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2018年5月17日(木曜日)

橋本君の博士論文公聴会

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時17分44秒

歴博研究部助教の橋本君の博士論文の公聴会が無事終わる。

神戸大時代に、形式的な主査をやったことがあるが、実質的な博士論文の主査は、
実は、これが初めて。で、どう考えてても、これが最後!

橋本君の「みんなで翻刻」は、ますます、順調なようで、一先ずは安心。

しかし、これを古地震以外に展開できて、初めて、本物と言える。

多分できるだろう。

日本史の上島先生に、良いコメントを頂き深謝!

伊藤さん、伊勢田さんのコメントも、実にありがたい、的を得たものだった。

橋本君、さらに精進してください。

うーむ。なんだか、大相撲のようになったな… :hammer:


2018年5月13日(日曜日)

またもや火事!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 03時20分29秒

「かね松」という名の八百屋さんが京都には二つある。錦と縄手通だが、どうも、互いに関係はないらしい。

その内、縄手の「祇園 かね松」は、素人でも鞍馬の実山椒を買える、僕が知る限り、唯一の店なので、毎年、この時期に数パック買っている。

で、昼頃に電話してみてたら、もう実も大きくなっているとのことで、4パックわけてもらいに、東西線と京阪で出かけたのだが、何故か、京阪の特急が10分近く遅れている。

四条の駅から地上に出てみると、猛烈な人出だけでなく、なんと南座の前に消防車!

改修中の南座で火事か!?…

と、心配したら、新たにやってきた消防車が、もっと前(東)に止まった。

えっ!?

と思ってみたら、目疾地蔵の仲源寺の東隣あたりから、猛烈な煙がでている。

火事!!!

で、身動き取れないので、縄手から入らず、一筋西からビルの中の通路を通り縄手に入り、実山椒を買い、かね松からでてみると、煙が酷くなっている。

Google map で確認してみると、割烹千花の辺り!

この店は、今回の火事の報道で知ったがミシュラン3星だったらしい。実は、もう30年近く間、亡くなった兄に連れられて、一度だけ、先代の時代に、行ったことがある店。今は、代替わりしている。

で、後で、TVのニュースで、確かに、千花が出火元と知る。Google の画像を見ると、店の建物やカウンターも新しくなっていた。しかし、それが燃えた…

これで、古川町の島田さん、あわらのべにや(八杉が、激励のメールを送ったら、今日、女将さんからお礼の返信が来ていた。大変な時に、本当にありがとう。二人で応援してます)、そして、一度行っただけながら、千花と、知っているところが、三軒も続けて火事。憮然…

一番、親しいのは、べにやで、報道を見ると、あわらの他の旅館のサポートもあり、また、シンボル的な樹木たちが生き残り、また、何より、源泉がひとつは生きているとのことで、昭和のあわら大火の経験もあるので、きっと、直ぐに再建するのだろうと、大きな期待!!!

あんな温泉宿は、他にはないはずなので、是非、再建を!!

しかし、これだけ火事が続くと、本当に、嫌だな……


2018年5月10日(木曜日)

べにや頑張れ。応援してます!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 01時54分22秒

京大文での最終年度ということで、20世紀学専修と合同したことをいいことに、かなり、サボっている。すみません。 :hammer:

しかし、サボりすぎは良くないと思い、現代史との合同セミナーに参加。
ちょっと問題のある報告で、批判的コメントが続き、僕も、批判発言こそ
控えたが「ウーム!!」という感じだったので、その間に、WEBサーチなど
してしまった。それで、気になっていた、あわらのべにやのことをサーチ
したら、奇跡が起きたとのこと

べにやの火災は、全国紙レベルの話題だが、これは福井新聞だけらしい。
しかし、それを京都から知ることが出来るということは、実に素晴らしい。
これが、ITのポジティブ面。

一番、驚いたのは、少なくとも一つの泉源が健在とのこと。
あれだけ焼けたのに、確かに奇跡!実は、この源泉のことを
一番心配していた。

どうやら社長さんは再建するつもりらしいし、あわらの他の旅館も、
それをサポートするつもりらしい。

実に、素晴らしい!

たまにしか、お世話になれない「貧乏学者」ですが、
再建されたら、必ず行きます!女将さん、社長さん、
従業員のみなさん(特に、いつも、お世話になる大柄で
感じの良い仲居さん)、べにやのファンは沢山いる
筈です。頑張ってください。

再建されたべにやに泊まれるのを楽しみにしています。


2018年5月6日(日曜日)

二冊の Prinzip

カテゴリー: - susumuhayashi @ 11時25分40秒

京都ユダヤ思想学会のコーエン・シンポジウムというものがあるので、
そこでコーエンについて話してほしいと、宗教学のPDの吉野さんに依頼を
受けたのが、1,2ヶ月前か?

少し遅れていたレジュメを、昨日、ようやく送る。

僕は、コーエンは研究したことがないので、田辺のコーエン受容の話を
する予定でいたが、4月中頃になって、慌てて、調べ出し、
コーエンの著作 Das Prinzip der Infinitesimal-Methode und seine Geschichte(以下、Prinzip)
と田辺の関係の話にすることにした。この書は、無限小を元にした形而上学、あるいは、論理の
話で、当時としても異端の問題作であると言われているが、しかし、同時に、これがコーエンの
代表作とも言えるようなものとされている。

また、田辺は数理哲学の時代、Prinzip を手厳しく批判したバートランド・ラッセルの哲学を、
数学的にはコーエンより優れているが、哲学的深さにおいてはコーエンに及ばないとした。

西田はコーエンの Ursprung (訳は源泉かな?)の考え方が、大変に気に入っていたと
西谷が書いていたように思うが、これは、京都学派にかなり影響を与えたのではないかと思う。

田辺の考え方でいえば、数学や自然科学の様な「科学的」思考法は、外延的なもので、
その背景に科学的合理性を超える内包的なものがあり、それこそが哲学が探究するものだ、
それがコーエンの「湧き出し」としてのUrsprungだという考え方。
Du-Bois Reymond の物理学の概念の由来は、物理学ではわからないという考え方に
通じるもので、多分、当時、流行った考え方なのだろうと思う。

