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2018年5月29日(火曜日)

アローの一般不可能性定理

カテゴリー: - susumuhayashi @ 00時14分24秒

経済学に「アローの一般不可能性定理」というものがあり、これがゲーデルの不完全性定理や、
ハイゼンベルクの不確定性原理などの、何かが本質的にできない、ということを主張する定理の一つ
として有名である。

何が、この定理を有名にしているかと言うと、「アローの定理は民主主義は不可能であることを示す」と理解されているからである。

この議論、前々から、実に馬鹿げていると思っていたのだが、それを経済学の社会選考理論などを知らない人たちにも理解してもらえる良い議論はないものかと、以前から思っていたのだが、それを考えつけたようなので、一応書いておく。

アローの定理が、民主主義の不可能性を証明しているという、この主張は、全く馬鹿げた主張で、単に、経済学者ケニース・アローが、「非独裁性」と名付けた条件が、一人歩きしているだけのことなのである。

簡単に言ってしまうと、アローが言っていることは、トーナメント制のゲームだと、誰かひとりがチャンピオンになる。そういうのとまったく同じ理屈なのである。

アローは、「独裁者」を、「その人が選ぶ社会的なオーダーが、その人が属す社会の多数派の選ぶオーダーと同じ(正確には、その人が選んだオーダーが、必ず、多数派が選ぶオーダーになること)になる、そういう人」として定義した。

おそらく、アローは、半ば冗談で、そういう命名をしたのではないかと、僕は思うが、これは実に馬鹿げた定義だ。

独裁者というのは、その権力により、自分の判断を他者に押し付けることができる人のことだが、実は、
アローの一般不可能性定理が証明される社会選考論の数理モデルには、そういう「他者に押し付ける」という
「権力」という行為が全く反映されていない。

つまり、アローが使ったモデルでは、「独裁者」について語ることが、もともと無理なのである。

しかし、なぜが、アローが、「独裁」という言葉を使ってしまったために、誤解が起きているだけなのである。

以前から、これは、不完全性定理などに比べ、無理がある限界論だなと、感じていたアローの定理が
民主主義の不可能性を証明するという主張の無意味さを、難しい数理の話は抜きにして、
説明できることはないかと考えていたのだが、それをできそうなので、このブログの投稿を書いている。

アローの定理の前提条件の中で、「ある人の意見が、必ず、社会の多数派の意見に反映されている」
という、「ある人」を独裁者と呼び、その様な独裁者は存在しない、という「非独裁者性」が民主主義の
前提条件の一つだ、と解釈すれば、アローの定理が、民主主義の不可能性を示す定理だといえる。

しかし、実際には、このアローの定理の「独裁者」の定義に無理がある。そういうことに過ぎない。

例えば、アローが使った数理モデルを反映する、ある現実の社会で、ある人物の意見が、
社会が行う選考、たとえば、選挙結果を完全に予測していたとしよう。アローの定理は、
実は、そういう人間が一人はいるという定理なのである。

しかし、そういう社会で、ある個人が、社会全体の選考(たとえば、選挙)を予測、あるいは、
強制している様に見えたら、その人物を「独裁者候補生」として、危険視して、たとえば、
投獄するとか、死刑にするとか、そういう制度がある社会を夢想することは可能である。

これはアローの数理モデルに何も矛盾しない。そうするとアローの定理が意味していることは、
そういう法的システムを持つ社会、国家では、気の毒なことに、どのように頑張っても、
この制度のために、投獄されるとか、死刑になるとか、そういう「罰」を受けてしまう人が、
少なくとも一人いる、という定理になる。

この被告人を、「独裁者」と呼びたい人がどれだけいるだろうか?


2018年3月29日(木曜日)

西田哲学館訪問

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時01分24秒

28日は、かほく市の西田哲学館を訪問。西田新史料の翻刻会議、今年度の最終回。

代表が浅見哲学館館長の科研費の研究が、かほく市のプロジェクトと並行して走っているが、
その分担者の一人として工繊大の秋富さんが来ていて、久しぶりに話す。驚いたのは、
このプロジェクトに参加している、石川工業高専の鈴木教授が挨拶をしてくださって、
以前、北大の中戸川さんを通して、電話で話したとこのこと。元は産業図書に勤務されていた
とかで、確か、そういう方の紹介があったような記憶が朧げに…

兎に角、記憶力とか判断力が衰えてきていて(というか、記憶力は以前から怪しいが :hammer:)、
今日も、最寄りの東西線の駅で、滑り込んできた反対方向の列車に、何時もの癖で飛び込んでしまい、
危うく、会議に間に合わないのは回避したものの、無理矢理乗ったので、予約した指定席などは、
全部、パーになるかと思ったが、宇野気駅の方やサンダーバードの車掌さんなど、
JR西日本の方たちの大変に親身な対応の、お陰で、数百円のマイナスで何とかなった。深謝!!!

