙に別の世界。

僕も「西田・田辺・西谷の「論理」」という題で研究発表をさせてもらったが、全然、準備が間に合わず、PowerPoint ファイルに至っては、発表時間直前に会場についたタクシーの中で完成する始末(なぜか、USB3.0の外付けSSDが認識されず非常にあせった。今から考えれば、省電力モードにしていたための可能性が大。JSTにカバンを忘れてしまい、それに入れていたACアダプタを新幹線で使えず、東京からの帰路は省電力モードにしていて、それをそのまま忘れていた。)。

資料作成も大変で、この週末は、ひどい睡眠不足という状況だったのだが、発表に対して、関西学院大学の嶺秀樹さんや名古屋大学の米山優さんから、僕が提示した「西田の限定に田辺が言うような否定性が本当にないのか」という問題に、非常に良いコメントをいただけて、後期の特殊講義に向けて、大成果。前日に懇親会で名誉教授の片柳先生と話したときも同じようなコメントをもらったのだが、要するに、西田の限定には、何らの制約もない、ある意味では田辺が想定していた否定以上のドラスティックな変化も受け入れるものということらしい。これは、種の論理への反論が「論理と生命」であるように非常に納得。生命とまで持っていかれると、田辺的な政治・社会の問題はぶっ飛んでしまう。

ただ、田辺の視点からすれば、そこにこそ問題がある。西田的に、そこまで「悟って」しまうと、田辺が欲した「この現実の歴史・社会・政治に対峙する哲学」は、どこかに消えて行ってしまうのである。つまり、「こんな社会問題があります。大変ですよ!!」と議論しているときに、「いやいや、恐竜の絶滅を思い出しなさい。小惑星の衝突である日突然人類は滅びる可能性もあるのです。それを思えば、そんな問題など…」という議論をしていることになりかねない。政治、社会などの問題を自分が取り組む義務と感じるに人には、はぐらかされている、としか見えない。

西田を読んで、たとえば、岩波講座「哲学」(昭和6年より)の「歴史」という西田の文章が、実は時間論で、最後のパラグラフになってようやくランケへの言及がでてきて、本当は歴史でもなんでもないことに非常に強い違和感をもった。歴史を真剣に考えたら、そういう文章は書けない。

また、田辺の種の論理への反論のタイトルに、何故か、「論理と生命」というように「生命」が入っていしまうことへの違和感を以前から感じていた。

そういうことなどが、以前から、非常に、モヤモヤしていたのだが、嶺さんと米山さんのコメントで、漸く、その原因を納得。西田の様な立場で世界観を構築されてしまうと、社会科学的観点とか、現実の社会にコミットしようとする立場は台無しになってしまう。西田哲学は、実は、それに対する冷水なのである。(実際には、野中経営学など、そうでなく良いアイデアの源泉になっている例が多いのだが、それは「応用」している人たちが勝手に自分の都合が良いところだけを読むからだ。そういう「懐が深い」ところが西田の思想にはある。)

要するには、これは禅僧が、幕府など武士という武力勢力の庇護を受けながら、平穏に暮らすようなもの。これこそが、田辺の西田への最大の違和感であったのではないかと僕は思っているのだが(もちろん、田辺も、そういう僧院にいる。帝国大学教授なのだから。「しかし、だから、こそ」という気持ちが、明らかに田辺のテキストから読める。どれだけできたかは別としても。それが僕が西田より田辺に好感をもつ理由になっている)、その僕の印象に『ダメ押し』をしてもらったような感じがしている。

つまり、あまりの自由、あまりのカオスの許容は、実は、現状肯定への道になるということ。仏教、特に禅宗などは、常に、この道を通っていると僕は思う。同じような印象を抱いたのは、西谷が戸坂全集に寄せた文章で(著作集21巻、p.132)、戸坂君東京で活動していたころ、西田先生が、戸坂もああいうことでなく科学哲学をやればよいのだがと仰っり、その時の自分は同意したが、(昭和40年ころの)今の自分は、それは違うと感じる。あれも、つまり、マルクス主義にかかわり、戸坂は検挙され、2度投獄されたが、それも、戸坂君らしいことだと感じる、という意味のことを書いている。