で、そういう思考法のバイブルともいえる Prinzip が、何故か、京大田辺文庫には二冊ある。
どちらも貴重書で、書き込みがあるが、これを調査して、報告することにした。

しかし、何故、二冊あるのか。これが以前から謎だったのだが。今回の調査で、
購入時期が、古いものが1924年以前、新しいものが1925年以後、らしいことが、
蔵書印として押されている小判型古印体の印と、角型篆書体の印の使われ方から判明。
二冊の Prinzip の一冊には小判型が、もう一冊には角型が使われている。

小判型は、いかにも安物で、角型は、かなり良さそうなもの。それで、多分、
小判型が古い、と予想。京大田辺文庫の本の、すべての出版年と押印の分布を
調べれば、どちらが古くて、大体、どの位の時期に、印を変えたのかの大体の
推測ができるのではと考えて、学生にバイトを頼んで、その分布の全ての
表を作り作業を始めた。

二日はかかるだろうと思っていたが、調査を始めて30分位のころに、
Logos という雑誌の押印が、1923年号と、1924-5年号の間で切り替わっている
ことを発見。古い方が小判型で、新しい方が角型だった。

角印が押印されている1924年以後に購入したと思われるPrinzipには、コーエンの考えが
カントル的極限(Grenze)であり、デーデキント切断にも及ばず弁証法になっていない
という意味の批判が書き込まれている。1924年に、後の弁証法転向の端緒となる
「カントの目的論」が出版されていることからしても、これは弁証法研究の時代、
それもマールブルグ学派の思想を捨てた後の書き込みと見られる。

ただ、コーエンは、無限小、源泉で、収束、極限、ではないはずで、
極限は、ラッセルのコーエン批判を受けて、ナトルプが無限小の
代替物として使ったと僕は理解している。田辺の書き込みも、
極限批判を書き込む場所としては、あまりそぐわないようにも
見えるし、ここら辺を、もう一度、ナトルプの本を読み直して、
報告する予定。

印と出版年の表の件や、Logosの印の切り替わり、こういう風に、「そうだ!」
という気付きに基づいて、地道な検証をしていると、突然、思いがけない史料が見つかる。

これが一次史料ベースの歴史研究の楽しさで、ミステリードラマで刑事が
調査をするのを見ていると、結構楽しいが、それにソックリ。史料(証拠)を
求めて旅行をしたり、その地の史料館(警察署)などを訪問して話を聞いたりと、
そこら辺まで似ている。京都学派の場合、これが全国に散らばっていて、
また、観光で訪れたいような場所だったりするので、尚更、楽しい。
しかも、研究者の役得で、一般の人が見ることができないもの、
入ることができないような場所、触ることができないようなもの、
に直接親しむことができる。

以前は、それがヒルベルト研究のドイツ、ゲッチンゲン大の図書館と
数学科の読書室だったが、京都学派の方が、色々あって楽しい様な気がする。 :-)


火事

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時10分53秒

仕事をしていたら、パートナーが、ただ事ならない雰囲気で、
何か言いながら二階に上がってきた。驚いて聞いてみると、二人とも
大好きで贔屓にしていた、福井県あわら市の温泉旅館べにやが火事とのこと。
結局、全焼で、全てが燃え尽きたらしい……

癌治療の副作用による極端な筋力低下が、塞翁が馬で、僕の筋力増強の努力を促して、
長年苦しんでいた、腰痛、肩こり、腱鞘炎の全てが解消し、最後に残った、カイロプラクティックで
痛めた頚椎の問題も、かなり改善してきたため、僕は、温泉に行きたいという気持ちが無くなってしまっていて、
べにやにも、かなりご無沙汰していた。

パートナーは、僕より温泉好きなので、近々、べにやに行きたいと言っていたので、そのつもりでいたのだが、
その矢先に、この火事…

実は、少し前には、以前は、良く買っていた古川町の八百屋さんが火事で全焼。

あまりに酷いことが、知り合いに続けて起きてショック…

特に、べにやは、湯については、他の宿でも良い所があるが、食事に関しては、
連泊して、嫌なおもいをしないのは、僕の経験では、ここしかなかっただけに、
そういう宿が火事で燃え尽きてしまったのは、非常にショックだった。

もう一つの好きな宿として、朝食で有名な、Y温泉のK亭がある。
こちらの湯は、かすかに硫黄臭がする高温度の塩泉のべにやの湯とは
正反対の湯だが、そのローケーションと湯の加減は、絶妙で素晴らしく
気持ちがいい。

それで、以前は、時々、お世話になっていたが、何度か行くと、二日目の夕食の
ことを考えると、少し憂鬱になるところがあった。こちらは、夕食も創作料理風で
本まで出ているのだが、実は、何時行っても、ほぼ同じ様なものしか出ない。

あまり多くの宿を知らないが、これは、どこでも同じ様におもえる。

ところが、べにやだけは、何時も工夫があり、同じものが、まず出ない。

創作料理の様なものは出ず、伝統的な和食なのだが、何時行っても、
これ初めてだ、というような料理が出るか、以前食べた記憶が
あるが、丁度、また食べたいなと思っていた様な料理がでる。

僕等の旅行は、観光が目的でなくて、温泉に入るのが目的だから、湯と料理が
よければ、同じ宿でよい。それで自然に、べにやにばかり行く様になった。

最初にお世話になってから、多分、10数年、もしかしたら20年近くたつのではないかと
思うが、その間に、明らかに板長さんが変わっているのだが、その際に、料理の
スタイルと品質が変わらなかった。これも驚くべきことで、ここの以前や今の板長さんが、
京都にお店を出したら、評判になるだろうと、何時も思っていた。

朝食でさえ、連泊しても「今朝の朝食は、なんだろう」とワクワク感のある、
知る限り、他にはない宿であった。

まあ、大金持ちには、程遠い学者なので、多くを知らないのだが、それでも、
この宿だけは、特別だ、他には絶対にない温泉宿だと、自信を持って言える。

女将さんも社長さんも、本当に、大変だと思うが、何とか再建して欲しい。

そうしたら、直ぐに行こうと、パートナーと話した次第。

でも、本当に気の毒…


2018年3月29日(木曜日)

