情報歴史社会学入門メモ(5) 2014.05.07

前回の資料

質問票からすると、アマゾンFCの、ワン・フット・ルールなどによるHDDのような仕組み、特に、その部品(ヘッドとアーム)として人間が使われていることにショックを受けた人が多かったようだ。

社会学的にいうと、Amazon の、このようなやり方を形式合理的という

同じものを歴史学的視点で見てみると?

ここから、その歴史学的視点からみたAmazon FCの形式合理性のルーツの話

前回までの話の内容は、

という話だった。

つまり、現代の人間と機械の関係の話だった。

実は、これによく似た情報技術史の有名な「エピソード」で、その昔、コンピューターは人間だったという話がある:

これらは、「こんな大変なことが現代のコンピュータで簡単にできるようになりました、すごいですね!」とか、「現代のコンピューティングの技術は案外古い時代からのものを継承している」という「驚きのエピソード」として教科書などで紹介されることが多い。

しかし、実は、その経緯をより古い時代に遡り、経済学史、社会学などの研究や理論を使うと、情報技術と現代社会の関係がまったく違って見えきて、さらには AMAZON FC にもつながる。

それが、これからする話であり、それが「情報歴史社会学」の歴史社会学部分

エピソードとして楽しむだけでは駄目で、ここまでやらないと、この講義で紹介している情報歴史社会学とは言えない。

 

チャールズ・バベッジ:スチーム・コンピュータと部品としての人間

最初の方で、Amazon FCの様な社会システムを、形式合理的なシステムと呼ぶと説明した。

形式合理的システム、あるいは、形式合理的な思考法とは、

と言える。

形式合理的システムの非人間的側面を、ピッカーのような、通常、「労働者」と呼ばれている人たちの側から見たら、

のように見える。

また、それを、今は、もう流行らないマルクス主義の立場からみれば、

となる。

チャップリンが1950年代のアメリカの赤狩りの中で、アメリカ国外追放になったのは、この眼差しの類似性のためだった。

しかし、これを「労働者」を使う側、つまり、通常「経営者」とか「資本」と呼ばれている側から見たら、これから紹介する

での議論のように見える。

アダム・スミスは有名。

しかし、チャールス・バベッジ Who?

チャールズ・バベッジとは? 

19世紀イギリスの数学者

しかし、現在一番有名なのは「コンピュータの祖」としてのバベッジ

これから話すことのポイントは「経済学者としてのバベッジ」と「コンピュータの祖」としてのバベッジは深く関連していたということ。

 

バベッジの先駆者アダム・スミス

しかし、実はルーツはさらに古い。

最初の方の講義で、

「技術が先にあり、それが社会を変える」と考えるのではなく、「社会が技術を生み出す」と考えるべきだと指摘した。

この立場にたてば、たとえ、バベッジの思想と Amazon の思想に共通のものを見てとることができても、それでは十分ではなく、

さらに、バベッジの「蒸気コンピュータと分業経済学の思想」が、どうして十九世紀イギリス社会 に生まれたかを問うことこそが、情報歴史社会学の行うべきことなる。

結論を先に言えば、バベッジの思想は、資本主義思想から生まれたものであり、そのルーツはアダム・スミスの「国富論」であることが、歴史資料の検討から分かる

これを以下では歴史の順番、つまり、アダム・スミスから時間の順番で説明する。

後代になると分業論の議論が段々複雑になるので、一番簡単なスミスの分業論から始めるのがわかりやすいために時間順で説明する。

 

分業論とその祖 アダム・スミス

経済学で「分業論」と呼ばれているものがある。その祖はアダム・スミス。

彼の分業論でアダム・スミス(そしてバベッジ)は、次の様なことを主張した。

熟練工が行なう仕事を分析して分解すると、その一つ一つは案外単純である。

その様に分解された仕事は、同じ仕事の繰り返し(単純労働)になり、熟練した職人が行なう必要はない。

だから素人でも仕事ができる。

だから技能のない人に仕事を提供できる。

また非熟練工は労賃が安い(取替えが効き、たくさんいるから)。

だから、雇用者側はより少ない出費で生産ができる(効率化)。

一人の労働者の仕事の種類は多数でなく一つに限定する方が労賃の観点からは経済的。

仕事が効率化するので余剰の時間ができて、高度の頭脳労働(研究・開発)を行なえる。

以下、これを詳しく説明する。

 

まずは、分業論の始まりから:アダム・スミスの分業論

アダム・スミス国富論 1776年刊

有名なピン製造所の分業論の要旨(ピンとはheadpinのことらしい。あるいは、こんなの?)

国富論・分業論における労働者(職人)への視線

そしてバベッジの分業論

以上のような、18世紀(1776年)スコットランドのアダム・スミスの分業論に対して、19世紀(1833年)のイングランドのバベッジは分業論をさらに展開した。そして、それはスミスのものと異なり、労働者の人間性を殆ど顧みないものだった

ここから今回追加した資料

 

バベッジの分業論

18世紀(1776年)スコットランドのアダム・スミスの分業論に対して、19世紀(1833年)のイングランドのバベッジは分業論をさらに展開した。

バベッジは次のように考えた。

この「あたり前の考え方」を経済学・経営学ではバベッジの原理という。まとめると…

このアイデアの背景には、次のような思想が見て取れる:

  1. 高い能力を必要として、その故に高い給与を必要とする労働者が、低い能力で十分な仕事をしているのは「能力の倉庫の隙間だ。無駄だ」。
  2. 無駄(な隙間)は見つけたら、隈なく潰せ。