西田哲学館は、立派な研究棟ができていて、そこで会議。満原さん、吉野さんの二人の研究員が
積極的に発言してくれて、心強い限り。来年度も、上手く行きそう。

宇野気は、京都より少し寒く、それでも桜が良く咲いていた。金沢駅の人出は、閉口するレベル…

帰宅したら、庭の桜が満開に近く、花桃や、山ツツジなどが、かなり開花してきていた。

で、夜中になって、何の気なしに、姉小路の飯田さんをググってみたら、ミシュラン三ツ星になっていた。

いい店にいくと、緊張感がありすぎることがあるが、飯田さんのお店だけは、これが全くない。
開店当初で、まだ、無名の時に、共通の知人に紹介してもらって、それから、年に、
多くても二度ほどながら、寄せてもらっている。飯田さんと女将さんの人柄が本当に良くて、
緊張感なしに、最高の食事ができるので、大変、好きなお店だ。

前回、お願いしたときには、中庭に、見かけが太々しい猫がいて、焼き魚(鰻、ただし、
並の鰻ではない)を焼く煙のせいか、「食べたいよー!!ニャーニャー」と泣き続けていた。

女将さんに聞いたら、カラスだか、他の猫だかに(どちらか、忘れた)、追いまわされて、
お店の中庭の木の上で切羽詰まっているところを、飯田さんが助けて、それから、飯田さんに大変
なついているのだとか。

こういう野良猫が中庭で、ニャーニャー鳴いているのは、センセイも僕も大好きで、
「飯田さんらしいなーー」と思って、嬉しかったのだが、でも、これって、もしかして、
これを理由にミシュランの星が一つ減らないかと心配していた。でも、星が減っても、
それが飯田さんの勲章だね。などと思っていたら、逆にあがった!!

まさか、ミュシュランも、野良猫のために星を増やしたわけではないだろうが。 :-D


2018年2月28日(水曜日)

「ゲーデルの謎を解く」の新版?

カテゴリー: - susumuhayashi @ 23時45分14秒

「ゲーデルの謎を解く」の改訂版の話が浮上。

少し前から、あれが出た平成5年とは、社会におけるITの位置が、根本的に変わったので、
今、書くとしたら、前より良いものを、ずっと楽に書けるのでは、と思っていた。

例えば、当時はファミコンでしか説明できなかったことが、
今はスマホで説明できる。

万能チューリングマシンの万能性は、スマホが電話にも、電卓にも、ラジオにも、テレビにも、
そして、コンパスやGPS、最近では気圧計にまで「化ける」という、生活実感で説明できる。
#この話し、単にたとえ話ではなくて、HCIの観点から、理論化できる可能性さえある。
#つまり、人間の視覚、聴覚、触覚が、これこれだと前提し、それとインタラクションする、
#センサーとアクチュエータ(スピーカや画面も含む)が、どれだけの機能あれば、万能HCIと
#言えるかなどという議論ができるはず。実にカント的な話!!

面白そうだと思い、書き換えの検討を開始したが、
もう25年も前の話なので、こんなものを書いていたのか、
と他人が書いたもののように読む。

このころは、まだ、龍谷の理工学部のころで、純粋の理系学者だったのだが、
自画自賛になるが、案外良い文章を書いていて、自分で驚く。もしかしたら、
人文学者になった今の方が文章は下手かも。(^^;)

大幅書き換えを考えていたが、どうも、大半は、少しだけの手直しで、
そのまま使えそうだ。

しかし、ファミコンのところは全面書き換えだな。

変身機械をどうするかは、難しい所。

面白いことに、分かり易いと思って書いたのだろうが、
変身機械でかえって分からなくなった、と言う様な
読者が当初は多く、正直、がっかりしたのだが、
最近になって、これが面白い、分かり易いという人が
増えている様な気がする(もう、新品は売られていないので、
多分、古本で読んでいるのだろう。最近は、オークションなど
で古本が買いやすいから。)

これがおそらくは、IT慣れした人が増えたためではないか、
と思っている。

そういう人をターゲットに書けば、色々と面白い話をかけるはず。

ただ、この本、どう見ても、文字数が少ない。その割には高い。(^^;)


2018年2月22日(木曜日)

〇〇の者と〇〇の人(その2)

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時29分53秒

昨日書く筈だったが、今日、続きを書いている。

○○者というのは、○○という学問をすることを仕事とする人。

○○の人というのは、○○という学問をしたい人。

これは、大きく異なる。

数学史上、著名な数学者中の数学者と言いたくなるフェルマー、そして、少し毛色が違うが、ビィエタ。

この二人は、数学者ではなくて、法律を職業として、そして、数学の人だった。

フェルマーも、ビィエタも、実は本業は法律なのである。

さらに言えば、メービウス、ガウス、リーマンなども、皆、天文台の学者であり、数学者ではなく、数学の人!