戸坂は、マルクス主義にかかわり、検挙され、2度投獄されたが、二度目の入獄(要するに自分で監獄に入りに行ったらしい)の直前に、親友西谷に会いに行った。この二人、政治的立場が両極端ながら、余程、仲が良かったのだろう。そして、「いよいよ入獄する、しかし間もなく出てくるから、また会おう」と東京の戸坂からの葉書が来たが、彼は帰らなかった、と西谷は書いている。戸坂は昭和20年8月9日に政治犯として劣悪な環境の牢獄で病死した。西田は、同じ昭和20年6月7日に亡くなっている。

この件に最終的に気が付けたのが、今回の西田哲学会にわざわざ入会までして発表した最大の収穫。これで、西田・田辺・西谷の哲学の比較という、僕の今やっている研究の一つに最終的な目途がたった。

また、前の日の懇親会で、随分ご無沙汰としていた上智の田中先生、親鸞研究センターの名和さん、常滑の谷川の会の森口さんやらとお会いできたのも良かった。また、嶺さんが、京都学派アーカイブが役立っていると言ってくれたのは、凄くうれしかった。名和さんが、学習院の西田史料の調査に照合元として使ってくれたりという事例があるにはあったのだが、例が少ないので、本当に役立っているのだろうか、と作ってはみたものの「不安」だったのだ。久しぶりにお会いした田中先生にも褒めていただけて、やっぱり作って良かったな、という感じ。 :-)

ああいうものは、縁の下の支柱のようなものなのだから、一つ一つの事例では、軽く、役立てば十分。しかし、長く、じわじわと役立つようにしないといけない。そうすれば作った意味がでてくる。西田哲学会の懇親会で、すくなくとも3名の人からアーカイブについて聞けたことは(中嶋君をいれると4名か!でも、中嶋君は「身内」すぎる)、十分に役立っている証拠と思ってもよいだろう。

と信じたら、正直の所、かなり「くたびれていた」心が元気になって、新アーカイブ構築の意欲がわいてきた。ということで、頑張ろう!中井正一と大島康正も入れるぞ!

というような、日々を過ごしている間に、さらにもう一つ、メガトン級の仕事が落ちて来たのも、忙しさがさらに増幅された。

6月の終わりころに、旧知の中馬さん(現成蹊大学、元一橋大学イノベーションセンター教授)から、経済産業研究所RIETIで、AIの社会インパクトの研究プロジェクトが始まり、自分が一つのグループのリーダーとなるので、林さんも手伝ってくれ、との依頼が来た。

この問題は、この数年講義のテーマにしていて、凄く気になっている問題だったので(情報・史料学専修という研究室は、ITの社会的影響を考えるというのが、主な目的である教室なので、この問題を逃したら、存在の意味がない!)、忙しくて、もう無理ではとは思いつつも引き受ける。

ただ、物凄い誤算だったのが、これがRIETIの所内プロジェクトで、そのために霞が関スピードで、物凄い速さで事が進むということを理解してなかった点。
#誰だったか忘れたが、マスコミに良く出る人が、霞が関は実は「官僚的でスロー」などといのはうそで、すさまじいスピードで事が進む、
#と書いていたのを本か、新聞か、WEBで読んだ記憶があるが、これは、僕も賛成。進むときとは、進む。ただし、ブレーキが別に存在する。 ;-)

さきがけの選考会の最後の日の28日(日)には、もうプロジェクトが内定して、9月から動くことになってしまった。来年4月以後だと思っていた僕は大慌て。

また、この内定に向けてのヒアリング用資料の原稿が中馬さんか何度も飛来して、実際に、何をすべきか等考えていたら、結構時間をとった。

結局、前期が漸く収束しかけてきたころから、さきがけ、西田哲学会、AIの社会インパクトについてのRIETIプロジェクト、さらにはSMART-GSの開発や(これを書いている今日は、プログラミングをやっている)、古地震学などの科研費関係のデジタル・ヒューマニティの話、と、自分でも良く色々やるものだと思うが、実は、これらは全部繋がっている。だから、こそ大変なのだが…

で、長くなったので、投稿を変えて、RIETIプロジェクトについてちょっと書く。
#これは研究室の学生さんや、科研費プロジェクトの仲間たち、SMART-GS チーム、その他の関係者の人たちへの
#言い訳でもあります。SMART-GS チームの人たちには、水曜のミーティングの際に、直接、予定より減速するかも、
#と言い訳(謝罪)しておいた… しかし、このプロジェクトや、凸版のOCRとか、中京大のプロジェクトとか、
#実に、イベントは、向こうから波の様に押し寄せて来る。まあ、そういう時が、研究者としては幸運・幸福な時。
#こういう時には、波に流されなくてはいけない。これは「時流にながされる」のとは全くちがう。