西田哲学館訪問

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時01分24秒

28日は、かほく市の西田哲学館を訪問。西田新史料の翻刻会議、今年度の最終回。

代表が浅見哲学館館長の科研費の研究が、かほく市のプロジェクトと並行して走っているが、
その分担者の一人として工繊大の秋富さんが来ていて、久しぶりに話す。驚いたのは、
このプロジェクトに参加している、石川工業高専の鈴木教授が挨拶をしてくださって、
以前、北大の中戸川さんを通して、電話で話したとこのこと。元は産業図書に勤務されていた
とかで、確か、そういう方の紹介があったような記憶が朧げに…

兎に角、記憶力とか判断力が衰えてきていて(というか、記憶力は以前から怪しいが :hammer:)、
今日も、最寄りの東西線の駅で、滑り込んできた反対方向の列車に、何時もの癖で飛び込んでしまい、
危うく、会議に間に合わないのは回避したものの、無理矢理乗ったので、予約した指定席などは、
全部、パーになるかと思ったが、宇野気駅の方やサンダーバードの車掌さんなど、
JR西日本の方たちの大変に親身な対応の、お陰で、数百円のマイナスで何とかなった。深謝!!!

西田哲学館は、立派な研究棟ができていて、そこで会議。満原さん、吉野さんの二人の研究員が
積極的に発言してくれて、心強い限り。来年度も、上手く行きそう。

宇野気は、京都より少し寒く、それでも桜が良く咲いていた。金沢駅の人出は、閉口するレベル…

帰宅したら、庭の桜が満開に近く、花桃や、山ツツジなどが、かなり開花してきていた。

で、夜中になって、何の気なしに、姉小路の飯田さんをググってみたら、ミシュラン三ツ星になっていた。

いい店にいくと、緊張感がありすぎることがあるが、飯田さんのお店だけは、これが全くない。
開店当初で、まだ、無名の時に、共通の知人に紹介してもらって、それから、年に、
多くても二度ほどながら、寄せてもらっている。飯田さんと女将さんの人柄が本当に良くて、
緊張感なしに、最高の食事ができるので、大変、好きなお店だ。

前回、お願いしたときには、中庭に、見かけが太々しい猫がいて、焼き魚(鰻、ただし、
並の鰻ではない)を焼く煙のせいか、「食べたいよー!!ニャーニャー」と泣き続けていた。

女将さんに聞いたら、カラスだか、他の猫だかに(どちらか、忘れた)、追いまわされて、
お店の中庭の木の上で切羽詰まっているところを、飯田さんが助けて、それから、飯田さんに大変
なついているのだとか。

こういう野良猫が中庭で、ニャーニャー鳴いているのは、センセイも僕も大好きで、
「飯田さんらしいなーー」と思って、嬉しかったのだが、でも、これって、もしかして、
これを理由にミシュランの星が一つ減らないかと心配していた。でも、星が減っても、
それが飯田さんの勲章だね。などと思っていたら、逆にあがった!!

まさか、ミュシュランも、野良猫のために星を増やしたわけではないだろうが。 :-D


2018年3月20日(火曜日)

稲葉さんとの議論

カテゴリー: - susumuhayashi @ 01時50分46秒

3月18日の日曜日、東京にて京大文科学哲学科学史専修出身の稲葉さんと会い、
僕の数学基礎論史観について議論。

予想以上の成果!

僕の「19世紀末から20世紀初頭の数学基礎論の成立と、主流の数学者が第二次世界大戦を境にして、
哲学から完全に離れる」という現象を、「哲学の一部であった伝統的論理学が、記号論理学と、
集合論に再編され、さらに公理的集合論ZF,BNGとして形式化されることにより、数学に必要な哲学の一部分が、
数学化(科学化)されて、哲学から切り離された」という歴史過程として理解する、という歴史観を
話したところ、大変、強い賛同を貰えた。

これには、物理学における「近代化」が、並行するように伴っていて、
そこの部分を物理学史の稲葉さんに聞きたかったのだが、
どうも、僕の素人理解でも大丈夫な感じ!

実は、この歴史観を纏める段階で、ゲーデルの物理学への言及の重要性に気づき、
そのため、数学史と物理学史を比較する必要に気づいた。

その時点で、稲葉さんと関西大学の杉本舞さんより、彼と彼女、そして、その仲間たちによる
Quantum Generations の和訳を献本していただいていたというのは、これも、
また、奇跡のような出来事。

この様な、幸福な出来事の連続で、僕の人文学研究は成り立っているのだが、
本当に、この幸運は、奇跡、としか言いようがない。

できれば、それが、稲葉さんや杉本さん、そして、僕の唯一の「弟子」と言いたい、
橋本君に継承されれば、と願う…


2018年2月28日(水曜日)

「ゲーデルの謎を解く」の新版?

カテゴリー: - susumuhayashi @ 23時45分14秒

「ゲーデルの謎を解く」の改訂版の話が浮上。

少し前から、あれが出た平成5年とは、社会におけるITの位置が、根本的に変わったので、
今、書くとしたら、前より良いものを、ずっと楽に書けるのでは、と思っていた。

例えば、当時はファミコンでしか説明できなかったことが、
今はスマホで説明できる。

万能チューリングマシンの万能性は、スマホが電話にも、電卓にも、ラジオにも、テレビにも、
そして、コンパスやGPS、最近では気圧計にまで「化ける」という、生活実感で説明できる。
#この話し、単にたとえ話ではなくて、HCIの観点から、理論化できる可能性さえある。
#つまり、人間の視覚、聴覚、触覚が、これこれだと前提し、それとインタラクションする、
#センサーとアクチュエータ(スピーカや画面も含む)が、どれだけの機能あれば、万能HCIと
#言えるかなどという議論ができるはず。実にカント的な話!!