で、こういうことがあるので、数学を行うことと、数学者というものを分離して考えようというのが、
僕の最近の考え方。

○○の人は、○○について、本当に知りたいだけなので、○○の職業人が囚われがちな、
○○の「商習慣」から自由でいられる。その故に、才能があれば○○者より、はるかに
本質的な仕事ができる。

こんな事を考えていたら、以前、科学史の院生に、「林先生のアイデンティティが分からない」と、
批判的に言われて、意味が解らず、戸惑ってしまったことを思い出した。

要するに、僕があまりに色々なことをやるので、どの○○の、○○者か、分からない、という発言だったと、
漸く理解。

ところが、○○の人、という観点からは、これは全く的外れで、僕が、色々やっている学問は、
殆ど、全部、「近代化とは何か?自分が関わって来たことを、近代化の文脈で理解すると、
どう理解できるのか?」という、個人的な疑問に突き動かされて行なっていることを理解!
つまり、自画自賛になるが、僕の学問ほど、一貫した学問は、あまりないことになる。 ;-)

今でも思い出すが。「来年の特殊講義は、京都学派です」と言ったときに、今はグーグルで働いている、
清水君が、本当にのけぞって、数十センチ後退した。 :-D

しかし、それが、数学基礎論史の疑問を解決してくれたわけで、僕が、数学史学者ではなくて、
数学史の人だったから、この様なことが出来たのだという気がする。

京大文に転職したときに、僕のような情報工学の人間が、人文学の学部に転職して、吉と出るか、
凶と出るか、分からないという意味の事を、京大文の同窓会の雑誌「以文」に書いたが、
有難いことに、吉と出た様だ。 :-)


2018年1月27日(土曜日)

デザイン思考、パナソニック、松下幸之助

日経のニュースを見ていて、パナソニックが、シリコンバレーにデザイン思考の「工場」を作ったという記事を見つける。

調べてみたら、2016年頃から、日本国内でデザイン思考が流行っているらしい。
以前、「デザイン思考だ。d.schoolだ」と喚いていたものとしては、嬉しいような気もするが、
もう遅すぎないか、今からやると却ってマイナス面がでないかと心配になる。
アメリカで、「もうデザイン思考ではないだろう」という様な記事が書かれるようになったのは、
かなり前なのだから。もう一つジャンプした方が多分いい…

それに、この記事の「プロジェクト発足に先駆けて「米スタンフォード大学のd.schoolを経営会議のメンバーで訪問した」(宮部専務執行役員)。」という所などを
読むと、正直、ため息がでる。デザイン思考の持つ雰囲気は、こういうのにもっとも反するものだ。
デザイン思考を説明するのは難しい。あれは体で会得するしかない。
だから、d.school なのだが、パナソニック(β?)の経営会議の人たちは理解できただろうか。

実は、パナソニックにとっては、デザイン思考の最大のお手本は足下にある。

松下幸之助の二股ソケット、これこそデザイン思考そのものだ。


2018年1月14日(日曜日)

食糧は十分!!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 01時39分52秒

RIETI(経済産業研究所)のAIの社会影響プロジェクトの研究を行っていた際に、
大きな違和感を感じたのが、AIの社会影響を論じる人が、僕を含めて先進国の
状況しか考えていないこと。

世界には、まだ、電気も水も食料も十分でない生活をしている人が沢山いる。

そういう人たちのことを無視して、AIがどうのこうのと言っても無意味ではないのか?

もし、世界の食料生産を世界人口で割った時に、それが飢餓のラインを下回っていたとしたら、
AI議論など問題外だろうと思っていたのだが、今日、それを始めてサーチしてみて驚く!!!

http://www.hungerfree.net/hunger/food_world/
によると、食料の生産高は、現在の総ての地球人口を潤すに十分らしい!!!

なんと、素晴らしいことか!!

しかし、そういう時代に、どうして、飢餓が存在するのか???

そう考えると、IT/AIに可能性が見いだせる。

そうあって欲しい…


2017年12月30日(土曜日)

”ものづくり”という呪縛

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時08分56秒

今朝(29日朝)、昨日注文した照明スタンドがもう入荷したとビデオ近畿から電話。迅速!!
しかしながら、大学で閉まっているので、来年取りに行く。1月5日からの営業。この照明で上手くいってくれ!!