2015年6月18日(木曜日)

猛烈な忙しさと厚切りジェイソンさんの正論

カテゴリー: - susumuhayashi @ 11時28分54秒

今日締切のレビューが山の様にあるのだが、午前中は木2の出席・課題提出確認のための作業で費やす。
考えていた方法だと、ある種のセキュリティー・ホール(といっても学生が他人の出席状況をわかってしまう
可能性が、数名分だけあるというだけのことなのだが。それも相当意図的にやらないと無理)があることが
わかり、これを解決する方法を考えていたら、随分と時間がかかってしまった。

で、もっと大変なレビューの作業の方にかからなくてはならない。
大体全体は見ているので後は細かいところと、一回読んだだけでは良くわからなかった提案書を分析する、
そして、全体のコメントを書いていくだけで済むので、何とかなるのだが、兎に角、量が多い。
ファイルを開くだけでも時間がかかる。

その作業の前に、ちょっと一休みと思い、少しWEBを見ていたら、IT Pro の、この記事を見つける。
アメリカ人でお笑い芸人もやっているジェイソン・ダニエルソンさんのインタビューの後半だが、前半を含めて、
正論ばかり。僕がNISTEPの客員研究官時代から言っていたことと同じことなので、こういう人がいると、
変な共感というか安心感みたいなものを感じる。ただ、一番、そうだよね〜と思う点が、

 何か話し合っている間に、他の国に追い抜かされるだけなんですよね。グローバルではやっていけないと思っている、日本は。もうダメです。

だったり、最も共感したのが、

 変えたいんですけど、個人で何ができるのかを考えると、ほとんど日本については諦めています。一人が説得できるようなものではありません。

 国自体で、「こんなに意思決定に時間をかけすぎている状態が続くとダメになっていく」と自分自身が気づくまでは、何もできないと思っています。

という点なのは、本当に嫌な感じだ。「あるソフトウェウア工学者の失敗」で書いたのと同じなのだが、
これの結論は、しかし、教育にかける、若い世代にかける、ということになっている。
僕は日本人だし、教育者だから、諦める自分を許せないので。

でも、素直に現状を見ると、ダニエルソン氏と同じ気持ちになる。
それを立場とか、価値観で、自分を奮い立たせている。
#これが価値というものの最大の利点。(ただし、下手に動き始めると、
#それ故に、最も怖いもの。)

記事を読んでいて、最後で非常に落ち込む。記者が、

 同氏の言葉を聞いて「それはあまりに極論では?」「見方が少し偏っているのでは」といった印象を受けた方もいるかもしれない。

と書かれている。実際には、「IT Pro を読む人のかなりの数が、ダニエルソン氏の意見を極論として反発するだろうが」という意味のはずだ。
そう書くと反発されるので、こう書いている、と思う。僕も、そう書くことがあるので。

矢張り、駄目かな……

しかし、それでも!


2015年5月8日(金曜日)

アオバズク

カテゴリー: - susumuhayashi @ 01時51分28秒

おっ!アオバズクの鳴き声。
青葉の季節。


2015年4月28日(火曜日)

勘違いのグローバル人材育成

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時40分11秒

このブログは研究室の学生さんとか、講義をとってくれている学生さん向け、あるいは、「同僚」(英語のcolleagueの意味です)に向けて書いているのだが、時々、それを逸脱する。

今回は、それ。

原因は、昨日、ネット放送で聞いていたNHK第一のNHKの審議会か何かの報告で、NHKのテレビの番組に対する委員会の意見の報告を聞いたこと。

連続ドラマか何かについての歯の浮くような賛辞の後で、ETV特集「“グローバル人材”を育成せよ〜京都大学・改革への挑戦〜」という番組で「グローバル人材」の京都大学における育成について論じていたがグローバル人材の意味がハッキリ定義されていない、という委員からの指摘があった、というコメントが読みあげられた。