面白そうだと思い、書き換えの検討を開始したが、
もう25年も前の話なので、こんなものを書いていたのか、
と他人が書いたもののように読む。

このころは、まだ、龍谷の理工学部のころで、純粋の理系学者だったのだが、
自画自賛になるが、案外良い文章を書いていて、自分で驚く。もしかしたら、
人文学者になった今の方が文章は下手かも。(^^;)

大幅書き換えを考えていたが、どうも、大半は、少しだけの手直しで、
そのまま使えそうだ。

しかし、ファミコンのところは全面書き換えだな。

変身機械をどうするかは、難しい所。

面白いことに、分かり易いと思って書いたのだろうが、
変身機械でかえって分からなくなった、と言う様な
読者が当初は多く、正直、がっかりしたのだが、
最近になって、これが面白い、分かり易いという人が
増えている様な気がする(もう、新品は売られていないので、
多分、古本で読んでいるのだろう。最近は、オークションなど
で古本が買いやすいから。)

これがおそらくは、IT慣れした人が増えたためではないか、
と思っている。

そういう人をターゲットに書けば、色々と面白い話をかけるはず。

ただ、この本、どう見ても、文字数が少ない。その割には高い。(^^;)


2018年2月22日(木曜日)

〇〇の者と〇〇の人(その2)

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時29分53秒

昨日書く筈だったが、今日、続きを書いている。

○○者というのは、○○という学問をすることを仕事とする人。

○○の人というのは、○○という学問をしたい人。

これは、大きく異なる。

数学史上、著名な数学者中の数学者と言いたくなるフェルマー、そして、少し毛色が違うが、ビィエタ。

この二人は、数学者ではなくて、法律を職業として、そして、数学の人だった。

フェルマーも、ビィエタも、実は本業は法律なのである。

さらに言えば、メービウス、ガウス、リーマンなども、皆、天文台の学者であり、数学者ではなく、数学の人!

で、こういうことがあるので、数学を行うことと、数学者というものを分離して考えようというのが、
僕の最近の考え方。

○○の人は、○○について、本当に知りたいだけなので、○○の職業人が囚われがちな、
○○の「商習慣」から自由でいられる。その故に、才能があれば○○者より、はるかに
本質的な仕事ができる。

こんな事を考えていたら、以前、科学史の院生に、「林先生のアイデンティティが分からない」と、
批判的に言われて、意味が解らず、戸惑ってしまったことを思い出した。

要するに、僕があまりに色々なことをやるので、どの○○の、○○者か、分からない、という発言だったと、
漸く理解。

ところが、○○の人、という観点からは、これは全く的外れで、僕が、色々やっている学問は、
殆ど、全部、「近代化とは何か?自分が関わって来たことを、近代化の文脈で理解すると、
どう理解できるのか?」という、個人的な疑問に突き動かされて行なっていることを理解!
つまり、自画自賛になるが、僕の学問ほど、一貫した学問は、あまりないことになる。 ;-)

今でも思い出すが。「来年の特殊講義は、京都学派です」と言ったときに、今はグーグルで働いている、
清水君が、本当にのけぞって、数十センチ後退した。 :-D

しかし、それが、数学基礎論史の疑問を解決してくれたわけで、僕が、数学史学者ではなくて、
数学史の人だったから、この様なことが出来たのだという気がする。

京大文に転職したときに、僕のような情報工学の人間が、人文学の学部に転職して、吉と出るか、
凶と出るか、分からないという意味の事を、京大文の同窓会の雑誌「以文」に書いたが、
有難いことに、吉と出た様だ。 :-)


2018年2月20日(火曜日)

○○者と○○の人

カテゴリー: - susumuhayashi @ 04時21分59秒

かほく市の西田記念館からの依頼で行っている、西田「新」資料翻刻・調査のプロジェクトを実施するための膨大な書類を作っていたら夜中の3時を過ぎてしまった。締切は2月19日だったのだが、完成したのは、20日の未明。こういう締切は、1,2日の余裕は取ってあるものだし、かなり遅れる猛者もいるらしいから、僕のは、多分マシな方だろう。

それにしても、少し前までの京大の事務は、こういうことに非常に柔軟に対処してくれたが、大学改革とかいう、明らかな改悪のために、今まで奉職した大学の中でも、神戸大並のワースト大学になってしまった京大…。

実に嘆かわしいことで、これのツケは、これから露わになるはずだ。どうして、日本は、第2次世界大戦の教訓を生かせないのだろうか。暗澹たる気持ちになる…

ということで、寝付かれず、このブログを書いている。

3月に物理学史の稲葉肇氏と会って、最近考えていることを聞いてもらえることになった。そのための旅費の申請も2月19日がデッドラインだったが、こちらの方は、少なくとも日付が2月19日の間にメールを送れた。 :-)

これは、前にも書いた気がするが、岩波新書の「ゲーデルの不完全性定理(仮題)」で書く、新しい数学基礎論史観を、同時期の物理学史と、どの様に整合させるかという問題のために、色々な人の意見を聞いている、その一環。稲葉君は、僕のヒルベルト論文の草稿をちゃんと読んでくれた数少ない人のひとりだし、この物理学史とのすり合わせに使っている Quantum Generations という本の和訳者のひとりなので、意見を聞くには最適な人の筈。

僕の「新」史観のポイントは、数学基礎論史を、単独で見ることなく、その時代の文化史の文脈において見て、M.Weber の意味での近代化の一例として理解するということなのだが、そこまでやると、当然ながら、では、お隣にある物理学の歴史では、どうなのですか?、という疑問が湧く。

そういう質問があった場合に、ちゃんと答えられるようにするために、これをやっている。

ポイントは、○○者、たとえば、数学者、哲学者、物理学者、と、英語でいう、Men of mathematics、数学の人たち、の様なものを区別すること。

数学者、哲学者、物理学者、などという枠組で考えていると、19-20世紀に起きた変動を理解できないのではないか、というのが、最近得ることができた見解。

そうではなくて、「哲学的問題」、「数学的問題」、「哲学的手法」、「数学的手法」という、2×2の組み合わせjで考えるべきではないか、というのが、僕の史観のポイントで、そうすると、ヒルベルトは、「数学に関する哲学的問題」を、「数学的手法」で解決しようとした人、と理解できる。

こうすれば、彼の無名の若き日の哲学紛いの日記のアイテムと、哲学者を見下す1930年のケーニヒスベルグやハンブルグでの講演の内容が整合性を持つ。

…と、こんなことを考えていたら、以前から、違和感のあったことが何となく腑に落ちるようになった感じ。

もう、遅いので、また、眠くなってきたので、続きは、明日!


