2014年前期特殊講義「再魔術化」資料 2014.06.09

前回の資料 (少し修正)

今回から、Ann Harrington による「19-20世紀ドイツ生命科学における再魔術化論」 Reenchanted Science の解説と検討に入る。

これは実は、ゲーデルの話と、文化圏、時代、内容で、非常に深く、また、密接に関連している。その関連の媒体は、この当時のドイツの科学主義の流れと、それに反対する動きの鬩ぎあいであり、端的に言えば、自然科学的な知的体系(ゲーデルの左)と、人文学的な知的体系(ゲーデルの右)の鬩ぎあい。これの中心にあったのが、今は、ほぼ忘れられており、現在、「発掘研究」が、特にアメリカで進んでいるドイツの哲学の一台潮流である「新カント派」。特に、西南学派の Rickert の

ただし、これもゲーデルが言うような最右翼から見れば、対立概念対全体が真ん中より左の方にあると見えるもの。

Harrington の話を終えて、次の項目(Ritzerの予定)に移る前に、ゲーデルの歴史観との関係を再考することにする。

実は、Harrington の Reenchanted Science を見つけたのは、ドイツの数学史家の講演のPowerPoint で、この本を知ったから。この講演は、これからの19-20世紀思想史を考慮しての科学史の方向を示唆する大変良いもの。

Reenchanted Sicence から

以下、ハリントンの纏め。林の意見ではないので注意。また、一方で、説明に、林の解釈がかなり入れてある。つまり、ハリントンはこう言っているということを、林の解釈のものと林の言葉で書いてある。

ちなみに、ハリントンの本に対して、エストニアの心理学者から、批判が寄せられている。

この著書の Introduction は、印象的にも、本特殊講義で最初に言及した ウェーバー の1918年の講演「職業としての科学」で始まる。今から丁度、一世紀前の1914年に勃発した第一次世界大戦で、当時の新興国家ドイツ帝国は手痛い敗北を経験する。その14年前、ドイツの高級紙フランクフルター・アルゲマイネの社説は、新たな世紀への胸躍る希望を書き綴った。それは、科学・技術により、人間の限界が取り除かれ、「何事も実現される時代」であった。

しかし、その14年後に始まった第一次世界大戦で、英仏の既存覇権に挑戦する新興覇権国家ドイツ帝国が実際に経験した現実は、その科学技術が人類にどれほどの災いをもたらすかということであった。世界最初の戦車により踏み潰される肉体、機関銃により切り刻まれる兵士たち、毒ガスにより失明する多くの兵士たち、塹壕戦の停滞と恐怖に発狂する兵士たち…。

この悲惨から立ち直ることを、思想に求めた学生たちは、ウェーバー のカリスマ的指導を求めた。しかし、ウェーバーが学生たちに告げたのは、「世界の脱魔術化」という現実から脱出する魔法ではなく、その運命に英雄的に耐え続けることだった。

学生たちは、Weber のストイシズムには賛同できなかったが、ウェーバーが語った「脱魔術化」の意味は、それが詳しくは説明されていないにも関わらず理解できた。

1890年代以後、ドイツの言論界では、ドイツ語圏の社会の文化・政治におけるさまざまの問題の背景に、自然科学・技術を背景とする、メカニカルな思考法があるという議論があった。学生たちは、ウェーバーがそれについて語っていることが理解できたのである。つまり、それは人々が互いを機械としてしか考えず、魂の問題を忘れて、ニヒリズムに陥っているという議論であった。つまり、人々は、モラルとか理想 idelalism を忘れ、とくに若者たちにとっては、それは伝統的な価値に基づく文化的教養の衰微を意味していた。若者たちは疎外(alienated)されていたのである。

第一次世界大戦の現実は、若者たちに、戦争の行方が(勇気や大義のような:林が補足) spiritual and mental resistance of men (精神的な心的な耐性?) ではなくて、機械力により決定されることを見せつけた。

この現実の前に、ドイツに広まった反現代・反科学のムードの中で、ウェーバーの講演は行われた。しかし、近代化の問題が、その中心にあるウェーバーの学問的態度からすれば、学生たちが期待しているものは、ウェーバーには明白だったし共感をもっていたが、同時に彼は、学生たちが志向する、反民主的で、反合理主義的な傾向を断固として拒絶していた。その結果、彼の講演は、その精神的痛みや飢餓が、どの様に強くとも、そのような存在の問題(the burning questions of existence)と科学(実は、学問の方がよいが、英語には、それに対応する適当な言葉がないので、science になっているので、一応、科学と訳す。原文から訳せば学問)は関係ないのだと割り切り、ストイックに、それに耐えることを求めたのである。

しかし、ウェーバーが示した、無責任な非合理主義か、悲壮な忍従(grim-faced resignation)という二つの選択肢以外に道を求めた自然科学者たちがいた。それが、このハリントンの本のテーマである、自然科学的学問の中に、「失われた価値」を見出そうとした、生物学者、神経学者 nurologists、心理学者たち。