つまりは、予定調和で、シャンシャンと褒められるべきもののなかで、「えっ?!それ変ジャン!」というコメントがあったということ。

このコメントを言った「委員?」の人に好感と共感を感じる。

自分では京大の競争力を増したと誤解しながら、実は京大の良き伝統をボロボロにしてしまって、京大の真の国際的競争力を地に落とした松本体制というものは、
要するに、文系などの教養のもつ深みに対する松本紘前学長の無理解、無知がシンボライズするように、理系で名を成した人が増長して、
自分が自分の専門以外でも何某かのものだと誤解して起こしてしまうゴタゴタの典型。

同じようなのが松本さんが、その職を継いだ理研の理事長の前任者でノーベル賞受賞者の京大理系出身の野依さんなのだから、本当にため息しか出ない…

この国は、この程度の人たちが動かしている…

こういう人たちのメンタリティーが、日本の「失われたXXX年」の最大の原因なのだが、ご本人たちはそう思っていない。こういうのを理系バカという。

それが、この国の、悲しいいながら、最大の問題…

そして、僕は、それに対して、こういう嫌味を書く以外に何もできない…

若い人たちには、このノーベル賞級学者たちの stupidity から自由であって欲しい。

自由であってよいのです。こういう人たち時代の変化を理解できない老人たちは無視しましょう。

それが本当の意味で、この国を救うことに繋がるのです。

既得権をかたくなに守ろうとする年寄りなんか、単に無視!!!!

それでいいのです。未来を拓くのは、過去を否定する若い皆さんなのですから。


2014年12月9日(火曜日)

人文学者としてもう20年か…

カテゴリー: - susumuhayashi @ 12時39分35秒

月5の学部2回生向け講義「論理学の歴史」で,ラッセルにとって数理論理学がなんだったのか,ということを説明するために,何故,僕が最初は数学をやっていたのかという質問票への答を伏線として使い,そのために随分昔に書いた「世界をまるごと理解できるだろうか」を使おうと思ったらリンクが切れていた.気づくと,何個もリンクがきれている(Xoops のモジュールで管理していたのを忘れていたのが原因).で,古いHDDの内容を保存しているディスクで古いファイルを探し出しリンクを回復.

その中の一つに,「この5,6年,数学史の研究をしており,そちらの方が,本業の情報工学より中心になりつつある」という様な文章を見つける.で,これがなんと2000年ころ.ということは,もう文系の研究歴が素人時代をいれると20年になるわけだ.アマチュア時代が10年近くあったとは… 5年位だと思っていた.人文学者としては,まだまだ,駆け出しだと思っていたので驚く.僕は論理学の研究者として出発したが,論文を書き始めたのを学者としての起点にすると,たしか修士1年の夏休みのころだから,22才くらいかな?となると,ほぼ,研究者としての生涯の半分くらいは人文学者として過ごして来たことになる.驚き.ただ,プロになってからは,まだ,10年に過ぎない.やはり,まだまだ駆け出しだな.


2014年11月29日(土曜日)

京大時計台占拠!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 03時55分19秒

この「ブログ」は、基本的には研究や教育のことしか書かない方針なのだが、
時々、このルールを破る。今日は実に面白いことがあったのでルール破り。

インフルエンザの予防接種をするので、体力をつけておこうと、何時もは
食べない昼ごはんをカンフォーラの前の屋台に買いにいったら、熊野寮の
学生たちが時計台を「占拠」していた。これが何とものんびりしていて、
僕等が若いころの学生運動も、最近まで続いた松本体制も、全部、皮肉って
パロディ化しているようで何とも良い。特に熊野寮歌の下手さ加減が最高!
計算しているとしか思えない。

で、先日、公安警察と熊野寮の学生がもめたので、その関係かと思ったら、
どうも僕が知らなかっただけで、恒例行事らしい。

卒業式の仮装とか(仮想ではないが炬燵を卒業式会場に持ち込んで
オデンを囲んでいた学生たちの動画を見つけたときはパートナーと一緒に大笑い(^0^)。
なんという発想だ。そういうの大好き!でも、その能力を少しは学問の方に向けよ!!!!)、
入試の時の折田先生とか、京大の学生は実に面白くて、
そういう所が好きだ。でも、英語もう少し勉強してね…
#最後のは僕が担当している文学部英語Bに出ている学生さんや、僕の研究室の
#学生さんたちへのメッセージです。
##おや?最後はやはり教育に…


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