2018年1月27日(土曜日)

デザイン思考、パナソニック、松下幸之助

日経のニュースを見ていて、パナソニックが、シリコンバレーにデザイン思考の「工場」を作ったという記事を見つける。

調べてみたら、2016年頃から、日本国内でデザイン思考が流行っているらしい。
以前、「デザイン思考だ。d.schoolだ」と喚いていたものとしては、嬉しいような気もするが、
もう遅すぎないか、今からやると却ってマイナス面がでないかと心配になる。
アメリカで、「もうデザイン思考ではないだろう」という様な記事が書かれるようになったのは、
かなり前なのだから。もう一つジャンプした方が多分いい…

それに、この記事の「プロジェクト発足に先駆けて「米スタンフォード大学のd.schoolを経営会議のメンバーで訪問した」(宮部専務執行役員)。」という所などを
読むと、正直、ため息がでる。デザイン思考の持つ雰囲気は、こういうのにもっとも反するものだ。
デザイン思考を説明するのは難しい。あれは体で会得するしかない。
だから、d.school なのだが、パナソニック(β?)の経営会議の人たちは理解できただろうか。

実は、パナソニックにとっては、デザイン思考の最大のお手本は足下にある。

松下幸之助の二股ソケット、これこそデザイン思考そのものだ。


2018年1月24日(水曜日)

最終講義?

カテゴリー: - susumuhayashi @ 17時00分40秒

来年度末で、京大を定年退職になる。その事もあって、来年度から、僕が唯一の教員である情報・史料学専修と、同じく、教員一人のみで、その教員の杉本さんが、
再来年度末で定年退職の二十世紀学専修が合併してメディア文化学専修になる。

科学哲学科学史専修の伊藤さんも言っていたが、現代文化学系(専攻)に、二つも「一人専修」(教員一人だけの専修)があって、良く長年なにも起きなかったものだ。
一人だけの教員が、病気や怪我、あるいは死去などということになると、一人専修は本当に大変なことになる。

教員2名体制になり、これでちょっと一安心という所。

ただ、僕は来年度最後なので、杉本さんには悪いが、講義などで、少し楽をさせてもらっている。特に、二つもやっていた特殊講義を来年度はしないことにした。

実は、この特殊講義が、僕の研究の原動力で、京大文に転職した後に、物凄く研究が進んだのは、これをやっていたから。

つまり、講義をすすめるためには、どうしても研究しないといけないという風に自分を追い込むためにやっていた。さらには、講義の参加者からの質問・コメントなどが、非常に役立った。

しかし、兎に角、しんどかった。亡くなった、哲学史の小林道夫先生が、大阪市立大学から京大文に定年前に移ったことは、大変にしんどかったと仰っていたが、これも同じことだろう。
京大文で特殊講義をすると、一種の真剣勝負のようになる。

西田、田辺なども、同じようにして、研究を進めていたらしい。少なくとも、僕が長年研究している田辺の場合は、講義ノート(メモ?)から、自信をもってそう言える。
金3の田辺演習で、先日まで読んでいた昭和9年の講座の秋くらいの部分は、明らかに種の論理が形を成し始めているのが見える。ただし、出版されたものとも微妙に違っていて、
理論が形成されていくところが見えて興味深い。西田の宗教学と倫理学の講義ノートを現在プロジェクトを組んで翻刻しているが、こちらは、特殊講義ではないようで、
それもあって、田辺のものより整然としているが、それでも西田の思考の努力の跡が見える。

ただ、僕が、特殊講義を「利用して」研究をしていたのは、西田や田辺の様な京大文の大先輩たちを真似をしたのではなくて、
京都学派の研究に手を染める前の主な研究対象だったヒルベルトの真似。ヒルベルトの講義資料を読んで、
なるほど、こうやって講義しながら、理論を作って行っていたのかと感心して、それを真似た次第。

それが許される、というより、原則としては、そうしないといけない特殊講義というものがある京大文に10年以上に渡って在職できたのは、実に幸運だった。

80ページを超える論文を書きながら結論が書けず、塩漬けにしていたヒルベルトの初期数学思想についての論文も、この京都学派研究を通ったお蔭で、漸く結論が書けそうな状況になっている。

しかも、幸運なことに、その内容を公表する絶好の機会が巡って来た。僕が、数学史の研究のベースの一つにしている、数学における modernism 研究である
Plato’s Ghost の著者の J.Gray 氏が、来日されて応用哲学会でシンポジウムをするので、僕にも話してほしいとの依頼が、名古屋の久木田さんから、極く最近あったのである。
これは、実に、願ってもないタイミングで、大変、ありがたいので、すぐに引き受けた。この講演で、僕の歴史観の最初の紹介をすることになる予定。

ただし、そのためには、ヘルムホルツやエミール・デュ・ボア=レーモンの様な自然科学者と哲学との関係を押さえる必要がある。これが、どの様にヒルベルトの哲学との関係の取り方と違うのか、
それへの理解を整理しないといけない。そのために、色々な人の意見を聞いているのだが、ゲーデルの1960年ころの歴史観における「数学だけはイデアの学問なので、自然科学とは異なる」
という意見と、非常に上手くマッチする結論になりそうだ。

というような、ことをやっていたら、先日、Gabriel Finkelsteinさんから、エミール・デュ・ボア=レーモンについてのメールが、3年ぶりに来たわけで、これも、あまりのタイミングの良さに驚く。

