「情報技術の現代史」メモ 2019.05.23

質問票への回答のための資料

  1. バベッジとスミスへの現代の視線:  

前回の資料

バベッジの分業論

18世紀(1776年)スコットランドのアダム・スミスの分業論に対して、19世紀(1833年)のイングランドのバベッジは分業論をさらに展開した。

バベッジは次のように考えた。

この「あたり前の考え方」を経済学・経営学ではバベッジの原理という。まとめると…

このアイデアの背景には、次のような思想が見て取れる:

  1. 高い能力を必要として、その故に高い給与を必要とする労働者が、低い能力で十分な仕事をしているのは「能力の倉庫の隙間だ。無駄だ」。
  2. 無駄(な隙間)は見つけたら、隈なく潰せ。

つまり、バベッジの原理は、先に説明した、「Amazon.com FC の棚の思想」と同じ種類のものだとわかる。

19世紀のバベッジの資本主義思想とAmazon FCの棚の思想は同じような印象を与える。

実は、この「あらゆるムダをなくせ」というモットーは、20世紀に後半、日本の製造業が世界のお手本だったころの、日本企業のモットー「ムリ・ムラ・ムダの撲滅」からとったもの。その代表格が、トヨタのアイデアであるトヨタ生産方式(TPS)だった。このモットーは製造業の世界では、世界標準といえる。

バベッジの原理は格差の原理

以上説明してきた、バベッジの原理は、格差の問題と深くかかわっている。

バベッジの原理は格差の存在を前提としている原理。つまり、格差を積極的に肯定すべき原理。

それを理解するために思考実験を行ってみよう。

日本の「庶民感情」にあわせて、人間の能力と賃金がすべて平等で同じだったら、と考えてみる。

そのとき、先ほどのバベッジの議論

  1. 例えばピンを尖らせる工程は週2ポンドの給与で十分な職人でもできる。
  2. しかし、ピンを鍛錬し焼入れする工程は週5、6ポンドの給与の職人でないと行うのは難しい。
  3. もし、独りの職人に両方の仕事をさせるとすると、その職人は後者の仕事をできないといけないから、6ポンドの週給を必要とする。
  4. しかし,その職人に週2ポンドの仕事もさせることになるので、その仕事の部分では4ポンド余分に払っていることになる。
  5. これはムダである。その労働の部分は「分割」して週休2ポンドのものにさせればよい。

が、こうなる、

  1. 例えばピンを尖らせる工程は週2ポンドの給与。
  2. しかし、ピンを鍛錬し焼入れする職人も週2ポンドの給与。
  3. もし、独りの職人に両方の仕事をさせるとすると、その職人は後者の仕事をできないといけないが、週給はどうせ2ポンド。
  4. 労働の種類に関わらず、労働能力にかかわらず、人にかかわらず、兎に角、週給は2ポンド。
  5. 雇い方を変えて儲けを出そうとしてもムダである。労働を分割して賃金の効率化を図ろうとしても無駄である。みんな完全平等なのだから。

つまり、格差がなければ、バベッジの原理は使えない。バベッジの原理を役立てるためには、格差の存在が必要。

「バベッジの原理」は「格差の原理」

バベッジの思考には、次のような前提が使われている:

  1. 格差はある。
  2. 安い賃金で働かせることができる能力の低い人間がたくさんいる。
  3. 目指すべきは「生産における人件費の削減」である。

これに反し、国富論でアダム・スミスが言ったことは、

一方 、バベッジの原理は、同じだけの生産を行う際に、どのように雇い、どのように労賃を払うと効率的かという原理になっている。

バベッジの原理は、人間の格差の存在を前提とし、それを利用して「労賃あたりの生産性」を向上させるための原理といえる。

バベッジの原理は、水力発電が水位差のエネルギーを使って電力を生み出すように、格差という人間の水位差により利益を生み出す

この様な、格差を当然視する、現代的資本主義の元凶は、資本論のアダム・スミスだ、という議論が、「ハゲタカ」というNHKのドラマが放映され、「ハゲタカ・ファンド」、「ハゲタカ資本主義」などという言葉流行っていた2010年前後に多かった。

