情報歴史社会学入門メモ(4) 2014.04.30

質問票回答の資料

今回の資料

質問票からすると、アマゾンFCの、ワン・フット・ルールなどによるHDDのような仕組み、特に、その部品(ヘッドとアーム)として人間が使われていることにショックを受けた人が多かったようだ。

社会学的にいうと、Amazon の、このようなやり方を形式合理的という

同じものを歴史学的視点で見てみると?

ここから、その歴史学的視点からみたAmazon FCの形式合理性のルーツの話

前回までの話の内容は、

という話だった。

つまり、現代の人間と機械の関係の話だった。

実は、これによく似た情報技術史の有名な「エピソード」で、その昔、コンピューターは人間だったという話がある:

これらは、「こんな大変なことが現代のコンピュータで簡単にできるようになりました、すごいですね!」とか、「現代のコンピューティングの技術は案外古い時代からのものを継承している」という「驚きのエピソード」として教科書などで紹介されることが多い。

しかし、実は、その経緯をより古い時代に遡り、経済学史、社会学などの研究や理論を使うと、情報技術と現代社会の関係がまったく違って見えきて、さらには AMAZON FC にもつながる。

それが、これからする話であり、それが「情報歴史社会学」の歴史社会学部分

エピソードとして楽しむだけでは駄目で、ここまでやらないと、この講義で紹介している情報歴史社会学とは言えない。

 

チャールズ・バベッジ:スチーム・コンピュータと部品としての人間

最初の方で、Amazon FCの様な社会システムを、形式合理的なシステムと呼ぶと説明した。

形式合理的システム、あるいは、形式合理的な思考法とは、

と言える。

形式合理的システムの非人間的側面を、ピッカーのような、通常、「労働者」と呼ばれている人たちの側から見たら、

のように見える。

また、それを、今は、もう流行らないマルクス主義の立場からみれば、

となる。

チャップリンが1950年代のアメリカの赤狩りの中で、アメリカ国外追放になったのは、この眼差しの類似性のためだった。

しかし、これを「労働者」を使う側、つまり、通常「経営者」とか「資本」と呼ばれている側から見たら、これから紹介する

での議論のように見える。

アダム・スミスは有名。

しかし、チャールス・バベッジ Who?

チャールズ・バベッジとは? 

19世紀イギリスの数学者

しかし、現在一番有名なのは「コンピュータの祖」としてのバベッジ

「経済学者としてのバベッジ」と「コンピュータの祖」としてのバベッジは深く関連していた。

 

バベッジの先駆者アダム・スミス

しかし、実はルーツはさらに古い。

最初の方の講義で、

「技術が先にあり、それが社会を変える」と考えるのではなく、「社会が技術を生み出す」と考えるべきだと指摘した。

この立場にたてば、たとえ、バベッジの思想と Amazon の思想に共通のものを見てとることができても、それでは十分ではなく、

さらに、バベッジの「蒸気コンピュータと分業経済学の思想」が、どうして十九世紀イギリス社会 に生まれたかを問うことこそが、情報歴史社会学の行うべきことなる。

結論を先に言えば、バベッジの思想は、資本主義思想から生まれたものであり、そのルーツはアダム・スミスの「国富論」であることが、歴史資料の検討から分かる

これを以下では歴史の順番、つまり、アダム・スミスから時間の順番で説明する。

後代になると分業論の議論が段々複雑になるので、一番簡単なスミスの分業論から始めるのがわかりやすいために時間順で説明する。

 

分業論とその祖 アダム・スミス

経済学で「分業論」と呼ばれているものがある。その祖はアダム・スミス。

彼の分業論でアダム・スミス(そしてバベッジ)は、次の様なことを主張した。

熟練工が行なう仕事を分析して分解すると、その一つ一つは案外単純である。

その様に分解された仕事は、同じ仕事の繰り返し(単純労働)になり、熟練した職人が行なう必要はない。

だから素人でも仕事ができる。

だから技能のない人に仕事を提供できる。

また非熟練工は労賃が安い(取替えが効き、たくさんいるから)。

だから、雇用者側はより少ない出費で生産ができる(効率化)。

一人の労働者の仕事の種類は多数でなく一つに限定する方が労賃の観点からは経済的。

仕事が効率化するので余剰の時間ができて、高度の頭脳労働(研究・開発)を行なえる。

以下、これを詳しく説明する。

 

まずは、分業論の始まりから:アダム・スミスの分業論

アダム・スミス国富論 1776年刊

有名なピン製造所の分業論の要旨(ピンとはheadpinのことらしい。あるいは、こんなの?)

国富論・分業論における労働者(職人)への視線

そしてバベッジの分業論

以上のような、18世紀(1776年)スコットランドのアダム・スミスの分業論に対して、19世紀(1833年)のイングランドのバベッジは分業論をさらに展開した。そして、それはスミスのものと異なり、労働者の人間性を殆ど顧みないものだった

以下、次回以後。