昨日、夕飯を作りながらNHKラジオを聞いていたら、池上彰さんの番組で、東大名誉教授の政治学者御厨貴さんなどの数名が座談会風に議論していた。

その中で、「今、儲けているのは、ものづくりの企業ではない」という発言がありながら、「基本はものづくりだから」という発言に、
座談会のメンバーの誰からも反論がない。一人のメンバー(NHKの解説員?)から、ニューヨーク中心地(多分、タイムズスクエア)の
広告が、以前は日本企業のそれに占められていたのが、韓国や中国の企業にとって代わられ、僅かに東芝を残すのみだったが、それも
消えることになっているという発言あり。この人たち、わかっていて、大衆に合わせるために、こういう生ぬるい議論をしているのか、
それとも、本当に、そういう生ぬるい立場を信じ切っているのか……

思うに、「日本の失われた○○年」の原因のかなり大きなものの一つに、「ものづくり神話」がある。
この言葉のために、「ものづくり日本」という言葉のために、日本は変わることができなかった。

太平洋戦争末期でも、かなりの人たち、特に少年期の若者たちが、本当に神風が吹くと思っていたらしい。
それと同じ構造が、今の時代にもある。もう、この大好きな国を見限るしかないのだろうか……


2017年12月15日(金曜日)

常識の差

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時55分32秒

現代史の小野沢さんとは、研究室が向いであることもあり、良く立ち話をする。
この人は、本当に優秀な人で、特に博士論文でもある「幻の同盟」()を、
読んだときには、「私は歴史家です」とは二度と言うまい、と落ち込んだ程。
ここまでやるか!?でも、やってる… ウーム。僕は歴史家と言い張って良いのだろうか……

まあ、そういうことはさて置き。トランプはオバマが生んだとか、
色々と二人の研究室前の廊下で立ち話することがあるのだが、
今日は、なかなかシビアだった臨時教授会の「毒消し」の意味もあり、
教授会閉会の後、暫く、二人のオフィスの前の廊下で立ち話。

ITの社会インパクトについての評価は、大きく分かれるが、
トランプ大統領の実現など、様々なことについて話す。
そして、多くの事は同意見。

で、その中で、少し驚いた、あるいは、実は、僕が無知過ぎた、
こととして、ラストベルトの労働者の話しがある。

小野沢さんの様な人にとっては、ラストベルトが、栄えていた頃、
労働組合の力が高まり、マフィア化さえしていたというのは、
常識らしい。

(ここから続きを21日に書いている)

しかし、このこと、というか、アメリカの自動車産業の
組合のメンバーである労働者が、例えばレイオフをされても、
それまでと同じ収入を保証されているほど優遇されていることを、
僕が知ったのはリーマンショック後、デトロイトが崩壊した時の
ことだ。

それを知って、初めて、NUMMIが、日本の工場の
様なパーフォーマンスを叩き出せなかった理由が分かったような気がした。

アメリカ人に幾ら教えても、やはりトヨタ生産方式のようなものは、
日本人の素質、精神がないと実行できないのだ、という風な
論調に違和感を持ちながらも、数字としては、その通りだという
ことなので反論できないでいたが、これで一挙に疑問が氷解した。

そんなに優遇されていれば、向上心は生まれないだろう。
そんな風に、デトロイトの崩壊の後に、漸く僕は日米の差を
納得した。

しかし、もし、小野沢さんの「常識」を知っていれば、
NISTEPの客員研究官時代に書いたものや、調査・研究の
結論も、大きく変わっていたかもしれない。

常識の差というものは怖い…


2017年2月25日(土曜日)

みんなで翻刻

カテゴリー: - susumuhayashi @ 18時10分42秒

またまた久しぶりに、ブログを書いている。

今日と明日は入試監督で、そのストレスが書かせている面がある。 ;-)
#続きを書いているのは、もう試験が終わった26日の深夜

それで思い出すのが、確か3年前の入試監督の日のこと。文学部では、色々な研究所の人たちが、入試監督の手助けをしてくださるのだが、この年は、それが宇治の防災研だった。

その助っ人の一人が、防災研地震予知研究センターの加納さんで、彼が「SMART-GSを作っている方ですよね」と切り出したのには驚いた。

なんでも江戸期以前の古文書から、地震の情報を引き出すという研究分野があるという話で、それにSMART-GSを使えないかということだった。

東北の震災から間もないころであったし、何より歴史学が人命を救うかもしれないというのが良い。
#実は歴史学は国境線を決定したり、戦争責任を決定したり、凄くプラクティカルな学問。