京大文の在籍期間は、この様な在り得ない幸運の連続であり、正に、有難いことだった。

とは、いうものの、その有難い状況は、特殊講義を中心に、講義のために懸命に努力せざるを得ない状況を作り続けていたから生まれたのだろうと思う。
セレンディピティを能力だと言うと、オカルトになるが、反セレンディピティ能力というものがあって、
その能力がないことをセレンディピティ能力であると定義すると、これは自然なものとなる。

反セレンディピティ能力とは、「そんな話あるわけない」、「そんな大変なことできない」と言って、目の前にある重要な資料やアイデアややるべき仕事を、
最初から、見もせず、やりもせず、スルーしてしまう能力のこと。こういう能力を持つ人には、実によく出くわす。つまり、実は、奇跡みたいなことは、
我々が思っているより、日常的に、我々の身辺を通り過ぎているのだが、それを自分で見ないようにしているから、
多くの人には、それが「在り得ない」と見えるのだ、というのが僕の見方。
この動画のゴリラの様なもの。 :-D

この様に考えるようになったのは、Cコンビネータと、Curry-Howard の関係が目の前にありながら、それを発見する、それ以上はない位置につけていながら、
「そんなバカな…」と見過ごしてしまったという経験をしたことが大きい。つまり、誰よりも反セレンディピティ能力を持っているのが自分だ、
と気が付いて反省して考えを変えた。それがよかった。

まあ、いずれにせよ、そういう「有難い」特殊講義の最後の回が、今週で終わった。ある意味で、最終講義で、悲しいかと思いきや、何か、肩のあたりが、スーッと軽くなった。

はあ―っ、もうこれで、あの苦行も終わりだ、と思って、自然に、そうなったらしい。苦しいから前進できるのだが、しかし、若い時のような体力がなくなっているので、
徹夜が無理なので、時間的に追い詰められることが増えてきて、すごいストレスになっていたのだが、それが突然消えたので、「すーっ。はあーっ。ほっ!」となったらしい。 :-)

で、定年はまだなのだが、亡くなった山口昌哉先生が、「林さん定年はいいもんですよ」と仰っていた事の意味を、漸く、実感として感じる。

特殊講義に割いていた膨大な時間を、今度は、今までの研究のまとめに割くことになる。まずは、岩波新書、そして、応用哲学会の講演の準備、先日の京都哲学会の「田辺元と西谷啓治」の論文も、
まだまとめていない。翻訳も二つあるし、それより、Gray 氏が見えるまでに、ヒルベルト論文の結論を書かねば。これに西田プロジェクトと、科研費萌芽、SMART-GSの最終まとめと、
橋本君のみんなで翻刻への機能移植など、やること一杯。

でも、僕の時間の半分は占めていた特殊講義の準備が無くなるので何とかなるだろう。


2018年1月22日(月曜日)

風邪が漸く治る!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 03時37分30秒

先々週の土曜日、朝起きたら咽喉が酷く痛かった。

これから始まり、体温が急激に上下し、最低で35.9度、再考で36.9度と変動し、胃腸も不順で下痢も伴い、もろもろの風邪の症状に1週間以上苦しんだ。

10日近くたった、今日、漸く、風邪から脱したという感触。

この間、連れ合いが、得意とは言えない食事の準備などしてくれた。

すごく嬉しい。ありがとう!!

エクササイズをする様になってから、長引く風邪は無かったのだが、今年の風邪はなかなか手強い。

学生や事務の方たちも、同じような風邪をひいているらしい。

先日は、総務掛のドアを開けたら、一斉に振り向く3名の方が、皆、マスクだった。 :-(

話しは変わるが、家の前の寮の桜が4本、切られてしまった。勿体無い!!

我が家の庭では、古家を買ったときは、小さかった桜の木が、今は、巨木になっている。

うちの桜は、何時まで元気でいてくれるのだろうか。

できるだけ、長く、咲き続けて欲しい。


2018年1月14日(日曜日)

食糧は十分!!

カテゴリー: - susumuhayashi @ 01時39分52秒

RIETI(経済産業研究所)のAIの社会影響プロジェクトの研究を行っていた際に、
大きな違和感を感じたのが、AIの社会影響を論じる人が、僕を含めて先進国の
状況しか考えていないこと。

世界には、まだ、電気も水も食料も十分でない生活をしている人が沢山いる。

そういう人たちのことを無視して、AIがどうのこうのと言っても無意味ではないのか?

もし、世界の食料生産を世界人口で割った時に、それが飢餓のラインを下回っていたとしたら、
AI議論など問題外だろうと思っていたのだが、今日、それを始めてサーチしてみて驚く!!!

http://www.hungerfree.net/hunger/food_world/
によると、食料の生産高は、現在の総ての地球人口を潤すに十分らしい!!!

なんと、素晴らしいことか!!

しかし、そういう時代に、どうして、飢餓が存在するのか???

そう考えると、IT/AIに可能性が見いだせる。

そうあって欲しい…


2018年1月12日(金曜日)

三年ぶりの返信

カテゴリー: - susumuhayashi @ 01時37分05秒

2014年、Gabriel Finkelstein というアメリカの歴史家による Emil du Bois-Reymond についての著作を見つけ、
購入し、それを、このブログに書いた。

それを、著者の Finkelstein さんが、何かでみつけてメールをくれたので、
幾つか疑問に思っていたことなどを問う返信を送った。

しかし、なしのつぶてだったのだが、この1月3日に返事が来た!!

どうもスパムキラーにやられていたのを、何かの偶然で見つけたらしい。

丁寧な、また、有用な返事で、Finkelstein氏の人柄に好感を持ち、また、学者としての力量が相当ある人らしいと感じる。

面白かったのは、du Bois-Reymond への興味は、M. Friedman の影響かと聞いたことへの返答が否だったこと。

この人の説によれば、du Bois-Reymond への影響が多かったのは、むしろ、フランスの哲学者たちだったらしい。

これはヘルムホルツと大きな対照を成す。

そして、そのことは、今、構築中の新史観と、おそらくピッタリ合いそう。

と書きながら、まだ、Finkelsteinさんに御礼の返事を書いてない。

あまりに、興味深いメールだったので、そう簡単に返事ができないでいる。

これって、旧世代の人間の感覚かなあ?


