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2016年9月24日(土曜日)

西谷啓治と田辺元

カテゴリー: - susumuhayashi @ 01時58分54秒

今、日本哲学史専修の紀要に投稿する「西谷啓治と田辺元」という論文を書いていて、そのために久しぶりに「田辺元 思想と回想」(筑摩書房、1991)を読む。これに昭和20年に定年退職した田辺が、その夏、京都から北軽井沢大学村の山荘に疎開というか、引っ越すときの情景が書かれていたと記憶していたので、それを論文で引用するために調べるため。

この論文は、実は田辺と西谷の間柄が、西田と西谷の間柄より、遥かに親密であり、実は哲学の理論上でも、西谷に「否定的」な意味で田辺の影響があることを示すというもの。西谷と田辺は、西谷が波多野の退職の後に講師となってから、非常に多く議論したらしい。しかし、その割には、西谷の哲学に、田辺の哲学の直接的影響の形跡を直接的に示す証拠は、ほとんど見られないのだが、面白いことに、最晩年の「空と即」には、田辺を意識したとしか思えない用語の使い方などが多くみられるのである。そういうことを書いている。

田辺と西谷の議論の逸話を最初に読んだときに印象的だったのが、田辺は、そのころ病気がちで、毎日、一日の半分位は寝込むほどの状態ながら、京都から北軽井沢まで、田辺と西田の二人が延々と哲学の議論をしていたということ。

数年ぶりに、その本を読み返してみて、この田辺とその夫人の京都から北軽井沢への移住の際の逸話の著者が、大島であったことが分かった。また、西谷による田辺についてのエッセイも、数年ぶりに再度読む。この数年で、京都学派への理解が各段に深まり、以前、読んだときの印象と大きく違い、沢山の情報が得られたという気がする。

まだ、当時の時刻表など調べてみないと良くわからないのが、北軽井沢に、まだ日があるころに到着している点。学生時代、普通を乗り継いで、東京から広島県の郷里まで帰るということを何度かやってみていたが、その経験からすると、もっとかかったのではという気がしていたのだが、日本の内陸部、つまり、中央線などを使い、京都から北軽井沢まで移動すると距離的には案外近く、東京と広島県との距離より随分近いのに気が付く。

その京都から北軽沢へのルートが気になっていたのが、田辺が東京の焼け野が原を見ていたかどうかという点。大島の記述から、やはり中央線を通るルートで、田辺は出身地の東京の米軍の爆撃による焼け野原を目撃していないことが分かった。これは、そうではないのかと思っていたが、一方で、東京より酷かったとも言える名古屋の焼け野原は見ていた可能性が高い。

正直に言って、日本の京都を除く、大都市の焼け野が原を見れば、太平洋戦争というものが、この日本の伝統に対して犯した限りない罪が見えるはずなのだが、そういう気持ちが戦後の田辺の著作に一切見えない。そのことが、僕には非常に違和感としてあって、きっと、昭和20年の日本の大都市の惨状を、田辺は見ていないのではないかという仮説を立てていたのだが、これはどうも間違い。

どうも、田辺や西谷は、そういう惨状を無視する人たちであった可能性が高い。それは大島が岐阜当たりの駅舎がB29の焼夷弾で燃えているのに驚いている様に、田辺、西谷が、しょうがない奴だという風な顔をして、大島の様を一瞥し、自分たちは哲学の議論を続けていたという大島の記述からわかる。明治人の特質か?

いずれにせよ、久しぶりに「田辺元 思想と回想」を読んだことにより、西谷と田辺の人間的な近さが、間違いなく確認できた。
それにより、京都学派の文化史的な理解は、まだ、殆どなされていないのだという感を強くする。


2014年8月6日(水曜日)

この数日で考えたこと

Labyrinth of Thought 2章の翻訳作業を開始。著者はスペインの
科学史家フェレイロス。

この人の手法は僕の手法によく似ている。

それで思ったのだが、フェレイロスや僕がやっているようなことは、
数学史ではあるが、より適切には数学思想史と呼ぶべきだろう。

つまり、数学に興味があるのではなくて、むしろ、それをやっている数学者の
ものの考え方に興味がある。だから人間関係とか、手紙とか、日記とか、
未発表原稿とか、講義資料とか、そういうものに大きな興味を持つ。

僕の場合は、特にそうで、数学の歴史を理解したいのではなくて、それを通して「近代」を
見たいのであって、専門の一つだと言っている数学の歴史は手段に過ぎないとさえいえる。

元が、一応は数学者だったので、ある程度まで数学をちゃんと理解する能力があり、
それが人文学者としての強みになっているから、情報技術史とともに、
それを多用しているが、もし、元が生物学者だったら生物学史を使っていただろうし、
物理学者だったら物理学史を使っていただろう。
#同じことが生物学でできるというのは、Reenchanted Science を講義してみて実感した。
#ユクスキュルの存在は大きい。しかし、ヘルムホルツの存在を考えると、おそらく物理でも
#同じことができるはずだ。エホバがいれば必ずルシファーはいる、ルシファーがいれば
#必ずエホバがいる。ただ、ユクスキュルにあたる人がいるのか、だれになるのか、
#物理を知らない、僕は解らない。丸山君が解明してくれるかな?