この人たちは、様々な方向性を持っていたが、それを一つの言葉でまとめるとするれば、Wholeness 全体性、いわゆる、ホーリズム Holism の思想。この思想では、たとえば、社会で言えば、粒粒の、離散的な個の集まり以上の、連帯とか、血と土(ドイツ右翼の標語、ナチスが使った。ただし、このリンクのウィキペディアでの、ルーツの記述はドイツ語のそれとは矛盾していて間違いと思われる)のようなものを求める。

また、この傾向を持つ人たちは、自然を、そのメカニカルな仕組み・原理からの計算による理解でなくて、直観的に理解できることを求めた。

つまり、科学の限界は明らかになりつつあったので、科学者には、二つの選択があった。ひとつは、自然科学で解明できるものには限界があるとする態度。これはウェーバー的態度であり、それを体現していた自然科学者の代表として、ハリントンは、次の三人を挙げている(林の解説:いずれも、当時の科学界、とくに生命科学系、そしてひいては、全ドイツ科学に君臨した人たち。):

これに対して、ホーリズムの立場から、これらの限界論者に立ち向かった人たちの代表として、つまり、再魔術化という、この本の主人公たちが、

たちで、これ以後、この人たちの思想の紹介と分析となる。

ハリントンの立ち位置: 科学と政治

1970年代のアメリカ科学史に、Forman テーゼというものがある。

これは科学史家の Paul Forman が唱えた説で、

第一次世界大戦後のドイツワイマール共和国の反合理主義的な文化的雰囲気が、 ニュートン力学的な因果性、古典的な合理性を破る量子力学の誕生に寄与したという説。

科学史家は学説史的な客観主義的立場を重んじることが多いので、この説は論争を巻き起こした。

ハリントンは、これに意識的に近い立場を取り、生物学者たちへの政治状況の影響を意識して議論を行っている。

そして特徴的なのは、その逆、つまり、生物学、生理学などの生命科学が政治思想に与えた影響を重視している点。

フォーマンの様な物理学と政治の関係の場合は、核兵器とか、無人機とかの、現実のパワーポリティクスの問題は当然あるが、 物理学が政治思想に影響を与えるケースは稀。しかし、生命科学の場合は、その合理性は別として、それが直接に、人間、人種、社会などの 問題に結びけ得ることは、ナチスの優生学に基づくホロコーストの合理化を考えれば明らか。 アメリカの黒人奴隷の問題も同様。そして、現代でも、「民族浄化」は繰り返されている。

ハリントンの議論は、このドイツにおける政治思想と生命科学との強い結びつきを強調するものになっている。

これは、先に、示したゲーデルの話の背景になっている数学においても見られる現象で、 戦間期(WW1とWW2の間の時期)に、著名な数学者ヘルマン・ワイルが著した「数学の新危機」という題名の論文が、その師ダーフィット・ヒルベルトの逆鱗に触れ、 「数学基礎論論争」という数学史上名高い論争・学界闘争が起きた。このワイルの論文と、 それへのヒルベルトの反論論文では、当時のドイツの政治状況を反映する「国家」「革命」「分割」 「反乱」「要塞」などの言葉が使われ、「分割」は、バイエルン・レーテ共和国の ことを指していると言われていている。

今までの再魔術化の話は、霊的、宗教的だったが、現在のテーマでは「政治思想」がキーとなる。
#ちなみに、後の、リッツァーなどの話は、ビジネス、経済がキー。

ドイツの科学者が、科学を政治と混同して議論したことは、以上のように事実なのであるが、 その理由は明白ではない。この時代の前の、いわゆるロマン主義の時代に、たとえば、 ヘーゲル哲学が、すべてに統一的な説明を与えようとしたこと、それ故に、形而上学が、 すべてを統べるために、あらゆる学問に関連があったこと、たとえば、国家の構造が、 論理学の概念で説明されるなど、を考えれば、ドイツ文化が持っていた特徴ともいえる。

ハリントンは、それを自然法則に支配された自然と、憲法などの法律で支配された国家の同一視によるとする。また、それは当時のドイツ語圏が、小規模な王国の集団であり、統一した近代的法治国家、たとえば、イギリスやフランスのような、当時の
先進的国家における整備された法律の体系と、自然科学の法則の体系が同一視・混同されているとする。

また、ハリントンは他の歴史家の説を使い、この状況が、ドイツ語圏の人々に、統一、Wholeness への憧憬を生んだことを強調している。

つまり、ウェーバーなどの脱魔術化論で言えば、 パラバラな個人がキリスト教の神により一つに繋がれている状況を、 ドイツ語圏の人々は、統一立憲ドイツ国家という理想に重ねていたということ。

