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2017年11月20日(月曜日)

RIETIペーバー完成とブログ再開

経済産業研究所RIETIのAIの社会影響研究のプロジェクトの成果である、ポリシーディスカッションペーバーの最終版を、漸く完成。

実は、すでにプロジェクトは終了しているのに、遅れていたもの。RIETIの担当者の方たち、特に小林さんには、本当に御迷惑をおかけしました。平にお許しを!!我ながら、実に困った奴です。 :hammer:

これで、一応、AI研究は終わりにして、歴史研究にもどる。来年度末で定年なので、それまでに、積み残しの数学基礎論史関係の本やら論文やら、何とかしたいのだが、とても1年半でできる量ではないものが残っている。 :-?

まあ、一部は定年後にやるしかないか…

こういうことを避けるために、定年までは、新規の仕事を引き受けたり、始めたりをしないことにした。

それに伴い、長く書いてなかったプログを再開。新規の仕事を避けるようにしたためか、少し時間に余裕がでてきたように思うので。

と、いいつつ、先日の京都哲学会で話した「西谷啓治と田辺元――空と種」の論文版を書かねばならない。

当面は、主な仕事は、岩波新書の「ゲーデルの不完全性定理」(仮題)の原稿だが、これ以外にも、西田幾多郎記念館から引き受けている仕事も結構忙しい。また、これは事務的なことが忙しく、何とか、定常状態に入りつつはあるのだが。

いずれにせよ、以前の様に、プログを書けるだけの時間を見いだして書きたい。

このブログは、僕があまりに沢山新しいことを始め、色々なことを同時に行うものだから、学生が林が今この時に何をやっているのか見えない、というのを聞いて、研究室の学部生・院生たちに、林が何をしているのかを伝えるために書き始めたもの。

その研究室「情報・史料学専修」も、新メンバー募集は、昨年度で終わり、今年度は、来年4月から発足する「メディア文化専修」の学生・院生だけを募集している。

この新専修は、情報・史料学専修と、二十世紀学専修が合併してできるのだが、僕は発足後、1年だけいて辞めるので、新専修の学生さんの卒論を見ることがない。つまり、このプログの本来の役目が、必要なくなりつつある。

それもあって、今後は、今までのブログの方針「学術的なことしか書かない、専修の学生や院生、そして、(広い意味での)同僚に、林が何をやっているのかを伝えることに目的を限定する」を取っ払って、好き勝手に書くことにしようと思う。 :-)

まあ、あんまり羽目を外すと、僕のことだから、何を書き出すかわからない。 :-D
注意、注意! ;-)


2016年7月27日(水曜日)

Google 東京オフィスなど

産業総合研究所の人工知能の社会インパクトプロジェクトの一環で、TensorFlow など、Google の機械学習への対応の話を伺うために、Google 日本オフィスのGCP(Google Cloud Platform)部門を訪問。佐藤一憲さんから色々教えて頂く。パロアルト的立場からは、実に自然な流れであることがわかり納得。大変良い方向に進んでいるという気がする。ただ、これは「機械が職を奪う」という方向に繋がらないとも限らないと言う懸念も抱く。少数の機械学習の「職人」+マシン(AI)が、多くの「職人」を代替する可能性がある。

この時、MITのAutor教授が言うような、別のセクターの職がどれだけ生まれて来るのか、それが問題。Autor氏の主張では、アメリカの農業労働人口が劇的に減少したかわりに、工業の労働人口が爆発的に増加したわけだが、この工業セクターでの労働人口にあたるものが、まだ見えない。それが Autor 「理論」の弱いところ。果たして何か、生まれるか…

この訪問の前に、僕の研究室の出身で Google で働いている清水君と会う。Google Culture Heritage の相談で、京都に来てくれたのが、もう数年前で、それ以来。

彼との話で面白かったのが、サンフランシスコのイメージの、清水君と僕とのズレ。清水君によると、最近、サンフランシスコについての歌を聞いて、その歌詞にサンフランシスコが、ロマンチックな場所の様に歌われているのに違和感があったらしい。僕は長らくサンフランシスコを訪問してなかったので、分かってなかったが、どうもアジアの沸騰都市の様になったサンフランシスコは、2000年代に始まったらしい。だから、清水君は、それしか知らない。