2017年12月30日(土曜日)

”ものづくり”という呪縛

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時08分56秒

今朝(29日朝)、昨日注文した照明スタンドがもう入荷したとビデオ近畿から電話。迅速!!
しかしながら、大学で閉まっているので、来年取りに行く。1月5日からの営業。この照明で上手くいってくれ!!

昨日、夕飯を作りながらNHKラジオを聞いていたら、池上彰さんの番組で、東大名誉教授の政治学者御厨貴さんなどの数名が座談会風に議論していた。

その中で、「今、儲けているのは、ものづくりの企業ではない」という発言がありながら、「基本はものづくりだから」という発言に、
座談会のメンバーの誰からも反論がない。一人のメンバー(NHKの解説員?)から、ニューヨーク中心地(多分、タイムズスクエア)の
広告が、以前は日本企業のそれに占められていたのが、韓国や中国の企業にとって代わられ、僅かに東芝を残すのみだったが、それも
消えることになっているという発言あり。この人たち、わかっていて、大衆に合わせるために、こういう生ぬるい議論をしているのか、
それとも、本当に、そういう生ぬるい立場を信じ切っているのか……

思うに、「日本の失われた○○年」の原因のかなり大きなものの一つに、「ものづくり神話」がある。
この言葉のために、「ものづくり日本」という言葉のために、日本は変わることができなかった。

太平洋戦争末期でも、かなりの人たち、特に少年期の若者たちが、本当に神風が吹くと思っていたらしい。
それと同じ構造が、今の時代にもある。もう、この大好きな国を見限るしかないのだろうか……


2017年12月28日(木曜日)

これが解決策となるか?

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時49分17秒

群馬大での田辺元史料などの撮影の時、一番、困るのが照明。

史料を無反射ガラスやアクリル板などで押さえるのだが、
これに照明が写り込む。特に天井灯の映り込みは最悪なので、部屋の照明は
すべて消して、両側45度の角度に照明を置いて撮影する。

ただ、この際に光ムラが生じて、そのために原稿用紙の罫線消去などの
フィルター操作が不可能ですと業者の技術者に言われることがある。

そのため、群馬大図書館での田辺史料を想定して、
(1)軽い。一人で持ち運べる。
(2)色ムラが生じない
という二条件を満たす照明を見つけるため、今まで
どれだけの照明器具を試みて来たことか…

昨日、放送大学の講義のための収録に来て
下さった撮影会社に教えてもらった、ビデオ近畿という
会社を訪問して、この問題のソリューションになり得る
照明を見せてもらう。

サンテック社というところの製品で、昨日見たものより、
ずっと安い。LED電球が268個使われており、それに細かい穴が大変多数
開いているプラスチック板が取り付けられている、
という構造らしいが、非常に良さそうな光の具合だったし、
それなりに軽量。また、色温度も容易に設定できるので、
即決で2セット注文。

照明パネルのためのスタンドが入るのが1月の半ばになりそうだが、
それまでに調査旅行の予定はないので、全く問題なし!!

これで上手く行くといいのだが…


2017年12月27日(水曜日)

放送大学インタビューの収録

カテゴリー: - susumuhayashi @ 00時49分06秒

26日午後は、放送大学青木久美子教授の「日常生活のデジタルメディア」という講義の
最終回のためのインタビューの収録。

以前だったら、放送大学の事情を見るのに良い機会だと、東京にイソイソと出かける所だが、
最近、色々と忙しいこともあるが、出不精になっているため、京都まで来ていただいて、
僕の研究室で収録。

大阪から来ていた撮影スタッフの方たちが組み立てている照明が、目に飛び込む!

群馬大の田辺元史料には、原稿用紙を半分に折って裏表両面を使うノートにしたものが、
かなりの数あるのだが、広げて撮影するのだが、原稿用紙は、結構広いため、
光のムラなく撮影するのが難しい。

人間の目には、なんらのムラも見えなくても、プロにフィルターをかけてもらおうとすると、
「人間の目では確認できないような光ムラのためにできません」といわれることが
多々ある。そのため、なんとか京都から群馬まで携行出来て光ムラがない照明を求めて、
もう随分沢山の撮影用照明を試したが、未だに、理想の照明器具が見つかっていない。

それが、今日(26日)の撮影のために使われたライト(?)では、LEDが数百ほどならんだ
板の様なものが使われていて、スタッフの方に聞くと、肉眼では認識できない光ムラのことを
ご存じで(さすがプロ!)、この機材だと、そういう光ムラなく撮影できるとのこと!!

それに、それほど重くもなさそう。値段も十分買える範囲。

京都で売っている所の情報を後で送っていただけることになり思いがけない収穫だった!

インタビューの方は、青木先生とも、制作の責任者の園田さんとも、
僕の話を面白いといってくださって、色々と共感してもらえたので、大変楽しかった。

実は、僕の話は、かなりの確率で、意味を理解してもらえないことがある。
特に機械系などの、工学部生え抜きの様な人にはなかなか理解してもらえない。
それどころか反発を受けることも、以前は、良くあった。
まあ、少し語弊があるが、「オジサン」に話すと反発を受けることの方が多かった。

そういう中で、共感してくれる人は、建築とか、デザイン関係の方、
アメリカで教育を受けたり、仕事をした経験のある人に多いのだが、
青木先生は、アメリカでの教育と、教職の経験をもつひとだった。

園田さんは番組制作の方だが、これはデザイン関係の人と同じなのだろう。

それに、お二人とも女性で、兼業主夫である僕としては、現政府が進める女性の
社会参加の関係の話でも、共感してもらえたみたいだった。
#締切が幾つも重なる時、大学での仕事を終えて家に帰り、
#夕食の準備をして、その後、また、仕事にもどるのは、
#体力が衰えて来た僕にとっては、かなりつらい…
#50代位までは、そういう時には、睡眠時間を1,2時間に切り詰めて、
#場合によっては0時間にして乗り切っていたが、残念ながら、もう
#やれなくなっている…
#そういう仕事が、ジェンダーだけで担い手が決まるのは、実に変だ!
#ちなみに、我が家の場合は、ジェンダーではなくて、スキルの差で決まっています。 :-D