つまり、バベッジの原理は、先に説明した経済の「形式合理性」(このファイルの一番上のあたり)からすれば、あたり前のことであり、また、「Amazon.com FC の棚の思想」と同じ種類のものだとわかる。

19世紀のバベッジの資本主義思想とAmazon FCの棚の思想は同じような印象を与える。

実は、この「あらゆるムダをなくせ」というモットーは、20世紀に後半、日本の製造業が世界のお手本だったころの、日本企業、特に豊田自動車(トヨタ)のモットー「ムリ・ムラ・ムダの撲滅」からとったもの。

このトヨタ生産方式(TPS)と呼ばれているもののモットー(のひとつ)から考えると、Amazonの箱の思想にも類似性が見える。

バベッジの原理は、1970年代の日本企業も追及していた、形式合理性の原理であり、資本主義的社会では当たり前のものと言えそう。

ところで、我々日本人は、格差があることに非常に敏感に嫌悪感を示すようになっているが(林が子供のころは、そんなことはなかった)。

もし、その「庶民感情」にあわせて、人間の能力と賃金がすべて平等で同じだったら、と考えてみよう。

そのとき、先ほどのバベッジの議論

  1. 例えばピンを尖らせる工程は週2ポンドの給与で十分な職人でもできる。
  2. しかし、ピンを鍛錬し焼入れする工程は週5、6ポンドの給与の職人でないと行うのは難しい。
  3. もし、独りの職人に両方の仕事をさせるとすると、その職人は後者の仕事をできないといけないから、6ポンドの週給を必要とする。
  4. しかし,その職人に週2ポンドの仕事もさせることになるので、その仕事の部分では4ポンド余分に払っていることになる。
  5. これはムダである。その労働の部分は「分割」して週休2ポンドのものにさせればよい。

が、こうなる、

  1. 例えばピンを尖らせる工程は週2ポンドの給与。
  2. しかし、ピンを鍛錬し焼入れする職人も週2ポンドの給与。
  3. もし、独りの職人に両方の仕事をさせるとすると、その職人は後者の仕事をできないといけないが、週給はどうせ2ポンド。
  4. 労働の種類に関わらず、労働能力にかかわらず、人にかかわらず、兎に角、週給は2ポンド。
  5. 雇い方を変えて儲けを出そうとしてもムダである。労働を分割して賃金の効率化を図ろうとしても無駄である。みんな完全平等なのだから。

つまり、…

「バベッジの原理」は「格差の原理」

バベッジの思考には、次のような前提が使われている:

  1. 格差はある。
  2. 安い賃金で働かせることができる能力の低い人間がたくさんいる。
  3. 目指すべきは「生産における人件費の削減」である。

これに反し、国富論でアダム・スミスが言ったことは、

一方 、バベッジの原理は、同じだけの生産を行う際に、どのように雇い、どのように労賃を払うと効率的かという原理になっている。

バベッジの原理は、人間の格差の存在を前提とし、それを利用して「労賃あたりの生産性」を向上させるための原理といえる。

水力発電水位差のエネルギーを使って電力を生み出すように、格差という人間の水位差により利益を生み出す。

グラスゴー大学道徳哲学教授アダム・スミス

実は、「国富論」の他に、「道徳感情論」という著書を著し、むしろそちらの方が自身の主著だと思っていたともいわれる、グラスゴー大学道徳哲学教授アダム・スミスには、バベッジ的な形式合理性に徹する態度は見られない。

スミスとバベッジの相違点の検討

「国富論」における分業論の主張

バベッジ"On the Economy of Machinery and Manufactures"における分業論の主張

バベッジは、これ以外にも分業について考察しているが、この原理がバベッジの分業論の内、後世に影響を与えた最も重要なポイントだといわれている。

そして、その影響の最大のものは、カール・マルクスの「資本論」への影響だった…

という、話をする前に、バベッジとスミスの歴史的な関連を、史料を使って確認しておく。

実は連関のポイントは「コンピュータ(ただし、人間コンピュータ)」だった。

バベッジとアダム・スミスを繋ぐもの

以下で、これを彼の著書"On the Economy of Machinery and Manufactures"の該当部分を見ながら説明:

On the Economy of Machinery and Manufactures, 1832  (機械と製造業の経済について 1832年刊)

Chap XX. 「知的労働の分業について」の内容目次

フランスの大対数表 (§241-246)

つまり、バベッジの本の歴史資料としてのポイントは二つ

このことは、現代的な資本主義思想とコンピュータが手を携えるようにして登場したことを示しているが、さらなる議論にはマルクスの「資本論」の話が必要なので、これの説明は、さらに後!

では、ここから、まず、バベッジの著書の、彼の分業論が彼の蒸気コンピュータとともに構想されていたことを示す部分を見ていく。

階差原理の説明と蒸気計算機計画

階差機関と解析機関

階差機関:The differential Engine

階差計算の能力 advancedな話題

注. 階差計算を機械に実行させるというアイデアは,バベッジ 以前にもあった

階差機関はなぜ生まれたか

なぜそうまでして数表のエラーを避けねばならなかったか?

解析機関: The Analytic Engine

分業と計算機 (250)

分業と資本 (251)

 

次回、バベッジの分業論は、単に分業論としてアダム・スミスにつながっていただけでなく、バベッジのコンピュータの構想も、フランスの数学者ド・プロニーの数表作成プロジェクトを介して、アダム・スミスの分業論につながっていたことの説明。

おそらく、最初は、数表作成が目的で、そのためのスチーム・コンピュータの原理を考えるなかで、バベッジの分業論も生まれたものと思われる。

つまり、コンピュータ研究が、現代資本主義を生んだ!

そして、マルクスへ…