あの悲惨な津波の半年ほど前だったか、確かアメリカ(もしかしたらカナダ?)のドキュメンタリで、北米の北西部を高さ10メートル超えの大津波が襲った跡が、上流の河岸の地層の発掘で判明し、今は、学校などでも避難訓練をしているというのを見た。

東北の津波の映像を見ながら、この番組を思い出し、もしかして、日本でも、あの番組で紹介されていたのと同じことができたのではないかと思っていたら、貞観地震というのが記録されていて、それと殆ど同じ地域が被害にあったことが段々と報道されるようになり、「ああ、またか、この国は…」と暗澹たる思いをした。

そういうなかで、こういう話があり、大変興味を持ち協力を約束した。もしかしたら、歴史が人命を救うかもしれないのである。素晴らしいことだ。

その後、京大古地震研究会を主宰している理学研究科の中西さんが、研究室に尋ねて来てくれて、地震学には現代地震学、古地震学という分類があること、地質学を使う考古学的古地震学は、情報が得られるタイムスパンが何百万年になる一方で精度が100年単位くらいになる。一方でスパンが1000年単位に減るものの古文書による古地震学は精度が数時間になり、現代地震は精度が秒単位だがスパンが100年単位となる、というような話や、南海地震があると土佐の地盤が一端下がるため高潮が増える、それが数十年かけて戻るということも、高潮被害についての古文書記録を見ていくとわかる。だから、「地震」というキーワードがある文書だけ読めているだけでは足りないというような、非常に興味深い話を教えてもらえた。

その話は、まさに、我々情報屋がビッグデータやIoTの様な世界でのヘテロな情報の質と量のトレードオフにもっている感覚に似ていた。そういうのをどう上手く組みあわせて有用な情報を引き出すか。それが問題なのである。

これは、まさに情報技術を適用するにうってつけの分野だと思い、非常に強い関心を持ち、まだ、学位論文のテーマを決めかねていた院生の橋本君に、こんな重要な分野がある、将来的にきっと重要なものとなる、などと話した。

橋本君は、僕が彼を京大古地震研究会に送り込んだようなことを言うが、これは間違いで、そんなことをした覚えはない。単に、重要な分野の存在を伝えただけで、後は、橋本君の自由意志で進んだこと。

いずれにせよ、橋本君は、以後、京大古地震研究会に参加するようになり、今や、その主要メンバーの一人。

そして、その後の橋本君の様々な頑張りが実を結び、加納さんと僕の「入試監督での邂逅」は、「みんなで翻刻」という大きな成果を生みつつある。

この成果は、1月にプレス・リリースされたのだが、何故か、入試一日目の土曜日の京都新聞夕刊1面に掲載されていて(これが電子版)、それで入試監督と重なり、思い出して、このブログを書いている。

現在まで、くずし字古文書の crowd-sourced transcription、つまり、みんなでやる翻刻は、成功したものがない。現代の印刷物でも、青空文庫ぐらいだろう。

まだ、公開して間もないので、まだまだ予断を許さないが、みんなで翻刻は、その最初の成功例になりそうだ。

今の所の成功のポイントは、橋本君の発案の「学習ベース」のクラウド翻刻にしたこと。つまり、くずし字解読のスキル上達ができる「みんなと交流できるまなびの場」であることが、成功しつつある理由だろう。

これは、橋本君が研究協力者、加納さんが分担者で、僕が代表の科研費基盤B「古文書のWEBを目指して」での成果だが、僕は代表として、お金の管理をして、後は、時々、橋本君に指導教員としてコメントする程度で(「みんなで翻刻」は橋本君の学位論文で大きな部分を占める)、橋本君、加納さん、中西さんの研究成果。

名前の発案者は中西さんだそうだが、設計やコーディング、改造は、橋本君ひとりでやっているが、これは京大古地震研究会なしでは考えられないものなので、古地震研究会を始めた中西さんや、加納さんの貢献は大きい。とくに、加納さんは自身が、WEBベースの古地震研究サイトを作っていて、みんなで翻刻も、そちらのサイトでのサービスらしい。

ただし、京大古地震研究会のサイトは、僕が代表の東大地震研の共同利用のプロジェクトの成果です。とはいっても、これもプロジェクトメンバーの加納さんの活躍がすべて。僕は資金集め以外は威張れない。(^^;)


2016年9月19日(月曜日)

Markus Rehm

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時46分33秒

パラリンピックが、突然、NHKなどで大きく取り上げられるようになったので、あれあれ、と思ってみていた。
義足などによりサイボーグ化した人が、その努力と知恵により、所謂「健常者」というものより高い能力を獲得するという
話はかなり前から知っていたので、講義で、「近い将来、高い能力を得るために自ら手脚を切断する人がでる」などと
言って、案の定、男子学生から、それはあり得ないという反発、女子学生からは、賛同を得たりしていたのだが、
このRehm という人のことは知らなかった。

で、NHKスペシャルで、この人の事を取り上げたのが分かったので、NHK オンデマンドで見たら、何故か、
取り上げられいない。幸い、YouTube で番組を見ることができて驚愕&感激!