しかし、実は、それは間違い。もし、元凶というのならば、それはバベッジである。

これを理解するために、アダム・スミスの真の姿について見てみる。

グラスゴー大学道徳哲学教授アダム・スミス

実は、アダム・スミスは、「国富論」の他に、「道徳感情論」という著書を著し、むしろそちらの方が自身の主著だと思っていたともいわれる、グラスゴー大学道徳哲学教授アダム・スミスには、バベッジ的な形式合理性に徹する態度は見られない。

これを当時の日本社会に指摘したのが、阪大の堂目卓生教授。

参考: アダム・スミス―『道徳感情論』と『国富論』の世界 (中公新書) [新書] 堂目 卓生 (著)

スミスとバベッジの相違点の検討

「国富論」における分業論の主張

バベッジ"On the Economy of Machinery and Manufactures"における分業論の主張

バベッジは、これ以外にも分業について考察しているが、この原理がバベッジの分業論の内、後世に影響を与えた最も重要なポイントだといわれている。

そして、その影響のひとつは、カール・マルクスの「資本論」への影響だった…

という、話をする前に、バベッジとスミスの歴史的な関連を、史料を使って確認しておく。これは、バベッジがスミスから影響を受けているということを歴史資料を使って確認すること。

バベッジとアダム・スミスを繋ぐもの

  1. 1810年代の終わり、バベッジは、多項式を機械で計算する方法である階差原理を考え付き(再発明)、1820年代最初に実験機を作り、さらに本格的機械を作るプロジェクトを開始。
  2. その後、渡仏して、de Prony の仕事を知る。
  3. そして、それにより、スミスの分業論と自分の計算機の関係に気が付き、さらにバベッジの原理を発想。
  4. On the Economy of Machinery and Manufacturesを執筆出版。その中で、自分の計算機械と分業論を関係づけて議論。

上の1~4の説明の内、3が推測。他は史料で実証できる。

以下、この歴史過程を、バベッジの書籍の分析を中心にして説明していく。

On the Economy of Machinery and Manufactures, 1832  (機械と製造業の経済について 1832年刊)

Chap XX. 「知的労働の分業について」の内容目次

バベッジの本の歴史資料としてのポイントは二つ

この二つが分かる歴史資料が、Chap XX。

そこで、Chap XX の内容目次に沿って、この章を詳細に見ていく。分かり易くするために、目次の項目に、次の様にアルファベットをふる:

まず、(A) から説明を始める。

(A) フランスの大対数表 (§241-246)

この部分が、アダム・スミスとバベッジが人間コンピュータによって歴史的につながっていることを示す史料。

バベッジは、次のように、この章(Chap. XX) を始めている:

We have already mentioned what may, perhaps, appear paradoxical to some of our readers, ---that the division of labour can be applied with equal success to mental as to mechanical operations, and that it ensures in both the same economy of time.

和訳: 一部の読者にはパラドキシカルに聞こえるかもしれないが、すでに述べた通り、分業による時間の節約は、既に説明した機械的な作業だけでなく知的な作業にも等しく適用できることなのである。

バベッジは、「時間の節約」と言っているが、これは、この前章、つまり、Chap XIX で説明された、ピン工場でのバベッジの原理に基づく分業によってもたらされる「労賃支払の節約」のことである。

この様な文で開始される、Chap. XX 第20章の冒頭部分§241-246は、凡そ、次の様な内容である:

  1. 知的労働の分業が機械的操作(労働)の場合と同様に可能であり,それはどちらも時間の節約,時間の経済,に結びつく. (241)
  2. 歴史上最大規模に行われたフランスのド・プロニーの計算プロジェクトが,この考え方の現実性を説明している (242)
  3. その考え方の元はアダム・スミスの国富論にあることをド・プロニー自身が語っている。(243)
  4. ド・プロニーが考えた組織構造は三層構造による「知の分業」だった(244)
  5. 最下層の労働の量は大きいが、労働の価格は安くてすむ。
  6. 最上層の仕事は大変だが(extertions)、一度やれば済む。
  7. しかし、計算機(a calculating-engine) が作られて最下層を置き換える時には、数学的見直しが必要かもしれない。(245)

5は、バベッジの原理と同じ発想である。そして、それは計算という作業を分割(分業)することにより達成されていた。

この(A)の部分により、フランスの大対数表プロジェクトを解説することにより、バベッジは、第19章で議論したピン工場でのバベッジの原理、つまりは、筋肉労働のバベッジの原理による分業と同様のことが知的労働(この場合では、数学の計算)においても可能であることを示そうとしていることが分かる。

そして、1832年刊行の、この著書が書かれるより、ずっと以前の、1810年代に、計算機械のプロトタイプが作られていたことからして、この知的労働の分業の方が、筋肉労働の分業より、先に構想されていたと思われる。

3は、アダム・スミスの分業が知的労働に応用可能であることを、ド・プロニーを通して知ったことを示唆している。ただし、絶対にそうだとは言い切れないことに注意。

7は、バベッジが既に低賃金の機械的仕事をする労働者を、本当に機械で置き換えることを考えていたことを明瞭に示している。こちらは確定。

以上は、格差を許容する、というより、期待する、ような現代資本主義思想とコンピュータが手を携えるようにして登場したことを示している。

(B-C) 機械による算術計算の実行、数学的原理の説明: 階差による2乗の表 (§247-248)

この部分で、現在では、当たり前の、機械による「数学の計算」のような知的な活動の自動化という、当時としては容易に理解できなかった可能性について、バベッジは実例を使って、分かり易く説明している。

それは、彼が、当時、遂行していた「蒸気コンピュータによる、全自動的な計算で、対数表を作る」というプロジェクトであった。

そして、これらの事を説明するために、バベッジは次の様に議論した。

(D) 三つの時計による説明 (§249): 階差機関と解析機関

(B-C)での数学的な話を受けて、次に、この数学的計算が、機械により実行可能であることが示される。そして、彼の階差機関への言及が行われる。

バベッジは、この節で、むしろ、それが彼の最大のプロジェクトであったはずの、機械による人間の知的労働の代替について議論しているのである。

しかし、ここで、今見ている史料だけでは、その全体像が理解できない。そこで、以下で、バベッジの蒸気コンピュータ計画について説明する。

階差機関:The difference Engine

階差計算の能力 advancedな話題

注. 階差計算を機械に実行させるというアイデアは,バベッジ 以前にもあった

階差機関はなぜ生まれたか

なぜそうまでして数表のエラーを避けねばならなかったか?

解析機関: The Analytic Engine

分業と計算機 (250)

分業と資本 (251)

(E) 鉱山における労働力の配分 (§252)

この部分は、バベッジの執筆の意図が、まだ、分かっていない。そのため、ここでは、これについてのコメントは差し控える。

バベッジの裏返しとしてのマルクス資本論における「分業論」

正確に言えば阻害論であって分業論ではないので「分業論」の様に括弧を付けた。

以上の分析で、最近、多く見られる「AIが知的仕事を奪う」という議論が、すでに1810-30年代のイギリスでバベッジの原理という、資本の論理と手を携えながら、登場していたことがわかる。つまり、労働者を機械部品とみなす現代資本主義と知的機械、ITやAIは、二卵性双生児だった。

そして、バベッジの On the Economy of Machinery and Manufactures の四半世紀後、バベッジが住んだ同じロンドンの大英図書館で、バベッジの分業論などを手がかりにしつつ、この「機械的仕事をする部品の様に使われる労働者」の問題を、バベッジと反対の側、つまり、労働者側から見て、後に20世紀の歴史を揺るがすことになる、一巻の経済学書を綴っていたひとりの亡命ドイツ人(プロイセンのユダヤ人)がいた。

