2014年前期特殊講義「再魔術化」資料 2014.04.21 

質問票への回答のための資料

  1. 「マクドナルドに再魔術化的要素がある」と言ったことの背景
  2. OJT

前回の資料から

シラバス

テーマは、再魔術化

reenchantment あるいは re-enchantment と書く。

Google books で reenchantment をサーチしてみる。

講義で取り上げる書籍

ここから今回の資料

上記4つや、シラバスの講義内容に書いた、数学における再魔術化の様な、様々な再魔術化の概念・解釈を検討するわけだが、その前に、まず、この概念のもとになったもので、その対抗概念でもある、脱魔術化の説明。

これは、マックス・ウェーバーの社会学の基礎概念として有名であることは、前回説明したとおり。

しかし、これが何かと、はっきり定義せよ、と言われると、案外難しい。ウェーバー社会学は未完であるために、実は、その理論のどれをとっても、これが決定版というような定義・説明をすることは難しい。

その中で脱魔術化の説明は、さらに難しいように思う。その理由は、これが体系的・理論的文脈で登場した言葉ではないから。

たとえば、有名な「社会的行動の合理性の分類」は、「経済と社会」という著書における理論展開の中で、ちゃんと幾つかの節を切って、その中で議論が展開されている。

しかし、脱魔術化という言葉は、そういう体系的文脈で説明された言葉ではない。そのために様々な解釈が可能。

一般には、この言葉は、ウェーバーの有名な1918年の講演「職業としての科学」(「"天職"としての学問」と訳す方が適当だが、こう訳されている)で使われた言葉として有名。

しかし、現在のドイツ社会学で、最も有名なウェーバー研究者と思われる Wolfgang Schulchter の著書(短い論文集) Die Entzauberung der Welt, 2009, Mohr Siebeck Tuebingen によると、初出は、1913年の「理解社会学の緒カテゴリーについて」(北大の社会学者橋本努さんの講義資料)であり、それは劇作家・小説家の Emil Ludwig の同年の著書 Wagner oder die Entzauberten 「ワーグナーあるいは脱魔術」から来ていることを示唆している(はっきり、そうだとは言ってない。証拠はないので。たまたま、同時に書いた可能性もあるので。アカデミックな学者は、こういう風に大胆かつ慎重でなくてはいけない)。

いずれにせよ、Emil Ludwig は、ワーグナー信奉者によるワーグナーの神格化 Vergöttlichung に対し、ワーグナーの青年時代を描くことなどにより脱神格化 entgöttlichen しようとした。

実は、Emil Ludwig やマックス・ウェーバーの脱魔術化 Entzauberung という言葉は、詩人シラーが約1世紀ほど前の1788年に、その詩、ギリシャの神々 Die Götter Griechenlands において嘆いた Entgötterung der Natur 自然の脱神化から来ていると考えられている。参考リンク1:その詩の一部をシューベルトが歌曲にしたものとその和訳

これは哲学者のハイデガーや彼の弟子でもある京都学派の哲学者西谷啓治が、彼らのニヒリズム論で用いた概念と同じ考え方で、科学による自然の解明により、自然の中にあった神性が消えていき、自然と人間の魂との交流が失われ、それが単なる「物」と化すことを言う。

同様に、世界の脱魔術化とは、世界の中に満ち溢れていた「魂」、Geist、spirit、つまり、聖霊とか妖精のような「心」を持ったものが失われ、世界がすべて「死んだような」物と化すことを言う、と、この講義では理解する。

このことを前提にして、以下、Berman, Harrington, Ritzer が、脱魔術化(再魔術化ではないので注意!)をどの様に理解しているかを検討する。

まず、Berman から。