脳の働きまで変えて、飛んでいる!

踏切の方法が全く違うらしいので、Rehm と「健常者」のジャンプが同一のものとして扱われるのは、
確かに、unfair だが、この人の記録が無視されるのは、さらに unfair と言える。

どういう条件下であり、人力だけで、どれだけ遠くに跳べるか?

そういう競技があっても良い。その時、「健常者」も、例えば水泳で疑問視されたスイムスーツとか、
あるいは、さらにフィンとか、そういうものを使っていいとしたらどうか?

そういう条件下で、「健常者」と、Markus Rehm が競う姿が見れたら素晴らしいだろう。


2016年7月19日(火曜日)

失敗しなきゃ、始まらない

雑誌としては、唯一、良く買うアエラの7月18日号の特集のタイトルが「失敗しなきゃ、始まらない」だった。

大体、僕がいつも言っている事に近い話ばかりなので、楽しく読む。

アエラは働く若い女性をターゲットにしている雑誌らしい。創刊当時から良く買っていたのだが、長らく女性がターゲットであることを知らずにいて、連れ合いに指摘されて驚いたのが、もう10年近く前か?分かってみると、確かに女性をターゲットにした記事が多いので、納得した。

この特集の「失敗こそ最大の財産」というメッセージは、実は「お父さん」たちに聞いて欲しいのだが、ダメなのかなー。

やはり、女性に期待をかけるしかなさそう。


2016年6月18日(土曜日)

北軽井沢のひぐらし

カテゴリー: - susumuhayashi @ 22時33分00秒

今日は、本当に久しぶりで北軽井沢大学村を訪問。群馬大学田辺記念館の撮影をさせて頂く。

帰りに田辺記念館の管理人をされている茂木さんのご厚意で、僕の連れ合いの実家の八杉山荘を訪問。

多分、10数年振りだが、心配していたよりは、状況は良かった。

岳父が健在のころ、四人で八杉山荘の母屋から満月を仰ぎ見た時をおもいだす。

日暮らしが鳴いていた。山科のひぐらしとは歌い方が違うような…


2016年6月8日(水曜日)

西田幾多郎「哲学の廊下」解体保存

カテゴリー: - susumuhayashi @ 18時22分19秒

この5か月ほど、一番力と時間をつぎ込んでいた西田幾多郎とその家族が大正元年から11年まで住んだ家の一部解体保存の仕事が、今日で一応の目途がたった。
所有者のプライバシー保護のため、これについては一切具体的なものを公開しなかったが、解体して博物館に持ち込み、プレスリリースも終わり、今日から解禁。

最初は、1,2社にでも書いていただけたら、それが将来の展示につながれば、と思って計画したプレスリリースなのだが、驚くほどの反響で、新聞や通信社だけでなく、TVも毎日放送、京都放送、NHK京都と取材があった。

どうもみなさん西田や京都学派に興味があるらしい。若い女性の記者さんが西田旧宅の内部をみて、こんなところに住みたい、もったいない、と言っていたのが印象的だった。こういう人がもっと増えてくれればよいのだが。でも寒いですよーー。

それから、どうも二階外廊下を、僕が勝手に「哲学の廊下」と名付けたのが、面白がられたみたい。

この名前は、初めて内部に入り、廊下を行き来してみたときに突然浮かんだもの。

僕も考えに詰まると部屋の中をうろうろしながら考えるのだが、僕の家は、それほど大きくないので、歩きにくい。しかし、この廊下、歩いてみると、長さと幅が、考えながら歩くのに、実に具合がよかった。

で、「わー、こんな廊下があると考えるときに歩きやすいな。哲学の廊下だ!」と思った次第。

興味がある方は、http://www.shayashi.jp/nishidakitaroukyutaku/を見てください。

しかし、今日は、早朝から、講義が終わる6時まで、本当に忙しく、この5か月を象徴するような日だった。そのため4時半からの講義に少し遅れてしまった。今日は、僕が弁士になって ;-)、無声映画のSFの名品メトロポリスを見せる日だったので、映画を見る時間が10分ほど短くなり、学生さんたちは不満だったかも… ごめん!