そのために、10階建て以上の建築など、殆どなかったサンフランシスコの風情は、清水君には無縁のものらしく、それで僕などが抱く昔のサンフランシスコのイメージに「なぜ?」と思うらしい。世界はすっかり変わってしまったことに、今更ながら思いを馳せる。

Google 訪問の後、私用を済ませた後、岩波新書の編集長の永沼さんと会って、随分前に依頼された新書の書き方の変更を相談。思いがけず、面白いと言ってもらえたので、その方針で進む。僕も、定年まで後、2年と少ししかない。アカデミズム一辺倒の姿勢から方向転換をすべき時期だろう。


2016年7月11日(月曜日)

差は広がっているのか…

経済産業研究所のAIの社会影響研究のプロジェクト(中馬プロジェクト)のMLで、こういうページのリンクが流れ、日本の企業が何処にも現れないという話になったが、AIを含むITの日米の差は、そういう風な議論が無意味なほどに開いている様に見える。航空機以上の差かも?

若い人たちの中に有望な人がかなり出てきているというのが、安浦さんのさきがけのお手伝いをしていて感じることなのだが、以前、この文章で書いたように、僕の理解では、この差は社会が作り出しているところが大きい。だから、若い良い人が出始めていると同時に、差はむしろドンドン開いているのではないかという懸念を持ち始めている。

そう感じ始めたのは、中馬プロジェクトで、カリフォルニアの bay area の調査旅行の際に使った Uber のシステムと、日本のタクシー配車のシステムのあまりの差に気づいてから。

Uber で感心したことは色々とあるが、狭い意味での技術の問題で感心したのは、そのリアルタイム性の良さ。今の、GPSの性能からしたら当たり前なのだが、近くのすべての車が配車前からリアルタイムに動くのが見える。これが小さな甲虫がノソノソ動いているようで大変に可愛い。車の位置は、配車を依頼する前も見えるが、乗車した後も見えるので、実際の位置と表示される位置をくらべてみたら、すこしズレはあるものの、せいぜいが100~200メートル程度でしかなかった。

それに比較すると、MKタクシーのスマホ配車は、配車が完了するまで、タクシーの位置はわからないので、どれ位かかりそうか、全く予想がつかない。また配車後にはタクシーの位置が見えるには見えるがリアルタイム性は非常に悪い。また、配車の効率の悪さは全く信じられないほどの低レベルで、目の前に何台も空車が通って行くのに、うんと遠くの車が配車されたりする。つまり、天国と地獄ほど違う。

他のものはどうかと思って使って見た全国タクシー配車は、到着までの希望時間を指定できるなど、MKのシステムよりはましだが、これも配車前のタクシーの位置は見えないし、配車後のタクシーの位置の表示も、500メートル程度でとびとびという感じで、リアルタイムとは言い難いもの。後者が5年前のシステムで、おそらく、それから、あまり進化してないのだろう。MKはもっと前か?

どちらもタクシー会社(やそのグループ会社)が作ったシステムで、運転手さんたちの話では、スマホによる配車の率は、非常に少ないらしいので、タクシー会社も改善しようという気はないのだろう。今の Google map のGPSの性能を考えると、技術的には、信じられないほどの低性能なのだが、真剣に使うつもりがなければ、古いままで低性能というのも納得ができる。つまり、デマンドの低さがシステムの低性能を生んでいるのだろう。つまり、この文章のシナリオどおり…

一方で、Uber は、サービスとシステムで生きているのだから、ドンドン改善されているはず。導入当初が、どれ位の性能だったのか、調べてみないとわからないが、もしかしたら、生まれた時から、すでに日本とは大きく差があった可能性も高い。

イギリスのEU離脱では、若者から年寄りにむけて「我々の未来を奪わないでくれ」というメッセージが投げられた。日本でも、同じことが起きているのに、なぜ、日本の若者は、同じようなメッセージを投げないのだろうか?メッセージを投げられるべき側の世代の人間ながら、それが不思議であり、また、歯がゆくも思う。


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