そして、さらに、ユキュスキュルやドリーシュなどの人たちは、それのみならず、 細胞や自然の中に、バーマンの participating consciousness、シラーの「ギリシャの神々」の聖霊の再来を見出そうとしている。たとえば、ドリーシュは、彼のウニの発生実験から、一つの細胞に、全生命が宿ると考えた。これは、現代でいえば、すべての細胞が同じ遺伝子を持つということで、完全に機械論的に説明できてしまうが、当時は、まだ、この仕組みは分かっていなかった。

以上の説明からして、わかることは、この当時のドイツ語圏の社会は、ビスマルクのプロイセンが不完全な形で実現する ことになる、統一大ドイツの理想を共通して持っていたという前提で、ハリントンの話が進められていること。そして、一部の人たちの間では、 それが生命科学における全体性 Wholeness と 重ねあわされ、その全体性とは、 パーマンの participating consciousnessの段階、つまり、キリスト教による統一以前の「万物の一体」の段階のものだったということ。

しかし、すべて(あるいは、ほとんど)の人たちが統一を求めたであろうが、すべての人たちが、 participating consciousness に立ち戻ることを希望したわけではない。

たとえば、ウェーバーの様に、その気持ちを理解しながら、disenchanted された現実を、キリスト教の神という焦点の代わりに、形式合理性という人工ルールで官僚制システム的に統治することに耐えるべきだという人もいた。

科学において、この位置にいた人々が、前回書いた、この3人のような人たち:

しかし、実は、この人たちも、統一は求めている。ウェーバーが、官僚制による合理的で計算可能な資本主義的統治の中に社会の統一を求めたのと同じく、これらの人たちは、合理的で計算可能な、数学で処理できるようなルールに統一の可能性を求めたといえる。

つまり、バーマンの non-participating consciousness の冷たい理性に統一の源泉をもとめたことになり、脱魔術化人といえる。あるいは、これはキリスト教の神を、科学技術、特に、この時代の場合は、ニュートン力学で置き換えた統一と言ってもよい。

つまり、ハリントンの再魔術化された科学とは、科学の中に、participating consciousness のメルヘン性のようなものを求める科学といえる。それに対比される、ヘルムホルツなどの科学は、脱魔術化された、鋼鉄の檻、その動きが予測可能・計算可能な機械の科学である。

実際、ハリントンは、この時代の脱魔術化されたものへの人々のイメージが、当時の文明の象徴である、機械、つまり、ニュートン力学の原理で動く、魂のない装置で語られていることを強調しており、これがハリントンの本を貫く、重要なテーマとなっている。たとえば、ユキュスキュルの章のキャッチ・コピーは、彼が使った「ゴリラ・マシーン」という言葉。このゴリラというのは、進化論を指しており、つまり、人間をゴリラと同類とみなすという唯物的な態度を言っている。

この脱魔術化された世界観では、世界の物質的統一を説明するために、たとえば、ヘルムホルツのエネルギー保存の法則が使われた。これは高校などでは、空気中を落下する物体の位置エネルギー、熱エネルギー、運動エネルギーの総和で説明
されたりするので、生命との関係が分かりにくいが、もともとはヘルムホルツの筋肉の運動の研究から生まれたもの。つまり、運動と体温におけるエネルギーの総和と、落下する物体のエネルギーの総和が、同じ法則に従うのであれば、生命と非生命に区分はないことになる。それは、人間が非生命として扱えることを意味する。

しかし、このイメージは、後発産業国家ながら、当時、もっとも卓越した機械化文明を築いていたドイツの、近代化の表裏の二側面の裏面、つまり、あまりに急激な工業国家化、産業国家化における、様々な社会問題、たとえば、人間関係が疎となり、
人々は、他人を仕事で慣れ親しんだ機械のように扱うようになる、という風に、機械が脱魔術化された社会の悪の象徴として使われるようにもなっていた。

つまり、あまりに優れて工学的・科学的であったドイツ社会が、その負の面を機械的であること、つまり、ニュートン力学的な脱魔術化された世界観に求め、その「機械という悪に支配される世界観」に対抗できる世界観を、生命科学のような非機械についての科学に求めたといえる。

そして、そういう participating science (林の造語)の必要性を、たとえば、ユキュスキュルは、彼の環境 Umwelt という概念にもとめ、また、ドリーシュは、先に説明した彼のウニの発生の実験に求めた。

これらのアイデアは、後の、環境科学、サイバネティクス、システム工学、遺伝子科学・工学、などに継承されており、むしろ、現代の生命情報を含む、情報化された社会の中心概念となっているとさえいえる。そういう意味で、これらは社会を実際に「再魔術化」したともいえる。

しかし、我々には、その実感はない。むしろ、人間は、より疎外されているともいえるし、情報技術で、WEBという環境に縛り付けられているともいえる。なぜか?

これを今後考えていくことになるが、次回、次々回は、もうすこしハリントンの再魔術化論の詳細の説明を続ける。特に、ユキュスキュルとドリーシュ。