しかし、福井工大の市川さんにも言ったのだが、実は、まだ、中間点。保存したものを展示できるようにして初めて仕事が完成する。

これは資金の問題もあり簡単にはできない…

がんばります!

おお、今日から、また、ブログが書けるぞ! :-D


2016年5月29日(日曜日)

ホトトギス忍音

カテゴリー: - susumuhayashi @ 03時08分30秒

土曜の夕方ごろ用事を終えて家に帰ってきたら山から不如帰忍音。
例年は夜中に窓を開けていて聞くのだが、本当は、
夕方から鳴いているんだな。

この4か月(5か月かも)ほど、最も時間を割いていたことに、
一応、今日で目途が立つ。


2016年1月15日(金曜日)

復帰!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 03時04分45秒

前回の投稿から、2ヶ月位のブランク。

最大の原因は、体調不良だが、その最大の原因が、意外なことに歯にあることが、
かかりつけの耳鼻科の先生(名医です。林以上にユニークですが(^^;):石川耳鼻科、東山区、京都)の
お蔭で分かり、これも日本のシステム外といえる保険診療が、あまり効かない歯科のクリニックを見つけて(この人も
凄いみたい。まだ、診てもらって浅いので、断定はできないが)、そちらに通い、今までの不調の原因の、
かなりの部分を解消できそう。

これにより、日本の保険システムがもつ、矛盾点を明瞭に認識できた。NISTEPに残留していてたら、
これで一つレポートが書けそうな話。ただ、そうなると厚生労働省との兼ね合いが難しいかも…
#こういう気遣いが必要なことが、日本の統治機構の最大の弱点!!!

今は、どうなのだろう?霞ヶ関も、かなり変わって来たという印象を経産省の「稼ぐ力」の担当者にお会いしてから、
感じているが、このセンスが、もし霞ヶ関全体に広がっていれば良いのだが…
#10年弱前の僕が知っている「官僚」は、皆、ネクタイをしていた。でも、稼ぐ力の人たちは、
#皆、ノーネクタイだった。この変化が、本質的ならば良いのだが…
#霞が関の最大の矛盾点は、奇妙なまでの等質性だから。
#規格外も、良いものだとおもえれば、認めて欲しい!!


2015年11月13日(金曜日)

RIETIプロジェクトと学習院西田史料調査2

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時33分32秒

金曜日に京都学派資料の科研費で鎌倉、西田幾多郎旧宅、学習院寸心荘へ。その後、また、RIETI(そこからは、RIETIの予算)。
なぜか、また、このパターン。

寸心荘は、大正・昭和時代の家で、質素なものだが、子供の時代を思い出す懐かしい感じ。(僕は江戸期に作られて大正・昭和に手を入れたと思われる、商家として建てられた家で育った。)

管理をされている学習院の岡野先生にお世話になる。

と始まる投稿を書いていたのが、多分、「金曜日」である9月25日の数日後。
結局、この投稿は完成せず、このブログの投稿は2ヶ月ほど無しになってしまった。

こんなに間が空いたのは多分ブログを書き始めてから最初。
最大の理由は、おそらく、あまりに多くの
ことにコミットし過ぎて、デッドラインが集中してしまった
ことだが、これに兄が急逝したのに休講をしたくなくて(と言っても、
葬儀と重なる日時の講義は休講にせざるを得なかった)、1日しか忌引きを取らず、
JRで故郷の尾道と京都の間を何往復かしたこと。これで、すべての
スケジュールが大幅に崩れた。
#甥や姪の話では、今は、多くの会社で忌引きは配偶者の場合でも1日だけ
#とのこと。京大は昔のまま。労働環境の厳しさを感じる。

この間、石川県の西田幾多郎記念哲学館や金沢市のふるさと偉人館を訪問したりして、
燈影舎にお電話して、京都哲学選書の写真を使わせていただけることを確認したり、
多くの京都学派史料関係の情報を収集し、京都学派新アーカイブを開設するために、
十分なデータや写真など集めることができたのだが、その原稿を書けないでいる。

この間、講義のために西田哲学の勉強もせねばならず、まあ、そのために講義に
したともいえるのだが、色々と重なってかなり厳しい状況となってしまい、
数日前には強烈な眩暈で1,2時間、立てない状況となる。月曜日の深夜に
起きたのだが、影響で月曜日の二つの定例ミーティングはキャンセルし、
5時限目の講義だけなんとか済ませた。