昨日(5日)は以前調べておいたワイルの哲学関係の講演などをまとめた本を読む。
キンドル版なので、たちどころに手に入るがのがうれしい。これが大変に
面白い。ニーチェ、キルケゴール、ディルタイ、ハイデガー、ヤスパースなどに
まじり、シェーラーも出てくる。この人がブラウワーを、この系譜でとらえていた
ことは明らか。1949年の Man and the Foundations of Sciences という
未発表のマニュスクリプト。この中で、ハイデガーの Sein und Zeit の思想を、
英語圏の人々に何とか解説しようと延々と語っている。

「ゲーデルと数学の近代」に関連して、Mind&Nature, Kindle版、コロンビア大200年祭のパラグラフ17が面白い。

Last but not least, I have seen our ideas about the foundations of mathematics undergo a profound change in my lifetime. Russell, Brouwer, Hilbert, Gödel. I grew up a stern Cantorian dogmatist. Of Russell I had hardly heard when I broke away from Cantor’s paradise; trained in a classical gymnasium, I could read Greek but not English.9 During a short vacation spent with Brouwer, I fell under the spell of his personality and ideas and became an apostle of his intuitionism. Then followed Hilbert’s heroic attempt, through a consistent formalization “die Grundlagenfragen einfürallemal aus der Welt zu schaffen” [to answer the fundamental questions of the world once and for all], and then Gödel’s great discoveries. Move and countermove. No final solution is in sight.

フォン・ノイマンの「変心の系譜」と並行して、これも使うこと。

他の面白い点を記録:

  1. I have wasted much time and effort on physical and philosophical speculations, but I do not regret it. I guess I needed them as a kind of intellectual mediation between the luminous ether of mathematics and the dark depths of human existence. While, according to Kierkegaard, religion speaks of “what concerns me unconditionally,” pure mathematics may be said to speak of what is of no concern whatever to man. It is a tragic and strange fact, a superb malice of the Creator, that man’s mind is so immensely better suited for handling what is irrelevant than what is relevant to him. I do not share the scorn of many creative scientists and artists toward the reflecting philosopher. Good craftsmanship and efficiency are great virtues, but they are not everything. In all intellectualIendeavors both things are essential: the deed, the actual construction, on the one side; the reflection on what it means, on the other.Creative construction is always in danger of losing its way, reflection in danger of losing its substance.

今朝(8月6日…)は後期の特殊講義準備のために西谷のニヒリズムのシュタイナー
のところを読もうと思って全集を読み始めて、むしろ、リアリズムとの
関係に目が行く。以前、読んだときには理解できていなかったが、
シェリング、キルケゴールなどの西谷の意味でのリアリストの位置づけと、
上のワイルの construction を重視する人たち、というのは同じ。

西谷のは、明らかに、西田の純粋経験とダブっている。で、西谷の意味のリアリスト
たちはヘーゲルのイデアリズムを通ってリアルに接続する運命にあった
という点を読んでいて、自分の立ち位置をようやく理解。
#また、これは上に書いたワイルの哲学の議論と完全に連動している。
#ただし、飽くまで西谷は哲学者の、ワイルは数学者の立場にたって
#語るため、見かけ上は、かなり異なるのだが…

要するに僕が哲学に最終的には違和感を持つのは、この点。つまり、僕の
ようなプラクティスもやっている人間には、これは哲学の範囲の中で
哲学でできないことをやろうとしている無謀な、まるで、気持ちの問題により、
*安易に*太平洋戦争に突入した大日本帝国の行為のようにみえる。
#太平洋戦争突入が、犹澆爐忙澆泙譴名況”に置かれたからだ、
#などという*言い訳*は、僕は絶対に受け入れない。人間は這いつくばって
#でも生きるべきだ!!

だったら、歩き回れ、蹴っ飛ばせ!、と言いたくなる。

で、実際、僕は、そういうときは歩き回るし蹴っ飛ばす。

ただし、それだけでは危うい。僕は、ワイルの

Creative construction is always in danger of losing its way,
reflection in danger of losing its substance.

に共感する。そして、これはウェーバーの理想型の思想でもある。
だから、ウェーバーが好きなのだな。


2014年6月1日(日曜日)

昭和30年代西谷の科学技術論

カテゴリー: - susumuhayashi @ 23時57分17秒

特殊講義「再魔術化」は、もう後、8回しかない。明日からは、Ann Harrington Reenchanted Science で、19-20世紀ドイツ生理学の話。もちろん、これにはヒルベルトが意識していたヘルムホルツもデュボアレイモンも、そして間接的ながら、クロネッカーの弟、ヒューゴ・クロネッカーも関係を持つ。つまり、数学基礎論史と同時代で、それに深く近接し、しかも、数学より深く哲学に関連していたともいえる話。

その準備でしんどくなって、西谷の方に「逃げた」ら、丁度、同型のテーマの所が目に入る。

第10巻「虚無と空」、pp.89-95の、科学・技術の話。技術に「目的論」が現れるというところあたり、僕や他のソフト関係者が言っている「目的因の目的=仕様」というのと同じなのだが、これが1960年代(50年代?)に書かれたものであるために、情報、特にソフトの話が日常的に人々の目に触れる以前、環境問題が温暖化のような大問題として立ち現れる前であるため、実に古臭い印象を与える。

まあ、おそらくは(勉強していないのでわからないが)、これはハイデガーの技術論と多くは違わないのだろう。そして、西谷が言いたいのは、この部分の後の、pp.95の二以後の方なのだから、まあ、これは大きな問題ではないのだが、この二以後も、現在の「感情マシンとしての人間」「感情というエネルギーを持つ部品(資源)としての人間」という、感情労働という言葉が社会学を超えて一般に使われるようになっている現在の状況も無縁の時代に西谷は生きて、そして、死んだ。

彼の議論は、現在、どこまでの意味を持つのだろう。しかし、感情を燃料として燃やすことを強いられる現代人の状況を「ニヒリズム」という単純な言葉で処理できるのだろうか?疑問!時代は、そこまで来てしまっている…


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