それがカール・マルクス。そして、彼が書いていた経済学書こそが「資本論」。

実は、資本論の数か所でバベッジの On the Economy of Machinery and Manufactures が引用されているおり、それらを元にスタンフォード大学の経済史家 N. Rosenberg はバベッジの分業論がマルクスに影響を与えたと指摘した。以下、その話の解説。

今回の資料

マルクス主義、唯物弁証法、とくれば、階級闘争、プロレタリアートとブルジョアジーの対立の問題が思い起こされるが…

その様な、「バベッジの夢=マルクスの悪夢」が実現された社会は、どんなものか?

トヨタ、アマゾンという資本装置がブンブン唸っている現代日本社会は、「バベッジの夢=マルクスの悪夢」なのだろうか?

以下、これを社会学の理論を幾つか使って考えていく。

まず映画から入る

まずは、今は「遠い」過去のものになっているマルクス主義世界観を体感するために、マルクス主義世界観のもとに作られた、最初期のSF映画の傑作といわれる映画「メトロポリス」を見る。

無声映画でもあり、ストーリーが良く分からないと思うので、林が説明しつつみる。講義では、時間の関係で、全体を見ることはできず、ポイントだけを見る。特にポイントは、リストにしてあるので、これを参考に、できれば自分で全部見ておくと良い。無理ならばポイントだけでも見ておくこと。

鑑賞の際に、参考となるサイト:    特に登場人物の地位と、力関係、どこにいるか、特にその場所の高度に注意(場所が地位のメタファーになっている。機械の方が労働者より上…)。

Metoropolisの粗筋

Wikipedia から

別のサイト

登場人物

Metropolis Rescore

Metropolis Rescore はオーストラリアの作曲家Benjamin Speed が The New Pollutants というグループ名で、Metoropolis にサウンドトラックを付けたもの。

2時間27分12秒という長さからして、ブエノスアイレス版と思われる。

YouTube にあるので無料で見ることができる。画質もよい。

これを見る。

カラー化されたMetroplis: カラー化でかえって見にくいところもあり、また、ドイツ語版なので、以下では、英語版のモノクロ映像を使う。

鑑賞のポイントのリスト

  1. 現代(当時)の象徴としてのマシン 1m40s
  2. 労働者のシフト 2m23s 個性をはく奪され疲れ切った労働者たち
  3. 労働者の住居は Deep Blow に 3m49s
  4. Deep Below の逆 High Above 5m15s
  5. Maria の登場 「御覧あれがあなたたちの兄弟よ」 8m24s
  6. 恋に落ちた Freder は地下へ 11m56s
  7. M-machine (Heart machine) の暴走 12m54s
  8. 新バベルの塔とメトロポリス 16m14s
  9. メトロポリスの「頭脳」で 17m26s
  10. Josaphat 君、これはどういうことだ?19m45s 情報と命令のオーダー
  11. 労働者のチーフ Grot の登場 怪しい地図がまた二つ 24m42s
  12. 怒る Frederson. その理由は? 25m5s
  13. Josaphat君、君はクビだ 26m43s
  14. Rotwang キチガイ科学者 36m48s
  15. 秘密の集会 48m59s
  16. ロボット Maria 1h22m40s
  17. 扇動 1h38m42s
  18. 労働者の蜂起 1h45m20s
  19. Heart-Machine (M-Machine) を壊せ! 1h51m08s
  20. Heart-Machine (M-Machine) の暴走 1h52m58s
  21. 冷却水が… 1h54m28s
  22. 子供たちの危機 労働者の住居区は M-Machine の下にある 1h55m0s
  23. 子供たちの救出 1h59m35s
  24. 和解 2h22m52s
  25. Head, Hands and Heart 2h24m07s

分析

現実の歴史では?

以下次回以後に続く…