これは、毎年の様に、この時期に一度は起きる症状の特別強いやつで、
お医者さんの話では副交感神経が上手く機能していないためらしい。
ストレスや疲労などから来るらしく、例年は、温度変化というストレスから、
天井が回って見えるような症状がでるのだが、すぐに治ることが多い。
しかし、今年のは立とうとしても平衡感覚が機能せず、立てないという
いままでない強い症状だったので、おそらくは非常に強いストレスが
かかっているのだろうと推測。田辺が「認識論的」な哲学から、
「社会形而上学的」な哲学に抜けていく契機として、身体論を
あげることが多いが、こういう時に、ハイデガー Ontologie的に、あるいは
西田的に認識することと、今の様に「ストレスから来た副交感神経の異常」
と理解して、さらに「最近、忙しすぎてストレスがかかりすぎている。
仕事をキャンセルするしかない」と判断することと、どちらが田辺などの
言葉でいう「抽象的」かというと、僕は、実は、前者の方ではないかと
思う。西田は自分を捨てて認識する、行動するというようなことを強調し、
これの重要性は明らかなのだが、どうも、それが西田の場合は、「哲学者であることの
実践」でとどまっている、田辺の場合は、それを超えようとするのだが、
やはり、「哲学者であることの実践」からは抜け出ていないと言う気がする。
この点で、戸坂などの方にシンパシーを感じるのだが、まあ、これは僕が
哲学者ではないのだから当たり前ではある。

科研費申請の時期が終わり、少し時間に余裕が出て来ているが、まだまだ、
色々と仕事が山積。若いころと違い、朝から晩まで、休まずに仕事というのが
出来なくなっているのがつらいが、なんとかやらねば…


2015年3月28日(土曜日)

また間違えて書いてしまった…

カテゴリー: - susumuhayashi @ 01時24分28秒

もうすぐに新学期が始まるので、準備のためにKULASISのシラバスを見ながら、講義の構想を練っていたら、また、人文社会科学を人文社会学と書いてしまっているのを発見(前期、月曜日5の特殊講義「ITと哲学の相即」)

僕は人文科学という言葉が嫌いで、必ず人文学というようにしているが、これが社会科学と合わさると、さすがに人文社会学ではおかしいので、仕方がないので人文社会科学と書くことにしているのだが、良く無意識に「科」を取ってしまう。これは今まで何度もやってしまった間違いだが、今回もやっていた…

シラバスを既に読んでいる学生さんたち、単なるケアレスミスですので、誤解の無い様に願います。


2014年10月9日(木曜日)

丸山君が白眉センター助教に

カテゴリー: - susumuhayashi @ 23時55分52秒

溝口君に続き、また、研究室での目出度い話。

オックスフォードに留学している丸山君が白眉研究員に採用され、
4月から同センター助教となる。基本的には研究しているのが仕事で
5年も継続できるのだから、こんないいポジションはなかなかない。
その間に文系の学位も文学研究科で取得予定。

僕が受け入れ教員なので、少し前から聞いていたが、今日見たら
発表されていたので、公開!


溝口君たちのプロジェクトがグッドデザインに!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 03時21分44秒

僕の専修の重要メンバーである学振研究員の溝口君が主催する「思い出サルベージ」が、
グッドデザイン賞を受賞。おめでとう!!

思い出サルベージこそは「デザイン・シンキング」の典型的な成功例だと思っているが、
それを自分で作り出してしまう溝口君には驚嘆する他ない。

で、そういうことを京大デザイン・スクールの中小路さんに話したら興味を示していた。
彼女の講義か何かで講演して欲しいとのこと。溝口君、一考お願いします。

こういう若い人たちが、さらなる高みを自然に目指す、そういう日本になって欲しい。


2014年9月6日(土曜日)

「20世紀現代数学とゲーデル」、序章、一章完成!!!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時31分44秒

前回書いたような経緯で、数年前に引き受けた岩波新書の序章と1章が完成!!!

ここまで出来ると、後はテクニカルな問題が主になる。つまり、漸く、何をどう描くかが決まったということ。

しかし、ここまで20世紀の代数幾何学・数論の歴史と、集合論・論理学の歴史が重なるとは思わなかった。実に驚きだ。

フェレイロスの「思惟の迷宮(Labyrinth of Thought)」の翻訳プロジェクトと合わせて、これが日本の、もう維持できなくなった歴史観を変えてくれたらなー、と思う。

しかし、マックス・シェーラーが東北大学の教員として赴任する直前に書いたように、この国の人々は、実に保守的だ。良い意味の保守ではなく、単に、現状を維持したいとう言う意味の、姑息に保守的なのである。

しかしそれでも、僕等のような老人は退場していき、新しい世界が訪れる。それを信じよう…


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