今日みたいに、面白がって、共感してもらえると、大変嬉しいため、
例によって、ちょっと喋りすぎた… 

僕は、おばさんみたいな性格で、おしゃべり大好き、な人で、喋りすぎて、仕事をしたいパートナーに煙たがられている。 :hammer:
反省…

この投稿を書きながら、メールをチェックしたら、撮影スタッフの方から、
照明を販売している会社の詳しい情報が来ていた。感謝!!!
:-)

今年度も、そろそろ予算の執行の締切が近づいて来ているので、
明日にでも電話してみよう。まだ、営業しているといいのだが。


2017年12月26日(火曜日)

早朝セミナーと京大らしくない京大

木曜日に産官学連携本部の菊川さん来訪。RIETIのPDP「AIと社会の未来」を見ての来訪とのこと。

京大オリジナルという株式会社ができるが、その事業のひとつが一般向けの講義シリーズで、丸の内に努める30代、40代の人たちをターゲットに、早朝7時台からの4回ものの講義の依頼。

内容は、必ずしもAIでなくてもよかったらしいが、多分、それが一番受けると思い、昨年度の特殊講義でやったAI論をベースにして、現在のAIの実相を暴くというテーマで講義することなった。

パートナーに、「私は70歳まで働いたのだから、あなたも70歳まで働きなさい!」と指令を受けているので、来年度末の定年退職を見据えて、以前だったら断ったかもしれない、東京での講義を引き受けた :-?

グーグルのネコ、東ロボ君、AlphaGo、オズボーンたちの失業予想、など、マスコミで話題になっているものの実相を暴き、最後に、RIETIのPDPで展開した「AIによる能力格差拡大とその社会的意味(危険性)」について話す予定。

この内容ならば、話すことに、それ程違和感はないし、丸の内あたりに勤務している人たちに聞いてもらって、実体の無い日本のAIブームの危険性に気づいてもらうのは良いことだろう。

しかしながら、このテーマに落ち着くまでに、かなり紆余曲折した。その理由は、菊川さんが説明してくれた(株)京大オリジナル、そのものへの僕の違和感。

菊川さんは、京大らしさ、を出したいというので、僕を選んだというが、僕のどこが京大らしいのか不明。

僕の持つ感じでは、京大らしさ、すくなくとも京大文学部らしさというののひとつは、講義の初日に教室に行くと、どう見ても学生には見えない年配の人が前の方に陣取っていて、
講義の前やら後に、自己紹介をしてくれて、文学部の学生ではありませんが、講義を聞いていいですか、と言われること。
以前は、これが、よくあって、お礼だとかで、宇治の茶団子を頂いたりしていたのだが、最近は全く無くなった…

下手をすると、茶団子一包で、わいろだ!などと騒ぎ立てられかねない時代になっているので、当たり前か。

そして、京大オリジナルという会社を作るということは、こういう自然発生的な大学の社会貢献まで、大学オーソリティがコントロールして、収益システムの一部に組み込もうということ。

それが菊川さんが見せてくれた、京大オリジナルなどの資料から透けて見えて、「何でこれが京大らしいのだ?!」という違和感を覚えた次第。京大の京大らしさは、
そういう「権威」を突き抜けるところにあるような気がするのだが……

そのため、菊川さんとの会話の中で「今の京大は、もっとも京大らしくない大学だ」という意味のことを言ったが、この人は動じなかった… なんでも東京の大手保険会社からの出向らしい。

本当に京大は変わった…


2017年12月15日(金曜日)

常識の差

カテゴリー: - susumuhayashi @ 02時55分32秒

現代史の小野沢さんとは、研究室が向いであることもあり、良く立ち話をする。
この人は、本当に優秀な人で、特に博士論文でもある「幻の同盟」()を、
読んだときには、「私は歴史家です」とは二度と言うまい、と落ち込んだ程。
ここまでやるか!?でも、やってる… ウーム。僕は歴史家と言い張って良いのだろうか……

まあ、そういうことはさて置き。トランプはオバマが生んだとか、
色々と二人の研究室前の廊下で立ち話することがあるのだが、
今日は、なかなかシビアだった臨時教授会の「毒消し」の意味もあり、
教授会閉会の後、暫く、二人のオフィスの前の廊下で立ち話。

ITの社会インパクトについての評価は、大きく分かれるが、
トランプ大統領の実現など、様々なことについて話す。
そして、多くの事は同意見。

で、その中で、少し驚いた、あるいは、実は、僕が無知過ぎた、
こととして、ラストベルトの労働者の話しがある。

小野沢さんの様な人にとっては、ラストベルトが、栄えていた頃、
労働組合の力が高まり、マフィア化さえしていたというのは、
常識らしい。

(ここから続きを21日に書いている)

しかし、このこと、というか、アメリカの自動車産業の
組合のメンバーである労働者が、例えばレイオフをされても、
それまでと同じ収入を保証されているほど優遇されていることを、
僕が知ったのはリーマンショック後、デトロイトが崩壊した時の
ことだ。

それを知って、初めて、NUMMIが、日本の工場の
様なパーフォーマンスを叩き出せなかった理由が分かったような気がした。

アメリカ人に幾ら教えても、やはりトヨタ生産方式のようなものは、
日本人の素質、精神がないと実行できないのだ、という風な
論調に違和感を持ちながらも、数字としては、その通りだという
ことなので反論できないでいたが、これで一挙に疑問が氷解した。

そんなに優遇されていれば、向上心は生まれないだろう。
そんな風に、デトロイトの崩壊の後に、漸く僕は日米の差を
納得した。

しかし、もし、小野沢さんの「常識」を知っていれば、
NISTEPの客員研究官時代に書いたものや、調査・研究の
結論も、大きく変わっていたかもしれない。

常識の差というものは怖い…


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